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	<title>こえむの編集後記</title>
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		<title>ハートビーツに入社しました</title>
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		<pubDate>Thu, 17 May 2012 14:17:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[2012年5月16日より、株式会社ハートビーツ(HB)へ入社致しました。インターネットインフラの構築・運用・そしてコンサルティングサービスを提供する企業であります。「えっ？インフラエンジニア？」と思われる方がいるかもしれません。はい、そうです。 初日は入社手続と社内業務概要のオリエンテーション、続いて2日目から実務を始めました。 ■感触を持っている 初日のお昼と夜に、歓迎会を催していただきました。 その際に、既に業務に携わられている方々からの話を聞いていますと、誰もが境遇と体験、そしてその時の感情に「感触」を持っていました。ただ単にサーバを運用するのではなく、お客様にインターネットインフラを通じて価値提供をする眼力を日々つけられている、いえます。 今までそう言う方が身近にいなかった訳ではありません。ただ、その割合が圧倒的…恐らく全員ではないかと思う…なのです。 ■あの人がいる もともと、HBの方々とは勉強会を通じて知り合いました。さらに、勉強会で有名だった「あの人」たちも、続々Joinしてきています。私と同じ日に入社された方も、元はといえは勉強会で何度かお目にかかった人でした。 そして、会社の懇親会が、まるで勉強会後の懇親会のように、新旧スタッフを交えて技術論議で盛り上がりました。これが日常になるのかと思うと、緊張感の中にも楽しくなっていくのだろうと期待が膨らみます。 ■やる事はたくさんある イ ンターネットサービスを提供するサーバやネットワークインフラは、本当にたくさんあります。インフラという言葉が示す通り、インターネットサービスを提供する会社にとっては 「屋台骨」そのものです。一方で、ROIを最適化しながらインフラを運営する事もさることながら、24時間安心して運用できる状況を構築することはなかなか難しい ものがあります。それを担保すべく、過去に僕も女の子から電話が来る訳でもないのに携帯電話を抱いて寝た事は枚挙にいとまがありません。 そこを、組織として支えていく、そしてその先の価値を提供する仕事に集中できるようになったことで、よりワクワクする方へ走って行けるような気がしています。 そのためには、まずは自分が今やらなければならない事をしっかりやるまでです。 皆様、これからもどうぞよろしくお願い致します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2012年5月16日より、株式会社ハートビーツ(HB)へ入社致しました。インターネットインフラの構築・運用・そしてコンサルティングサービスを提供する企業であります。「えっ？インフラエンジニア？」と思われる方がいるかもしれません。はい、そうです。</p>
<p>初日は入社手続と社内業務概要のオリエンテーション、続いて2日目から実務を始めました。</p>
<p><strong>■感触を持っている</strong></p>
<p>初日のお昼と夜に、歓迎会を催していただきました。</p>
<p>その際に、既に業務に携わられている方々からの話を聞いていますと、誰もが境遇と体験、そしてその時の感情に「感触」を持っていました。ただ単にサーバを運用するのではなく、お客様にインターネットインフラを通じて価値提供をする眼力を日々つけられている、いえます。</p>
<p>今までそう言う方が身近にいなかった訳ではありません。ただ、その割合が圧倒的…恐らく全員ではないかと思う…なのです。</p>
<p><strong>■あの人がいる</strong></p>
<p>もともと、HBの方々とは勉強会を通じて知り合いました。さらに、勉強会で有名だった「あの人」たちも、続々Joinしてきています。私と同じ日に入社された方も、元はといえは勉強会で何度かお目にかかった人でした。</p>
<p>そして、会社の懇親会が、まるで勉強会後の懇親会のように、新旧スタッフを交えて技術論議で盛り上がりました。これが日常になるのかと思うと、緊張感の中にも楽しくなっていくのだろうと期待が膨らみます。</p>
<p><strong>■やる事はたくさんある</strong></p>
<p>イ ンターネットサービスを提供するサーバやネットワークインフラは、本当にたくさんあります。インフラという言葉が示す通り、インターネットサービスを提供する会社にとっては 「屋台骨」そのものです。一方で、ROIを最適化しながらインフラを運営する事もさることながら、24時間安心して運用できる状況を構築することはなかなか難しい ものがあります。それを担保すべく、過去に僕も女の子から電話が来る訳でもないのに携帯電話を抱いて寝た事は枚挙にいとまがありません。</p>
<p>そこを、組織として支えていく、そしてその先の価値を提供する仕事に集中できるようになったことで、よりワクワクする方へ走って行けるような気がしています。</p>
<p>そのためには、まずは自分が今やらなければならない事をしっかりやるまでです。</p>
<p>皆様、これからもどうぞよろしくお願い致します。</p>
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		<title>インタラクティブブレインズを退職致します</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/05/14/quit-ib/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2012/05/14/quit-ib/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 May 2012 00:00:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[2012年5月15日をもって、株式会社インタラクティブブレインズを退職することになりました。この1ヶ月半…半月長くなりましたが…は、引き継ぎをしながら断続的にお休みをいただいておりました。 退職の記事は、これまで他の方のものをいくつも読んできました。その時に感じるのが、書いた方がその組織を通じてどのような経験をしたのか、そしてどのような人生を送ったのか、とても短くまとめられているということです。それにあやかり、僕もまとめてみることにします。 ■もはや自分の能力だけで仕事は不可能 僕は2008年4月にここに入ったのですが、その時に持っていた志があります。「Webとゲームの融合」でした。ここはナムコで3Dゲームを作り上げた凄腕プログラマの集まる会社でして、そこに僕が持っているサーバサイド系技術を持ち込んで、Webのソーシャルさとゲームのインタラクティブさが融合できれば、新しい価値が提供できるのではないか、そう思っていたのです。これは、今で言うとソーシャルゲームです。実際、最初の頃はこの志を高められる機会は少なからずありました。 しかし、その後にここでメインとなった開発は、サーバサイドではなく3DとAR技術を用いたスマートフォンのアプリケーション。全く未知、かつ僕の守備範囲ではない開発が主となりました。今まで自分が持つ技術力で突っ走ってきましたが、初めて技術者として立ち止まらなければならない経験をしました。これは誰かに「これは僕の仕事ではない」と言えば解決するのでしょうか。いえ、そうではありません。環境がスマートフォンのアプリケーション開発を求めたのです。ニーズに応えられなければ仕事は無くなり、変化に対応できなければ滅びるのみです。 そこで、僕がとった行動は、開発のマネジメントでした。同時に、専門のプログラマが出来る程ではないにしても、引き続き技術を学びます。プログラマの人であれば「あのマネージャは技術がわかってない」と思った事がある人がいるはずです。それになってはならないという前提を自分で置きつつ、チームがより良い開発に携われるように自分が力を注ぐ立場に身を置くのです。これはとても大変だったのですが、今後の技術の広がり、そして自分がそろそろ「若い」世代ではなくなる事を考えると、とても重要な経験をできたと考えています。 自分自身で技術を追求する事は非常に楽しいものです。でも、それは30代ともなりますと自分より若い20代の子も同じ事…ヘタをすると若い子の方がより早く・多く…できるのです。そこで、年齢を重ねた自分に何が出来るのかを考えた時、経験や人のつながりを基にした「資産」をベースに活躍の場を創り出さなければなりません。やりたい事を実現する手段を、変化させるのです。それも、自分と言う枠を越えて、仲間を巻き込んで。 ■ここだから出来た楽しい経験 今までいろいろな会社で仕事をしてきましたが、ここでは他では多分なかなか出来ないであろう、面白い仕事に携わる事が出来ました。 まず、ソーシャルゲーム市場が本格始動する前に携われたソーシャルゲーム。まだ、ソーシャルゲームと言う言葉がなかった頃でしたが、SNSと連動するサービスがどういったものなのかを身を持って体感する事が出来ました。 続いて、GPUを用いたソフトウェア開発。かなりインフラ寄りで携われましたが、特殊な機材を使った時にどのようなインフラ設計を行い、それをお客様に説明し、そしてベンダーとつきあって行くのかを知る事が出来ました。この考え方は、今後はNAND型フラッシュメモリを用いたシステム構築等でも使えそうです。 