過去の記事: 2007年 4月
『向田邦子 果敢なる生涯』を見に行く
今日は、免許の更新のために江東区の運転免許試験場へ。
![]() 江東運転免許試験場 [ 1/400sec / F2.8 / 5.8mm / ISO Auto / Canon IXY Digital 60 ] |
ゴールデンウィーク中だからなのでしょうか、結構空いてました。しかも、金色免許証になるので講習時間はなんと30分。一番長かったのが免許証の印刷待ちだったくらい(笑)。
しかし、この免許試験場は車の免許試験場なのに「駐車場が無い」!千葉の幕張にあった免許試験場は有り余るほどあったというのに。なんか矛盾してるな?
ちょっとした不満(?)を抱えながら、次に向かうのは芦花公園(ろかこうえん)。
世田谷文学館で催されている『向田邦子 果敢なる生涯』を見に行きます。京王線で間違えて快速に乗ってしまい、仕方なく千歳烏山で降りて一駅戻りつつの訪問です。
途中、公団(現UR)の芦花公園団地を経由(というか迷い込んだのが正解)しました。
建替えを控え、春の晴天の下の誰もいなくなった団地は何とも趣深いです。写真を見るとタダのおんぼろマンションなのですが、その場にいるとなんか不思議と穏やかな空気が流れているのです。
ここは後で調べたところによると、昭和33年ごろにできた団地だそうですが、さすがに老朽化が進んで建替えに至っているようです。僕の住んでいるところが昭和31年ごろにできて5年くらい前に建替えが終わったことを考えると、ちょっと遅めの建替えかも知れません。
![]() もうすぐ取り壊し 公団(現UR) 芦花公園団地 [ 1/250sec / F5.6 / 5.8mm / ISO Auto / Canon IXY Digital 60 ] |
![]() 新旧の図 三ツ矢形って最近見ないな [ 1/250sec / F5.6 / 5.8mm / ISO Auto / Canon IXY Digital 60 ] |
向田邦子さんといえば、ドラマ「寺内貫太郎一家」が有名です。僕は本放送こそ見ていない(というか生まれていない)のですが、再放送をCATVでやったいたところを何度か見たことがあります。
さて、なぜ向田邦子さんの特別展なのかと申しますと…
はじめて彼女を知ったのは、去年の夏に訪問したかごしま近代文学館です。そこで紹介されていたほかの作家とは決定的に違う点、そして僕の琴線に触れる経歴が、彼女にはありました。「転勤族」だったことです。戦前から転勤族として各地を渡り歩いた人がいることが意外でしたし、何より自分も転勤族だったことから、なんとなく感じるものがありました。
ただ、そのときはそれ以上踏み込むことはありませんでした。
しかし、最近になって「父の詫び状」を読んでいたときに、どこかのニュースで「手記の原稿がすべて見つかった」という記事を発見しました。ここ1年で本を数多く読むようになりましたが、さすがに生原稿は見たことが無く、これは面白そうだということで行くことにしたのです。
![]() 世田谷文学館 京王線 芦花公園駅から歩いて5分くらい [ 1/320sec / F2.8 / 5.8mm / ISO Auto / Canon IXY Digital 60 ] |
行ったら、なんか女性ばかり。それも50代前後の人。「寺内貫太郎一家」にも出演されていた浅田美代子さんに近い年代の人が多い、というといいかもしれない。僕はどうしてか「さんまのからくりTV」の印象が強いのだけれど(笑)、その年代の人にとってはヒロインなんだそうですな。
向田さんって、とてもきれいな人だったんですね。本人の写真がこれほど多く残っていることもすごい。
しかし、期待して見てみた生原稿は、なんと「読めない」。読むための専門の技術が必要なんじゃないか、というくらい読めない。だけど、活きてる雰囲気が強く伝わってきます。執筆したときの年齢、環境、そして体調によって筆跡が違います。また、パワーをこめている行とそうでない行、鉛筆(そうです鉛筆なんです)の力の入り具合の違い。
最後に常設展を見たのですが、ここにも作家さんの生原稿が展示してありました。
かっちりした楷書体で書かれている人もいれば、右上がりの人、流れるような人…。個性の片鱗を垣間見ることができる、面白い資料ですね。誰一人、同じ筆跡の人がいない。
作家の人って、多くの場合は新聞社や出版社勤めを経験された後、独立されていることを聞きます。
僕が仕事にしている、プログラム開発のエンジニアも開発会社を経由して独立している人がいらっしゃるようです。