ARアプリケーションは、buzzワードだと思っていた方も多いはずです。そんな中、ソフトウェアに「演出」を取り込む事はどういう事なのか、初めて考えるようになりました。ゲーム開発も演出ですが、よりテレビや演劇に近いライブ感を持って「魅せる」ソフトウェアがあったのです。ソフトウェア開発の見方が僕の中で大きく変わりました。 また、携わらせていただいたお客様も多種多様でした。大物音楽アーティスト、大きな研究所、そして出版社。インターネットが登場する前からある会社や市場ですが、そこにソフトウェアを通じて新しい価値をご提供するお手伝いが出来たのは、非常に楽しい経験となりました。お客様とプロトコルをあわせる事には苦労しましたが、最後は志がお互いに理解し合う事が出来れば何とかなります。 これほど幅広い業務内容、そして多種多様なお客様とお仕事ができる機会は、単にSIをやっているだけでは経験できなかったはずです。 ■今後はより組織を創る仕事を いろいろやれたのですが、何でも屋さんになるつもりはありません。何でも出来る事は、何も出来ないと思われても致し方ないからです。少なくとも、現場に立って自分から手を動かす立場からは少しずつ手を引いて行くつもりです。それよりも、今後は組織づくりにたずさわるほうにシフトしたいと考えています。 今まで、僕が会社を辞めてしまうと、運営こそ持続できますが、僕が提供した価値を改めて求めてくるお客様が幾人もいます。しかし、会社を辞めていますからお金をもらって再び同じ事が出来る訳ではありません。これって、組織の持続性を確立できていないからに他なりません。これではダメなのです。最終的に属人性が残ることは否定しませんが、それをどれだけ小さくし、組織としてより手厚く・持続的に価値提供できるようにするのか、仕組みを創る事が大切なのだと僕は信じるようになりました。 そのためには、自分が培った技術や経験を若い人に伝承し、組織としてどのように行動するのか仕組みを作り、そして自分自身から実践する。人の流れのサイクルが出来れば、自分が出来る事は当然として、自分に出来ない事も出来るようになる、強い組織になります。この10年はこれに力を注ぐつもりです。 ■決して転職は気軽なものではない 今まではリスクをとって大きな価値を提供する事を中心にやってきました。しかし、これから自分がやろうとしている事は組織として持続する…高いリスクはとらない…企業である事が前提となります。どーんとではなく、売上が徐々にあがりつつ成長を実感しながら日々働く事が出来る、そんな環境にいたいと思っています。<a href="http://www.koemu.com/blog/2012/05/14/quit-ib/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2012年5月15日をもって、株式会社インタラクティブブレインズを退職することになりました。この1ヶ月半…半月長くなりましたが…は、引き継ぎをしながら断続的にお休みをいただいておりました。</p>
<p>退職の記事は、これまで他の方のものをいくつも読んできました。その時に感じるのが、書いた方がその組織を通じてどのような経験をしたのか、そしてどのような人生を送ったのか、とても短くまとめられているということです。それにあやかり、僕もまとめてみることにします。</p>
<p><strong>■もはや自分の能力だけで仕事は不可能</strong></p>
<p>僕は2008年4月にここに入ったのですが、その時に持っていた志があります。「Webとゲームの融合」でした。ここはナムコで3Dゲームを作り上げた凄腕プログラマの集まる会社でして、そこに僕が持っているサーバサイド系技術を持ち込んで、Webのソーシャルさとゲームのインタラクティブさが融合できれば、新しい価値が提供できるのではないか、そう思っていたのです。これは、今で言うとソーシャルゲームです。実際、最初の頃はこの志を高められる機会は少なからずありました。</p>
<p>しかし、その後にここでメインとなった開発は、サーバサイドではなく3DとAR技術を用いたスマートフォンのアプリケーション。全く未知、かつ僕の守備範囲ではない開発が主となりました。今まで自分が持つ技術力で突っ走ってきましたが、初めて技術者として立ち止まらなければならない経験をしました。これは誰かに「これは僕の仕事ではない」と言えば解決するのでしょうか。いえ、そうではありません。環境がスマートフォンのアプリケーション開発を求めたのです。ニーズに応えられなければ仕事は無くなり、変化に対応できなければ滅びるのみです。</p>
<p>そこで、僕がとった行動は、開発のマネジメントでした。同時に、専門のプログラマが出来る程ではないにしても、引き続き技術を学びます。プログラマの人であれば「あのマネージャは技術がわかってない」と思った事がある人がいるはずです。それになってはならないという前提を自分で置きつつ、チームがより良い開発に携われるように自分が力を注ぐ立場に身を置くのです。これはとても大変だったのですが、今後の技術の広がり、そして自分がそろそろ「若い」世代ではなくなる事を考えると、とても重要な経験をできたと考えています。</p>
<p>自分自身で技術を追求する事は非常に楽しいものです。でも、それは30代ともなりますと自分より若い20代の子も同じ事…ヘタをすると若い子の方がより早く・多く…できるのです。そこで、年齢を重ねた自分に何が出来るのかを考えた時、経験や人のつながりを基にした「資産」をベースに活躍の場を創り出さなければなりません。やりたい事を実現する手段を、変化させるのです。それも、自分と言う枠を越えて、仲間を巻き込んで。</p>
<p><strong>■ここだから出来た楽しい経験</strong></p>
<p>今までいろいろな会社で仕事をしてきましたが、ここでは他では多分なかなか出来ないであろう、面白い仕事に携わる事が出来ました。</p>
<p>まず、ソーシャルゲーム市場が本格始動する前に携われたソーシャルゲーム。まだ、ソーシャルゲームと言う言葉がなかった頃でしたが、SNSと連動するサービスがどういったものなのかを身を持って体感する事が出来ました。</p>
<p>続いて、GPUを用いたソフトウェア開発。かなりインフラ寄りで携われましたが、特殊な機材を使った時にどのようなインフラ設計を行い、それをお客様に説明し、そしてベンダーとつきあって行くのかを知る事が出来ました。この考え方は、今後はNAND型フラッシュメモリを用いたシステム構築等でも使えそうです。</p>
<p>ARアプリケーションは、buzzワードだと思っていた方も多いはずです。そんな中、ソフトウェアに「演出」を取り込む事はどういう事なのか、初めて考えるようになりました。ゲーム開発も演出ですが、よりテレビや演劇に近いライブ感を持って「魅せる」ソフトウェアがあったのです。ソフトウェア開発の見方が僕の中で大きく変わりました。</p>
<p>また、携わらせていただいたお客様も多種多様でした。大物音楽アーティスト、大きな研究所、そして出版社。インターネットが登場する前からある会社や市場ですが、そこにソフトウェアを通じて新しい価値をご提供するお手伝いが出来たのは、非常に楽しい経験となりました。お客様とプロトコルをあわせる事には苦労しましたが、最後は志がお互いに理解し合う事が出来れば何とかなります。</p>
<p>これほど幅広い業務内容、そして多種多様なお客様とお仕事ができる機会は、単にSIをやっているだけでは経験できなかったはずです。</p>
<p><strong>■今後はより組織を創る仕事を</strong></p>
<p>いろいろやれたのですが、何でも屋さんになるつもりはありません。何でも出来る事は、何も出来ないと思われても致し方ないからです。少なくとも、現場に立って自分から手を動かす立場からは少しずつ手を引いて行くつもりです。それよりも、今後は組織づくりにたずさわるほうにシフトしたいと考えています。</p>
<p>今まで、僕が会社を辞めてしまうと、運営こそ持続できますが、僕が提供した価値を改めて求めてくるお客様が幾人もいます。しかし、会社を辞めていますからお金をもらって再び同じ事が出来る訳ではありません。これって、組織の持続性を確立できていないからに他なりません。これではダメなのです。最終的に属人性が残ることは否定しませんが、それをどれだけ小さくし、組織としてより手厚く・持続的に価値提供できるようにするのか、仕組みを創る事が大切なのだと僕は信じるようになりました。</p>
<p>そのためには、自分が培った技術や経験を若い人に伝承し、組織としてどのように行動するのか仕組みを作り、そして自分自身から実践する。人の流れのサイクルが出来れば、自分が出来る事は当然として、自分に出来ない事も出来るようになる、強い組織になります。この10年はこれに力を注ぐつもりです。</p>
<p><strong>■決して転職は気軽なものではない</strong></p>
<p>今まではリスクをとって大きな価値を提供する事を中心にやってきました。しかし、これから自分がやろうとしている事は組織として持続する…高いリスクはとらない…企業である事が前提となります。どーんとではなく、売上が徐々にあがりつつ成長を実感しながら日々働く事が出来る、そんな環境にいたいと思っています。</p>
<p>大企業ですと、転属や転勤により環境を変える事が出来ます。僕の父は転勤族でして、数年に1回は住む土地が変わりました。こうすることで、仕事がマンネリ化しなくなることはいいことです。しかし、中小企業ですと、転属や転勤が出来る規模になる事は稀ですから、転職することになります。今の日本においては同じ企業にいたほうが世間体はよい事を考えると、少し後ろめたさはあります。言い換えれば、大企業にいた方が一般的には有利です。</p>
<p>とはいえ、自分が持った志「後進を育て組織として強い体制を創る」事を目指すと決めた以上、それを実現できる環境に移ることは今は重要です。世間体という転職のネガティブ面を上回る程、今の僕には転職をする事はポジティブな事なのです。もっというと、僕がこうしたいという希望があるのです。</p>
<p><strong>■最後に</strong></p>
<p>まず、僕がここに入るとき、当時社長で今は取締役の方に「斎藤は今必要な人だ」と言って周りの人々を説得していただいた上で、入れていただく事になりました。そのご恩は、今でも感謝しています。</p>
<p>また、一緒にソフトウェア開発に携わってくれた仲間…そのほとんどが今ここにいませんが…や、取引先の皆様、そしてお客様。類い稀なる機会を提供していただいた事、大変感謝しています。</p>
<p>この転職が正しかったのだと、後で思えるように今後もやっていきます。どうもありがとうございました。</p>
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		<item>
		<title>2011-2012シーズンの滑走記録 &#8211; 時間は作るもの！</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/04/27/ski-2011-2012/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2012/04/27/ski-2011-2012/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Apr 2012 14:00:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[スキー]]></category>

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		<description><![CDATA[今シーズン、スキーは無理かなぁなんて思ってました。でも、時間はいろいろ工面すれば作れるもの。そして、いろいろな状況も味方して、結果として滑走日数は8日となりました。仕事と大学院を掛け持ちしているなかで、これだけ行ければ上等ですよね。 いつもなら月ごとにスキーの記録をブログに投稿するのですが、今シーズンは昨シーズンより少なめですので、シーズン全てをまとめて投稿する事にしました。 GALA湯沢スキー場: 4日 安比高原スキー場: 3日 神立高原スキー場: 1日 総滑走日数: 8日 でした。滑走日毎の詳しい話は『[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ &#8211; 自転車とスキーの記録』をご覧ください。 ■雪は生きている 今シーズンは、クリスマスソングを聴きながらシーズンイン(2011/12/23)し、寒さで耳が痛くなる-15度の中をかっ飛ばし(2012/02/末)、そしてアイスクリームを食べてシーズンを終える(2012/04/25)という、自分の中ではこれまでで最も長いシーズンとなりました。 シーズンインは、底当たりしない柔らかい雪面の上に立ち、「キュキュッ」という新雪ならではの音を立てながら滑り始めます。あー、今年もウィンタースポーツのシーズンが始まった！体は出来上がってないけど、気分はウキウキしながらこれからのシーズンをどうすごそうか考える事を楽しみます。 1月・2月のハイシーズンは、気温も充分に下がりしっかりと圧雪された雪面を気持ちよくかっ飛ばします。さすがに自分程度の滑走経験量になってくると、企画やコースナビゲーションを必要とされてきますので、楽しさの中に緊張感が出てきます。それでも、スキーは一人で滑るより、みんなで滑る方がやっぱり楽しいものです。<a href="http://www.koemu.com/blog/2012/04/27/ski-2011-2012/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今シーズン、スキーは無理かなぁなんて思ってました。でも、時間はいろいろ工面すれば作れるもの。そして、いろいろな状況も味方して、結果として滑走日数は8日となりました。仕事と大学院を掛け持ちしているなかで、これだけ行ければ上等ですよね。</p>
<p>いつもなら月ごとにスキーの記録をブログに投稿するのですが、今シーズンは昨シーズンより少なめですので、シーズン全てをまとめて投稿する事にしました。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1045"><a id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1043" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6941361895/in/set-72157628546476077" target="_blank" data-track="photo-click"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7042/6941361895_f81878c688_m.jpg" border="0" alt="IMG_1866" width="240" height="180" data-thumbdata="" /></a></div>
<p><a href="http://www.galaresort.jp/" target="_blank">GALA湯沢スキー場</a>: 4日<br />
<a href="http://www.appi.co.jp/" target="_blank">安比高原スキー場</a>: 3日<br />
<a href="http://www.kandatsu.com/" target="_blank">神立高原スキー場</a>: 1日<br />
総滑走日数: 8日</p>
<p>でした。滑走日毎の詳しい話は『<a href="http://d.hatena.ne.jp/koemu/searchdiary?word=%2A%5B%A5%B9%A5%AD%A1%BC%5D" target="_blank">[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ &#8211; 自転車とスキーの記録</a>』をご覧ください。</p>
<p><strong>■雪は生きている</strong></p>
<p>今シーズンは、クリスマスソングを聴きながらシーズンイン(2011/12/23)し、寒さで耳が痛くなる-15度の中をかっ飛ばし(2012/02/末)、そしてアイスクリームを食べてシーズンを終える(2012/04/25)という、自分の中ではこれまでで最も長いシーズンとなりました。</p>
<p>シーズンインは、底当たりしない柔らかい雪面の上に立ち、「キュキュッ」という新雪ならではの音を立てながら滑り始めます。あー、今年もウィンタースポーツのシーズンが始まった！体は出来上がってないけど、気分はウキウキしながらこれからのシーズンをどうすごそうか考える事を楽しみます。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1020"><a id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1018" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6795243644/in/set-72157628546476077" target="_blank" data-track="photo-click"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7176/6795243644_7100534588_m.jpg" border="0" alt="IMG_1835" width="240" height="180" data-thumbdata="" /></a></div>
<p>1月・2月のハイシーズンは、気温も充分に下がりしっかりと圧雪された雪面を気持ちよくかっ飛ばします。さすがに自分程度の滑走経験量になってくると、企画やコースナビゲーションを必要とされてきますので、楽しさの中に緊張感が出てきます。それでも、スキーは一人で滑るより、みんなで滑る方がやっぱり楽しいものです。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1248">
<div id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1598"><a id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1596" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/7112662417/in/set-72157628546476077" target="_blank" data-track="photo-click"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7083/7112662417_d1bf14d373_m.jpg" border="0" alt="IMG_0432" width="240" height="179" data-thumbdata="" /></a></div>
</div>
<p>3月以降、それは春スキーです。今年は大雪で日本海側にお住まいの皆様はいろいろ大変だったかと思います。そんな中ではありますが、同時にスキー場にもたくさんの雪が降り積もり、長い期間春スキーを楽しめます。例年ですと僕は3月末でシーズンを終えるのですが、今年は滑り足りなさがどうしてもあったことと、休みが取りやすい状況があったので4月末まで引っ張る事にしました。ぽかぽかした陽気の中、花と心が開く春を感じながらのんびりと滑るのもまた趣があります。</p>