出版もソフトの開発も、究極的には同じ「世の人に伝える」仕事。書く、という点も広義では同じ。広い視点で違いがあるとすれば、取り扱う言語が自然言語か、コンピュータ言語なのかというところ。
だから、ソフトの開発は『感性』が支配する創造的な仕事なのだと、感じずにはいられませんでした。
そんなことを考えながら、世田谷区を後にしました。
![]() [ 1/500sec / F2.8 / 5.8mm / ISO Auto / Canon IXY Digital 60 ] |
自分の部屋がある団地に帰ってきました。
この団地に住もう、と考えてここを選んだのがちょうど去年の今頃。緑が増えて、かついい天気で気持ちのいい午後の昼下がりでした。
だんらん
昨日、大阪出張の帰りにじいちゃんの家へ立ち寄りました。
近所だったもんですから。
晩飯を食べよう、ということになりいつものように食卓を囲って阪神戦を見ながら飯を食うことになりました。
普段、飯って仕事の関係や友人と食べることはあるのですが、身内と食べることがめっきり少なくなりました。
実家に帰ることも少ないですし、ましてや近い親戚の家に行くことは年に1回あればよいくらい。そんな中、母方の親&親戚はまさに「ざっくばらん」が似合う雰囲気の人ばかりなので、ぶっちゃげ「しゃべりにいく」だけで行くこともあります。今回はまさにそんな感じ。
テレビ見ながら「あー、阪神、今日幸先いいね!」なんていうと、じいちゃんとばあちゃんから「せやなー」反応があるんですね。いや、人がいるから反応があって当然なんですけど、普段一人で自宅で飯食って、テレビ見ててもテレビに向かって話してる自分からすれば、それはそれは久々の反応なんですよ。うれしいですね。
そんで、家の飯ってうまいですね。外食でいろいろおいしいものを食べるのはそれはいいんですけど、家の飯って帰ってきたくなる味なんですよ。わかります?年寄り向けなので味薄いんですけど、そういう問題と違うんです。今では飯は自分で作るか外食なので、自分以外の人が作った家の飯は、最も贅沢な飯になりました。ましてや、母方の親であるばあちゃんの飯ならね。
高付加価値、もっというとお金を取る「エンターテイメント」「食事」は増えましたけど、原始的な「だんらん」「家の飯」ってすぐに手に入りそうなのに実は結構遠いところにあるもんだな、と感じました。10代のころまで当たり前のように思ってたんですけど、この歳になってそう思います。
そんな環境も、たまには一人になりたいと思うこともあるもんですけど、結局人って誰かと一緒にいたいわけですから。最近読んだ向田邦子さんの「父の詫び状」って本でも、似たようなことが書いてあったし。みんなおんなじなんやな、と。
最後に、7回裏で阪神が7?2で勝っているところを確認し、たった3時間でしたが「ざっくばらん」な時間をすごせました。阪神勝ってるから余計楽しい、というかなんていうか(笑)。
じいちゃん・ばあちゃん、突然でしたけどどうもありがとう。また行きますね。
産学・伝統・そして…ご縁
昨日、『地域と大学連携のための公開シンポジウム』へ行ってきました。
東京大学の人が地域社会に向けてどんな活動をしているのか、また千代田区では企業同士でどんな地域振興の活動結果が出ているのか、発表がありました。
ビジネス的なレポートは、さておき…。会社の社内ブログにレポート書いたし。
さて、いろいろな方と話していて気がついたのは、教育機関・既存ビジネス・ベンチャービジネス、それぞれ「文化」が全く違うこと。常識と思っていたこと、琴線に触れる話題、そして人との接し方。
普通、自分と「文化」いや「常識」と言ってもいいでしょう、そういう人と会うと拒否反応が出るんです。それが意識的、無意識的に出ていたから、「こことここがコラボレーションすればすごいビジネスになるのに」と思ったことが実現されないのだなと、はじめて、それもはっきり確認しました。
でも、それぞれの文化に属している人は、今やっている行動が「正しい」と思ってる。もちろん、間違ってもない。だから難しい。
以前、とある本を読んだとき「シリコンバレーでは違う文化を認める空気がある」みたいなことが書いてありました。
私はシリコンバレーに行ったことが無いので事実はどうかはわかりません。しかし、これからの時代は「互いの文化の理解」からスタートし、そして「おいしいところを足し合わせて新たな価値を生み出す」時代にしていかないといけないな、と考えています。
否定するのは簡単。自分の文化圏で活動するのだけでも、実は結構大変。でも、それを踏まえても「コラボレーション」をやる意義はあると思う。