<p><strong>■リゾートスキー ＆ お気軽日帰りスキー</strong></p>
<p>僕は車を持ち合わせていませんので、普段はお気軽な日帰りスキーです。プランをうまく組み合わせると、新幹線でも往復1万円かかりません。春スキー期間は、なんと往復＋リフト券つきで6,700円と言う破格のスキーを楽しんできました。</p>
<p>一方で、豪華なリゾートスキーも楽しんできました。大学院で所属している研究室の先生が、大のスキー好きだったのです。これはラッキーとしか言いようがありません。当然、M1ですので研究室内スキー旅行の幹事は引き受けるとして、好きなスキー場で良し！となったため、昨年伺った安比高原スキー場へ改めて伺う事にしました。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1500"><a id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1498" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6795246778/in/set-72157628546476077" target="_blank" data-track="photo-click"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7047/6795246778_c91a1e9109_m.jpg" border="0" alt="PICT0019" width="240" height="180" data-thumbdata="" /></a></div>
<p>やっぱり安比はいいですね！と、まとめてしまうとつまんないのでもうちょっと書きますと、バブルの時にスキーヤーの「聖地」と言うと大げさですが、首都圏にいる多くのスキーヤーが目指したリゾートスキー場です。さらに、その中の安比グランドホテル タワーに泊るという、スキー生活史上最高級の旅となりました。</p>
<p>雪はとてもよく、息を吹きかけると飛んで行く粉雪の上をカービングでかっ飛ばしたり、新雪に飛び込んで泳ぐように滑ったりと、スキー・スノーボードが好きな人が聞いたらよだれを垂らしそうなバーンを存分に滑る事も出来ました。また、平日は空いていたのでパウダーも食べ放題です。また、滑った後にしゃぶしゃぶを食べながら地酒「わしの尾酒造」の日本酒をいただきつつ至福に浸るのでありました。いい雪にいい食べ物。安比は遠いのですが、新幹線だと思った程は遠くはありませんので、スキー・スノーボード好きな方は友達や家族を連れてぜひ足を運ばれてみてください。ごちそうさまでした！</p>
<p>あっ、ゴンドラやホテルの部屋で、計算機科学や研究のミニゼミが頻繁に催されていましたので、その辺りは付け加えさせていただけたらと思います。こんな時も、研究は忘れていない、いや、忘れられないのであります <img src='http://www.koemu.com/blog/wp-includes/images/smilies/icon_razz.gif' alt=':-P' class='wp-smiley' /> </p>
<p><strong>■コブに本格挑戦開始</strong></p>
<p>昨年は中途半端に終わってしまったコブへの挑戦。今年は、改めて春スキー期間を使ってチャレンジすることにしました。</p>
<p>最近のスキーはカービングタイプである事はご存知かと思いますが、それに伴い滑走方法が昔のスキー板と変わってきたため、2級に受かったのにコブはてんでダメという人が増えているそうです。私もそうです。ですから、昔からやっている人のほうが意外にコブをすいすいと行ける人がいたりするのです。というのも、整地においてカービングはキレを使いつつ流れるように滑りますが、昔のスキーはどのバーンも主にスキッディング(ずらし)です。板の使い方が違うのです。コブはよほどの上級者ではない限りずらさないと滑る事は出来ませんから、今の板に合わせた技法から学ぶとコブに行けないのです。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1560"><a id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1558" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6926125276/in/set-72157628546476077" target="_blank" data-track="photo-click"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7230/6926125276_8e8b9c8818_m.jpg" border="0" alt="IMG_0347" width="240" height="179" data-thumbdata="" /></a></div>
<p>まずはスキースクールで基本を学び、その後はもう滑るのみであります。そこでわかったのが、僕は下半身が弱いのです、情けない事に。コブを乗り越える際の吸収動作(ベンディング)が追いつかなくなってくるんです。来シーズンは、体を作って望むことがコブ制覇の第一歩になることでしょう。せっかく、タイミング良くナショナルデモンストレーターさんに習ったんだから、うまくならないと笑われてしまいますね。</p>
<p><strong>■時間は作る事が出来る</strong></p>
<p>「忙しい」といって、自分に制限をかける事は易しいものです。一方で、一つ一つの事に集中して取り組むと、自然と空き時間が出来てくるものです。その合間を自分の好きな事に時間を充てるのはどうでしょうか。せわしないでしょうか。いや、僕はそう思いません。ガッツリ働き、ガッツリ学び、そしてガッツリ遊んでいると、自然と自分の体からエネルギーが沸いてきます。</p>
<p>同じ事ばかりずっと見ていると、見えてくるものがあることはわかります。その上で、ちょっと目を離したり、俯瞰してみたりすると、何か「これはこうすると面白いかも！」と感じる事を見つけられる気がしています。そうすると、力を注いでいる全ての事が、うまくまわってくるのではないかと考えるようになりました。確信までは行かないのですが、僕の中で何かがうまく行き始めている事を感じています。</p>
<p>まあ、難しい事は置いておいて、楽しい事は一人じゃなくてみんなで楽しもう、そして仕事はちゃんとやろう、って事でいいですよね。</p>
<p>それでは、また来シーズンもゲレンデでお会いしましょう。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1322"><a id="yui_3_4_0_3_1335511762964_1320" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/7072201393/in/set-72157628546476077" target="_blank" data-track="photo-click"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7274/7072201393_3d80bd4e60_m.jpg" border="0" alt="IMG_0339" width="240" height="179" data-thumbdata="" /></a></div>
<p>■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157628546476077/" target="_blank">Ski, 2011-2012 Season &#8211; a set on Flickr</a></p>
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		<title>仕事ばっかり考えて男として考えてなかった</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/04/24/asaman/</link>
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		<pubDate>Mon, 23 Apr 2012 17:11:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[■自分自身そのもの事ってどうなんだろう 時々、自分でブログの過去の記事を追っています。最も古い記事は2000年11月と、12年ほどアーカイブされています。最近になって感じるのが、これまでは「仕事」につなげて話をしていることです。仕事を通じてこれまでを振り返った記事「働き出して10年が経つ これまでとこれから」は今でもしっくり来ています。ただ、仕事を離れた時…一人の男としてどうだったかというと、何かこれといって自分の中に印象がありません。 ■寝る前に必ず再生されるダイジェスト 僕は、寝る前に必ずと言っていい程、今日の出来事が頭の中でダイジェスト再生されます。特に、その日に会った人、そして話した内容がかかります。特に、カンファレンスなんかに行くとたくさんの人に会いますから、その量は膨大になります。こうなると、もう気が違えてくるほどです。眠る事なんて出来やしません。 どこでひっかかるか。それは「あの時自分がこう話した事は正しかったのか」ということです。何もしゃべらないと意味はないのですが、しゃべったらしゃべったでこうなる。ものすごく、後で怖くなります。自分では理屈の上では立証できているのに、心ではとても怯えているのです。どこかで、自信が無い自分がいます。 ■恋愛は僕の人生を邪魔する、と思っていた。 最近、FBShare で流れてきた「IT系の男となんか絶対付き合いたくないよ！」っていう記事が目に入った時、あっ、自分の事ではないかと気づきました。 ブログには書いていませんが、20代の時に何回か失恋しました。最後に…もう5年になります…つきあった子に別れ際に言われたのが「祐一郎はずっと仕事を見てる。私を見てくれはいなかった。」でした。その時は、僕は自分で正しい事をやっているのに、何故こんな事を言われなければならないのか？そんなのはおかしいじゃないか！と心の中では怒りました。これまで、ひき目を感じながら「これでも足りない、これでも足りない。」とやってましたから、仕事で成功する事が自分にとっての成功であるかのように考えていたのです。それを否定された気がした事が、辛かった。 それ以降、20代後半の頃は恋愛は僕の人生を邪魔するものだと、心の奥で信じるようになりました。だから、口では「彼女出来ないんだよねー」といいながらも、何かと敬遠し続けていた自分がいます。仕事に集中しよう、結果を出そう、そして一山当てようと日々生きていたのです。 自分だけを見る事に必死で、他の誰かを見る余裕が僕には全くありませんでした。 ■人は自分を映す鏡 ここ数年、コンピュータ技術者ではない友人が増えました。知人ではなく、友人です。悩みをお互いに話したり、明日どうやって行くかを前向きに議論する、そんな仲です。特に、社会人大学院で出会ったクラスメイトとは、講義の落ち着きとは反比例してよくつきあうようになりました。 友人のほとんどはコンピュータ技術者ではありませんから、僕のこれまでの仕事の実績というのはあまり関係がありません。あったとしても、講義に出てきたコンピュータ関係の難しい話をちょっと話す時に使える程度。一人一人、自分自身そのものを自然と出しながら話をする姿を見て、そして話を聞いていると、ふと「あれっ？」と思うようになりました。 これまで負い目を感じていた事は徐々に収まってきています。でも、やっぱりまだ言葉の端々に出てしまう。そういったとき、すかさずクラスメイトは僕に指摘します。その気持ちが君自身の今後にとってよくない、すぐにでも捨てろ、と。人として仕事で差別化するのは、とても限定的な事なんだと知りました。 友人が別の友人に接する姿。そして友人が僕に接する姿。いろいろ見続けていると、今の自分がどうなのかが鏡のように見えてくるようになりました。とはいっても、まだはっきりではないのですが。 ■自分は少し特別 ポジティブな意味でも、ネガティブな意味でも、僕は少し特別なんだと考えるようになりました。 ポジティブな所は、いいですよね。もう散々書いたし。仕事はうまく行っています。<a href="http://www.koemu.com/blog/2012/04/24/asaman/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■自分自身そのもの事ってどうなんだろう</strong></p>
<p>時々、自分でブログの過去の記事を追っています。最も古い記事は2000年11月と、12年ほどアーカイブされています。最近になって感じるのが、これまでは「仕事」につなげて話をしていることです。仕事を通じてこれまでを振り返った記事「<a title="働き出して10年が経つ これまでとこれから" href="http://www.koemu.com/blog/2011/02/12/workd-for-10-years/">働き出して10年が経つ これまでとこれから</a>」は今でもしっくり来ています。ただ、仕事を離れた時…一人の男としてどうだったかというと、何かこれといって自分の中に印象がありません。</p>
<p><strong>■寝る前に必ず再生されるダイジェスト</strong></p>
<p>僕は、寝る前に必ずと言っていい程、今日の出来事が頭の中でダイジェスト再生されます。特に、その日に会った人、そして話した内容がかかります。特に、カンファレンスなんかに行くとたくさんの人に会いますから、その量は膨大になります。こうなると、もう気が違えてくるほどです。眠る事なんて出来やしません。</p>
<p>どこでひっかかるか。それは「あの時自分がこう話した事は正しかったのか」ということです。何もしゃべらないと意味はないのですが、しゃべったらしゃべったでこうなる。ものすごく、後で怖くなります。自分では理屈の上では立証できているのに、心ではとても怯えているのです。どこかで、自信が無い自分がいます。</p>
<p><strong>■恋愛は僕の人生を邪魔する、と思っていた。</strong></p>
<p>最近、<a href="http://www.facebook.com/introduce.share" target="_blank">FBShare</a> で流れてきた「<a href="http://anond.hatelabo.jp/20120420214521" target="_blank">IT系の男となんか絶対付き合いたくないよ！</a>」っていう記事が目に入った時、あっ、自分の事ではないかと気づきました。</p>
<p>ブログには書いていませんが、20代の時に何回か失恋しました。最後に…もう5年になります…つきあった子に別れ際に言われたのが「祐一郎はずっと仕事を見てる。私を見てくれはいなかった。」でした。その時は、僕は自分で正しい事をやっているのに、何故こんな事を言われなければならないのか？そんなのはおかしいじゃないか！と心の中では怒りました。これまで、ひき目を感じながら「これでも足りない、これでも足りない。」とやってましたから、仕事で成功する事が自分にとっての成功であるかのように考えていたのです。それを否定された気がした事が、辛かった。</p>
<p>それ以降、20代後半の頃は恋愛は僕の人生を邪魔するものだと、心の奥で信じるようになりました。だから、口では「彼女出来ないんだよねー」といいながらも、何かと敬遠し続けていた自分がいます。仕事に集中しよう、結果を出そう、そして一山当てようと日々生きていたのです。</p>
<p>自分だけを見る事に必死で、他の誰かを見る余裕が僕には全くありませんでした。</p>
<p><strong>■人は自分を映す鏡</strong></p>
<p>ここ数年、コンピュータ技術者ではない友人が増えました。知人ではなく、友人です。悩みをお互いに話したり、明日どうやって行くかを前向きに議論する、そんな仲です。特に、社会人大学院で出会ったクラスメイトとは、講義の落ち着きとは反比例してよくつきあうようになりました。</p>
<p>友人のほとんどはコンピュータ技術者ではありませんから、僕のこれまでの仕事の実績というのはあまり関係がありません。あったとしても、講義に出てきたコンピュータ関係の難しい話をちょっと話す時に使える程度。一人一人、自分自身そのものを自然と出しながら話をする姿を見て、そして話を聞いていると、ふと「あれっ？」と思うようになりました。</p>
<p>これまで負い目を感じていた事は徐々に<a title="社会人大学院生活 M1 2学期突入" href="http://www.koemu.com/blog/2011/07/28/gssm-201107/">収まってきています</a>。でも、やっぱりまだ言葉の端々に出てしまう。そういったとき、すかさずクラスメイトは僕に指摘します。その気持ちが君自身の今後にとってよくない、すぐにでも捨てろ、と。人として仕事で差別化するのは、とても限定的な事なんだと知りました。</p>
<p>友人が別の友人に接する姿。そして友人が僕に接する姿。いろいろ見続けていると、今の自分がどうなのかが鏡のように見えてくるようになりました。とはいっても、まだはっきりではないのですが。</p>
<p><strong>■自分は少し特別</strong></p>
<p>ポジティブな意味でも、ネガティブな意味でも、僕は少し特別なんだと考えるようになりました。</p>
<p>ポジティブな所は、いいですよね。もう散々書いたし。仕事はうまく行っています。</p>
<p>ネガティブな所は、人が苦労している所を、自分が苦労した事がないこと。それを感じた最も身近な出来事は、昨年の震災直後に東京に出てきて1年間一緒に過ごした弟の就職活動です。次の仕事を探そうと、しこたま電話をかけ、履歴書を送り、面接に通っているのにも関わらず、なかなか仕事の内定がもらえない姿を見ました。もちろん、兄として相談に乗ったりしましたが、なぜここまで必死にやっているのにも関わらずどこの会社も見向きもしないのか、こんなにいい男じゃないか、どうしてこうなるのか、と。</p>
<p>今、弟はちゃんとした仕事を見つけ、自分でしっかりとしたマンションに住み、会社でもうまくやっているようです。もともとナイスガイだから、そこは全く心配していませんでした。少なくとも、僕と比べたら人を大切にできる人であると自信を持って推薦します。僕には2人の弟がいますが、一番年が近いこの真ん中の弟が僕ら家族をきちんとまとめていると言っても、過言ではありません。</p>
<p>多くの人はこう言う事に気を配ります。しかし、これまではそういうことに無頓着だったのが、僕でした。</p>
<p><strong>■自分自身を表現する</strong></p>
<p>僕の今の上司は言います。「斎藤は優しい男だ」と。一見、いい言葉のように聞こえます。しかし、いい人に収まる人は、たいてい印象には残りません。ではどうすればいいのか。正直、僕はさっぱりわかりません。もしできるとしたら、1年前に腹をくくって東京に出てきた弟に寄り添いながら応援したことと、同じ事くらい。とはいえ、今度はもう少しうまくできると思います。</p>