なぜなら、このままだと日本が弱くなってしまうから。
せっかくある、日本が数千年と培ってきた、貴重なリソースが眠ったままになってしまうから。そして、海外のもの「だけ」になってしまうから(共存はするべき)。
僕は新しいことをやる文化にいるから、古い文化はほとんど知らない。だから、先ずは知る。敬意を持って。
知る前から、僕から「新しいことをしましょう」と言うなんて、正直おこがましい。何も知らないのに。
そうしていかないと、ご縁は本当のご縁で無くなる。
ベンチャー企業とそうでない企業 働き方の違い
ベンチャー企業は、一般企業と決定的に違うポイントがあります。
「リスク」です。
リスクと言っても、私が考えるに大きく分けて3つあります。
・財務面
収益の基盤は、はじめは0です。
そのため、銀行からは借りることができない多額(時には億単位)のお金、すなわち資本金を、ベンチャーキャピタル(VC)やエンジェルから、実質担保もなしに供出していただくことがほとんどです。
しかし、出していただいた資本金も、売上が上がらなければいつかはなくなります。財布の中身を気にしないといけない日々もあるかもしれません。
・事業面
はじめは、収益を上げるためのアイディアだけです。
もちろん、考えの深さや広さに差はあります。しかし、物事はやってみないとわからない。空振りかもしれない、うまくいき始めても頓挫する出来事があるかもしれません。
・労働面
人なんて、数人です。
わずかな人で、いち早く夢をかなえるために、働く時間を省みず、売れるまでは何とか生活できる資金をもとに、いつか夢見る市場制覇とあふれんばかりの売上のためにがんばります。
ここで、自己コントロールを誤るともれなく体調を崩します(体験済)。
「ベンチャー企業ではない」企業は、軌道に乗っているか、または小規模でも手堅い事業を通じて社会貢献を行い、それなりに安定した利益を出していることが多いはずです。リスクが比較的低いのです。
ベンチャー企業は、大変・大変だとよく言われるのですが、リターンが大きければリスクが大きくなるのはこれは当然。
何の不思議なことでもないんです。
そうすると、仕事の「やりがい」と申しましょうか、そういうものをどこで感じるかというと
・経営者と一緒になって、達成したい夢に対して全力で走る。
or 経営者となって、自ら達成したい夢に向かって仲間とともに走る。
これに尽きるのではないでしょうか。
自分が作ったサービスが一人の目に留まり、そこから噂を伴って広がり、やがては新聞や話題になってさらに成長していく。それが、自分でやってみたい・貢献してみたい分野で起きている。んでもって、でかいリターンがやってくる。これほどすごいことは人生でなかなか経験できません。
そのために、まだ見えぬ夢に向かって、リスクを最小限に抑える努力をし、全力で投球する。でも、一緒に様々な犠牲を払わなくてはならない。だから、軌道に乗るまでは本当に「苦しいだけじゃないか!」もっというと「なんてことやってるんだ自分」と思えてしまうのです。
そんなときに「夢」が思い出せれば、がんばれそうです。
でも、「夢」が自分の求めるものではなかったら…。これは悲劇です。
だから思うのです。
会社、特にベンチャー企業は会社=社長の理念を十分理解してから入社、というか参加すべきだと。
少なくても、昭和の労働者 vs 経営者という構図はありえない。仕事は与えられるものでもない。働いた時間が労働の対価、ということもありえない。
あるべき姿は、経営者と同じ方向へ歩きながら、夢を実現するために日々共に行動する。仕事を通じて自分自身を磨き上げる。そして、出せた結果に応じて収益配分量が決まる。
そう思えないと、ベンチャー企業で働くことは本当に苦痛だと思う。
普通に働くなら、ベンチャーではない会社のほうがリスクも少なく気楽に手堅く仕事ができるはずです。もし、リターンの部分だけでベンチャーを選んだのなら、それは『甘い!』。物事には表裏がある。それに、一杯「給料」を貰う方法ならほかにあります。
こういうのを突き詰めていくと、投資の考え方に近づくな、と思います。実際、自分への投資でもあると思うし。
社会人6年目。ようやく自分の意思で行動できる環境を手に入れた中で、自戒もこめての今日のエントリでした。
環境は「スタートアップ」の時期で、かつ風当たりは非常に強いのですが、何とかやってみようと思います。
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