<p>そんな事を考えている時、板倉さんは<a href="http://www.facebook.com/yuichiro.itakura/posts/295907557152753" target="_blank">言いました</a>。</p>
<blockquote><p>あの当時のように計画などに縛られない<strong>不意に訪れる今を大いに楽しむ心を忘れないで居る</strong>それは、特別なおとなの遊びの構えではないだろうか。</p></blockquote>
<p>誰かと一緒にいる時、寄り添い、そして今を共に楽しむ仲である事。そうしているうちに、何か見えてくるかもしれません。たぶん、その点については、最近になって<a title="3.11 から1年 … 身近な幸せを考える" href="http://www.koemu.com/blog/2012/03/11/3-11-a-year-passed/">祖父がヒントをくれた</a>んじゃないかと、考えています。</p>
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		<title>なぜ仕事の焦点を絞ろうとしているのか</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/04/12/focus/</link>
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		<pubDate>Wed, 11 Apr 2012 15:16:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[私の考え]]></category>
		<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[■がむしゃらが通用する状況とは がむしゃらにやる、というのは非常に聞こえがよいものです。やっているその時は集中力もあがります。その上で、結果が出ればとても幸せな気分になれるものです。また、がむしゃらにやる時は自分の担当範囲は当然やりつつ、それ以上に自分が本来カバーしなくてもよい範囲に対しても積極的に力を注ぐものです。いや、注ぎたくなると言うか。身近な例で言えば、総務の人が忙しい時に、営業の人が代わりにお茶出しをするなんてのも一例です。 しかし、がむしゃらにやりやすい状況は、目標が定まっている時です。身近なものであれば受験勉強、ちょっと大きなものではスポーツの大会で一位になること、更に大きな話であれば高度成長期の日本であったりします。特に、仕事であれば目標に向かって誰よりもがむしゃらに行動して価値提供し結果を出す事が重要であり、そして誇りとなっていたからであります。 僕には、この感覚が深く根付いています。 ■がむしゃらが通用しない現在 今の時代は、目標を設定しづらいものです。がむしゃらにやる事が、うまく行く事につながりづらいと言えます。というのも、自分が正しいと信じてやる事は出来ますが、それが正しいかどうかを測る尺度が無いからです。うまく行かなかったとはっきりするならまだよいのですが、ある人からは応援され、またある人からは否定されると言う、引き裂かれる状況に遭遇する事も、珍しくありません。 つい最近までの僕の状況が、これです。 ■自分を説明できない 以前「ジェネラリストはまずスペシャリストであること？」で書きましたが、僕は僕自身を簡単に説明できません。人から何をしているのか？と聞かれた時に「私は (10文字程度) を仕事にしています」と言えません。あえて書きますと「私は、元々サーバサイドシステムの開発者ですが、今はプロジェクトマネージャや上流工程のエンジニア、そしてインフラエンジニアをやりながら仕事をしています。」となります。長いですし、そしてこれの意味が分かる人ってどれだけいるのでしょう。 そう、自分の身近にいる人に、僕はプレゼンスを明確に出来ないのです。そうなると、あいつって誰だっけ？存在している理由ってあるの？やたら厳しい事は言うけど、なんか結果を出していたんだっけ？となります。「何でも出来ます」と言うと、何も出来ないと言っているのと変わらない訳です。 ■ずっとそうだった訳ではない 僕は昔からそうだったのかというと、そうだった訳ではありません。言い訳をすると、スマートフォン開発が主流になったここ2〜3年、サーバサイドシステム開発から離れざるを得ませんでした。そのため、以前は主軸にしていたサーバサイドシステム開発者というポジションを一旦横に置いて、他に稼げる所で稼がざるを得ませんでした。 そんな中では、僕自身を理解してもらう事は極めて難しい。自分自身が説明できない仕事を、どう人に理解してもらうのでしょう。目立った結果も出ない、人生にはそういう時代もあるんだろうと我慢する毎日です。これはなかなか辛いものがあります。大学院で学ぶ、という別のモティベーションが無かったら腐ってしまったかもしれません。 ■インフラエンジニアに注目し始めた理由 最近、「インフラエンジニア」というポジションに注目しています。僕が技術者として仕事を始めた10年前はこの職種はなかったのですが、ここ数年で聞かれるようになりました。インフラエンジニアといいますと、決まった運用作業をこなすサーバオペレータとしての仕事はもちろんの事、サーバ上で動かすソフトウェアの「基盤」となるシステムを設計・構築・運用、そして臨機応変にトラブル解決を行うエンジニアです。 現在のインターネットサービスを動かすためには、単にプログラムを書けば動く事はほとんどなく、ミドルウェア…Webサーバ、データベースサーバ、アプリケーションサーバ等…という基礎となるソフトウェアが無くてはならない時代なのです。10年前、ミドルウェアが雨後の筍のように出始めた時はシステム開発者がまとめて面倒を見ていたのですが、複雑化・大規模化した現在、開発者だけでは手が回りづらくなり分担が必要となってきたのです。 インターネットサービスを動かすための全てのソフトウェアとハードウェアを見通し、お客様に価値を提供する。僕だから出来る仕事なのでは、と考えるようになりました。 ■誰もやらない事・やれない事をやる<a href="http://www.koemu.com/blog/2012/04/12/focus/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■がむしゃらが通用する状況とは</strong></p>
<p>がむしゃらにやる、というのは非常に聞こえがよいものです。やっているその時は集中力もあがります。その上で、結果が出ればとても幸せな気分になれるものです。また、がむしゃらにやる時は自分の担当範囲は当然やりつつ、それ以上に自分が本来カバーしなくてもよい範囲に対しても積極的に力を注ぐものです。いや、注ぎたくなると言うか。身近な例で言えば、総務の人が忙しい時に、営業の人が代わりにお茶出しをするなんてのも一例です。</p>
<p>しかし、がむしゃらにやりやすい状況は、目標が定まっている時です。身近なものであれば受験勉強、ちょっと大きなものではスポーツの大会で一位になること、更に大きな話であれば高度成長期の日本であったりします。特に、仕事であれば目標に向かって誰よりもがむしゃらに行動して価値提供し結果を出す事が重要であり、そして誇りとなっていたからであります。</p>
<p>僕には、この感覚が深く根付いています。</p>
<p><strong>■がむしゃらが通用しない現在</strong></p>
<p>今の時代は、目標を設定しづらいものです。がむしゃらにやる事が、うまく行く事につながりづらいと言えます。というのも、自分が正しいと信じてやる事は出来ますが、それが正しいかどうかを測る尺度が無いからです。うまく行かなかったとはっきりするならまだよいのですが、ある人からは応援され、またある人からは否定されると言う、引き裂かれる状況に遭遇する事も、珍しくありません。</p>
<p>つい最近までの僕の状況が、これです。</p>
<p><strong>■自分を説明できない</strong></p>
<p>以前「<a title="ジェネラリストはまずスペシャリストであること？" href="http://www.koemu.com/blog/2011/07/30/who-am-i/">ジェネラリストはまずスペシャリストであること？</a>」で書きましたが、僕は僕自身を簡単に説明できません。人から何をしているのか？と聞かれた時に「私は (10文字程度) を仕事にしています」と言えません。あえて書きますと「私は、元々サーバサイドシステムの開発者ですが、今はプロジェクトマネージャや上流工程のエンジニア、そしてインフラエンジニアをやりながら仕事をしています。」となります。長いですし、そしてこれの意味が分かる人ってどれだけいるのでしょう。</p>
<p>そう、自分の身近にいる人に、僕はプレゼンスを明確に出来ないのです。そうなると、あいつって誰だっけ？存在している理由ってあるの？やたら厳しい事は言うけど、なんか結果を出していたんだっけ？となります。「何でも出来ます」と言うと、何も出来ないと言っているのと変わらない訳です。</p>
<p><strong>■ずっとそうだった訳ではない</strong></p>
<p>僕は昔からそうだったのかというと、そうだった訳ではありません。言い訳をすると、スマートフォン開発が主流になったここ2〜3年、サーバサイドシステム開発から離れざるを得ませんでした。そのため、以前は主軸にしていたサーバサイドシステム開発者というポジションを一旦横に置いて、他に稼げる所で稼がざるを得ませんでした。</p>
<p>そんな中では、僕自身を理解してもらう事は極めて難しい。自分自身が説明できない仕事を、どう人に理解してもらうのでしょう。目立った結果も出ない、人生にはそういう時代もあるんだろうと我慢する毎日です。これはなかなか辛いものがあります。大学院で学ぶ、という別のモティベーションが無かったら腐ってしまったかもしれません。</p>
<p><strong>■インフラエンジニアに注目し始めた理由</strong></p>
<p>最近、「インフラエンジニア」というポジションに注目しています。僕が技術者として仕事を始めた10年前はこの職種はなかったのですが、ここ数年で聞かれるようになりました。インフラエンジニアといいますと、決まった運用作業をこなすサーバオペレータとしての仕事はもちろんの事、サーバ上で動かすソフトウェアの「基盤」となるシステムを設計・構築・運用、そして臨機応変にトラブル解決を行うエンジニアです。</p>
<p>現在のインターネットサービスを動かすためには、単にプログラムを書けば動く事はほとんどなく、ミドルウェア…Webサーバ、データベースサーバ、アプリケーションサーバ等…という基礎となるソフトウェアが無くてはならない時代なのです。10年前、ミドルウェアが雨後の筍のように出始めた時はシステム開発者がまとめて面倒を見ていたのですが、複雑化・大規模化した現在、開発者だけでは手が回りづらくなり分担が必要となってきたのです。</p>
<p>インターネットサービスを動かすための全てのソフトウェアとハードウェアを見通し、お客様に価値を提供する。僕だから出来る仕事なのでは、と考えるようになりました。</p>
<p><strong>■誰もやらない事・やれない事をやる</strong></p>
<p>僕は、いろいろな業務に手を出しているうちに、誰もやらないこと・やれない仕事を担当する事がよくありました。その中の一つが、先にお話ししたインフラエンジニアです。とはいっても、この仕事は僕が今までやっている事と大きくは変わらないのです。インフラエンジニアという言葉を通じて焦点を絞る事で、自分自身のプレゼンスをはっきりさせることができるようになることがわかっただけなのです。また、この言葉で戦う事が出来る時代が来たとも言えます。</p>
<p>確かに、今でも何かサーバサイドシステムの開発を担当してほしいと言われれば出来ます。でも、この仕事は僕よりも優れたエンジニアが周りにたくさんおり、そこで勝負しても僕はその彼らより高い価値を提供する自信はありません。5年以上前から僕を知る人にはサーバサイドシステム開発のお仕事について時々お声がけいただいているのですが、心苦しいと思いつつお断りしているのは先の理由があるからです。</p>
<p>とはいえ、ここまでお読みいただければわかる通り、完全にサーバサイドシステム開発からはなれる訳ではないのです。ぐっと、焦点を絞る戦い方を選んだ、それだけの事です。</p>
<p><strong>■うだつが上がらない時こそ見定める</strong></p>
<p>うだつが上がらない時は、本当に苦しいものです。軸が使えなくなるので、どうにもなりません。たまたま僕は軸以外の仕事も手広くやってきため何とか凌ぐ事が出来ましたが、もしこれまでに軸以外の事をやっていなかったらと思うとぞっとします。</p>
<p>そうしたとき、様々な人と会ったり、違う事に力を注いだり、そして今の状況を静かに見定める事で、次の一手が見えてくるのではと思います。四路五動とはよく言ったもので、止まることがこれほど大切なことなのだと知ることができた、貴重な数年だったと振り返っています。</p>
<p>目標が見えない時代だからこそ、自分のプレゼンスを明確にする。そうすることで、自分がどのような価値が提供できる人間なのか相手に伝えやすくなり、そして志を同じにする人が自然に集まり始まりムーブメントが起きる。そうなれば、またがむしゃらにやればいいのです。</p>
<p>僕は、そう信じています。</p>
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		<title>論文でやっては行けない5つの事…M2を迎えて</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/04/06/report-anti-5/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2012/04/06/report-anti-5/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 05 Apr 2012 15:20:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[MBA]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1503</guid>
		<description><![CDATA[筑波大学の社会人大学院での生活も、無事2年目を迎える事が出来ました。修了に必要な単位は何とか取り切りましたので、後は修士論文のための研究に力を注ぐのみです。 さて、修士論文というのは修士号を取るためには避けては通れない道でして、あと1年以内に普段書き慣れていない学術論文を認めなければなりません。そのため、多くの修士課程・博士前期課程の人は担当いただいている指導教授からあれこれ指導が入っているはずです。僕もその一人です。 ■学生の論文は指導教授と一体である 書く以上は学術的にも価値が高いものを書きたいわけです。そこで、情報処理学会をはじめとした学術系の研究会に足を運び、他の方の論文と発表を見に行くようにしています。いわゆる敵陣視察、ですね。この中には、「なるほど！」と伝わる素晴らしい論文から「えっ？」と思う不思議な論文まで、いろいろあります。 さて、企業の研究所や大学教授の方が書かれる論文とともに発表されるのが、私のように修士課程・博士課程にいる学生さんの研究発表です。発表を聞いていて感じたのが、どうやら学生さんの発表には指導教授の指導状況も同時に見られているということです。いい発表であれば「さすが○○先生の学生は素晴らしい」となりますし、逆に問題があると「あの人の指導教授は誰だ？」となります。 自分がきちんと恥ずかしくない研究をやらなければ、自分ばかりでなくお世話になった指導教授の体面も汚してしまうかもしれないのです。これは大変な事だと気づきました。 ■僕が見た「これはやってはいけない」研究発表 M2で行う研究活動に対する自分への喝入れをこめて、研究発表で「これはやってはいけない」と感じたことをまとめてみます。以下は僕は情報系の人である事を前提においていただき、他分野だとひょっとしたら違う事もあるかもしれないことを念頭に置いてください。また、研究の専門家から見たら他にもポイントがあるかと思いますが、社会人大学院生の観点と言う事でお読みいただけましたら幸いです。 1. リサーチクエスチョンの範囲が広すぎる これは社会人大学院生に多く見受けられるパターンです。私も含めて、です。仕事は幅広く事に当たり、問題を逐次解決して行く事が少なくありません。しかし、研究は違います。自分の研究成果を論理的な裏付けを持って発表するには、分野を絞る必要があります。広すぎると、どのような研究を行ったのか専門家にさえも伝えづらい状況が出ます。ましてや、自分自身の実験のためのデータを集める際の時間が足らなくなります。自分が設定したリサーチクエスチョンとは？本当に追求したい事は何なのか、何故追求したいのか、そして何を価値提供できるのか、充分検討する必要があります。 2. 既に研究された分野について発表している 学術論文を書く際に必ず行う作業として「サーベイ」があります。論文や文献をあたり、既存研究の調査を行い、自分が行う研究に役立てたり、逆に批判を行えるよう理論武装する事もあります。しかし、サーベイが足りませんと他の誰かと同じ研究をしてしまう恐れがあります。これでは、研究に大切な先見性が失われてしまい、研究成果が意味をなさないものとなります。 また、学会の研究会に足を運ぶ人たちの多くは、研究の専門家です。大抵、自分自身と近い分野の論文や文献をサーベイしていて、過去から現在にかけてどのような研究の歴史があり、今のトレンドを把握されています。そういう人たちに「なるほど」と思わせるのは、なかなか一筋縄では行かない事がわかります。 3. サーベイした論文との差別化がうまく出来ていない 2番に近いのですが、これはサーベイしている前提での話です。既存研究よりも「私は新しい事を発表している！」と言う場合、どのように差別化しているのかを説明しなければなりません。その際に、うまく説明できずもったいないものもありました。これは、恐らく元々設定していたリサーチクエスチョンが弱いのではと僕は見ています。リサーチクエスチョンが強ければ、研究成果として押し出すものがもっと明確に出来たはずだからです。 4. スライドのページ当たりの行数が多い<a href="http://www.koemu.com/blog/2012/04/06/report-anti-5/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>筑波大学の社会人大学院での生活も、無事2年目を迎える事が出来ました。修了に必要な単位は何とか取り切りましたので、後は修士論文のための研究に力を注ぐのみです。</p>
<p>さて、修士論文というのは修士号を取るためには避けては通れない道でして、あと1年以内に普段書き慣れていない学術論文を認めなければなりません。そのため、多くの修士課程・博士前期課程の人は担当いただいている指導教授からあれこれ指導が入っているはずです。僕もその一人です。</p>
<p><strong>■学生の論文は指導教授と一体である</strong></p>
<p>書く以上は学術的にも価値が高いものを書きたいわけです。そこで、情報処理学会をはじめとした学術系の研究会に足を運び、他の方の論文と発表を見に行くようにしています。いわゆる敵陣視察、ですね。この中には、「なるほど！」と伝わる素晴らしい論文から「えっ？」と思う不思議な論文まで、いろいろあります。</p>
<p>さて、企業の研究所や大学教授の方が書かれる論文とともに発表されるのが、私のように修士課程・博士課程にいる学生さんの研究発表です。発表を聞いていて感じたのが、どうやら学生さんの発表には指導教授の指導状況も同時に見られているということです。いい発表であれば「さすが○○先生の学生は素晴らしい」となりますし、逆に問題があると「あの人の指導教授は誰だ？」となります。</p>
<p>自分がきちんと恥ずかしくない研究をやらなければ、自分ばかりでなくお世話になった指導教授の体面も汚してしまうかもしれないのです。これは大変な事だと気づきました。</p>
<p><strong>■僕が見た「これはやってはいけない」研究発表</strong></p>
<p>M2で行う研究活動に対する自分への喝入れをこめて、研究発表で「これはやってはいけない」と感じたことをまとめてみます。以下は僕は情報系の人である事を前提においていただき、他分野だとひょっとしたら違う事もあるかもしれないことを念頭に置いてください。また、研究の専門家から見たら他にもポイントがあるかと思いますが、社会人大学院生の観点と言う事でお読みいただけましたら幸いです。</p>
<p><strong>1. リサーチクエスチョンの範囲が広すぎる</strong></p>
<p>これは社会人大学院生に多く見受けられるパターンです。私も含めて、です。仕事は幅広く事に当たり、問題を逐次解決して行く事が少なくありません。しかし、研究は違います。自分の研究成果を論理的な裏付けを持って発表するには、分野を絞る必要があります。広すぎると、どのような研究を行ったのか専門家にさえも伝えづらい状況が出ます。ましてや、自分自身の実験のためのデータを集める際の時間が足らなくなります。自分が設定したリサーチクエスチョンとは？本当に追求したい事は何なのか、何故追求したいのか、そして何を価値提供できるのか、充分検討する必要があります。</p>
<p><strong>2. 既に研究された分野について発表している</strong></p>
<p>学術論文を書く際に必ず行う作業として「サーベイ」があります。論文や文献をあたり、既存研究の調査を行い、自分が行う研究に役立てたり、逆に批判を行えるよう理論武装する事もあります。しかし、サーベイが足りませんと他の誰かと同じ研究をしてしまう恐れがあります。これでは、研究に大切な先見性が失われてしまい、研究成果が意味をなさないものとなります。</p>
<p>また、学会の研究会に足を運ぶ人たちの多くは、研究の専門家です。大抵、自分自身と近い分野の論文や文献をサーベイしていて、過去から現在にかけてどのような研究の歴史があり、今のトレンドを把握されています。そういう人たちに「なるほど」と思わせるのは、なかなか一筋縄では行かない事がわかります。</p>
<p><strong>3. サーベイした論文との差別化がうまく出来ていない</strong></p>
<p>2番に近いのですが、これはサーベイしている前提での話です。既存研究よりも「私は新しい事を発表している！」と言う場合、どのように差別化しているのかを説明しなければなりません。その際に、うまく説明できずもったいないものもありました。これは、恐らく元々設定していたリサーチクエスチョンが弱いのではと僕は見ています。リサーチクエスチョンが強ければ、研究成果として押し出すものがもっと明確に出来たはずだからです。</p>
<p><strong>4. スライドのページ当たりの行数が多い</strong></p>
<p>こちらは研究の質ではなく発表の話です。どれほど優れた研究成果も、適切に説明できなければ価値をうまく伝える事は出来ません。ここから、発表も大切な研究活動である事がわかります。</p>
<p>さて、私が指導教授から随分と指摘されたのが、発表スライドの作り方です。スライドは、1枚1〜2分程度(発表時間による)、1スライド当たり7行程度に抑えて作成しなさい、と言うのがその内容でした。「えっ、これまで削るの！？」と思うくらい、削ります。社会人ですとスライドを作り慣れている方もいらっしゃるはずですが、学術系はまた違うのです。お世話になっている別の先生からも「斎藤さん、学術系の&#8221;マーケット&#8221;に沿って作るってのも、大切ですよ。」と言われ、なるほどとぐうの音も出ませんでした。</p>
<p>作成したスライドは最近行われた学内の中間発表で使いまして、聞きにきていた別の教授からは評判が良かったこともあり(その先生は厳しい事で有名)、ホッとしました。</p>
<p><strong>5. 論理的に間違っている</strong></p>
<p>これはいくらなんでもないのでは？と考えた方がいるかもしれません。でも、あります。たまに。実験データの解釈の誤り、作成したプログラムのバグ、そして実験で採用した技術の選択を誤ったがために、研究成果の信憑性を担保する論理が崩壊してしまうのです。</p>
<p>まあここまで間違っていなかったとしても、そこまで言い切れるのかと考えられる程に詰め切れていない実験結果もあります。自分の研究内容から少し外れるなら「ここは対象外」と言えばいいでしょうし、逆にどこを追求したのか明確にしないと、論理的な側面で研究成果を評価していただけないはずです。</p>
<p><strong>■指導をちゃんと受けよう</strong></p>
<p>ここまで書いて、自分自身、よくよく指導教授と話を絶やさずに指導を受け、研究を進めなければならないと痛感しています。また、このように書いた事も、指導教授から「君、ここの詰めが甘い。」や「もうちょっとこうするとうまく行く。」など、直々に話を聞きませんとわからない事が多々あります。よくある How To 等と違い、この記事を読んで書ける程、簡単ではありません。</p>
<p>また、どのように研究成果を認めるかは、研究分野もさることながら、指導教授の流儀も入ってくるものです。ですから「○○教授は××教授のお弟子さんだ」という、まるで子弟関係に注目する会話を聞く事も珍しくありません。そういう縁は修了後もずっとついてくるわけですから、自分自身の論文で恥ずかしい事は出来ません。</p>
<p>情報系、特に自然言語処理に関する研究で、実際の研究室の風景を切り取ったようなブログがあります。「<a href="http://d.hatena.ne.jp/mamoruk/" target="_blank">観月橋日記 (旧 生駒日記)</a>」です。まさに研究中の学生さんはぜひ読んでみてください。何か、気づきをもらえるはずです。僕は、このブログを読みながら、自分の胸に手を当てるのであります…。</p>
<p><strong>■よし！あと1年</strong></p>
<p>研究活動には、まずは適切なリサーチクエスチョンの設定、そしてたゆまぬ論文サーベイというところ、なのでしょう。その上で、いい成果が出たら論文発表に至る事が出来ると理解しています。</p>
<p>僕は、これからいよいよ実験に取り組んで行きます。そのための下準備も必要ですし、実験には協力者も必要になります。ですから、簡単に行きそうにはありません。ただ、データが出た以上は面白いものになると、僕はワクワクしているのです。</p>
<p>もし、僕を研究会でお見かけいただいた際は、どうぞお手柔らかにお願い致します。</p>
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		<item>
		<title>3.11 から1年 … 身近な幸せを考える</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/03/11/3-11-a-year-passed/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2012/03/11/3-11-a-year-passed/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 11 Mar 2012 14:25:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[私の考え]]></category>
		<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[3.11 東日本大震災から1年が過ぎました。みなさま、いかがお過ごしでしたでしょうか。 起業した人、被災地のボランティアにフルタイムで入った人、追われてしまった人、動きが取れなくなってしまった人、そして…僕もそうですが…今まで取り組んでいる仕事に引き続き取り組む人、それぞれいらっしゃいます。そんな中でも、震災前にお会いした多くの人とこの1年で生きて再会できた事が、何よりと思っています。 ただ、一つ言える事は、震災前と「世界」が変わりました。多くの人とお話ししていると、それを「震災前を思い出す事が出来ない」や「エンジンがかかった」や「ガラッと変わった」など、言葉こそ違いますが一人一人が感じていらっしゃいます。では「世界」とは何でしょうか。 ■明日「死ぬ」かも知れない 今年の3月5日に、私の祖父が亡くなりました。91歳でした。70代まで仕事をし、大病をせずいつも元気に過ごし、そしてついこの前の正月も一緒に祖父が大好きな麦焼酎「いいちこ」を一緒に飲んでいた矢先、突然のことでした。心不全…まさに「ぽっくりと」亡くなりました。葬儀には、会場に入りきれない程の方に参列いただきました。 正直、3.11の出来事は自分にはあまりに大きすぎて「死ぬ」ことがよくわからなくなっていました。その中で、身近でいつもそばにいてくれた祖父が亡くなった事実に触れたことで、改めて、人は死ぬ、そしてそれは明日、いや、この今の一瞬なのかもしれないことを現実として捉えられるようになりました。 死と言うのは、とても身近な事なのかもしれません。 ■身近な幸せ考える 僕は、つい最近まで、自分の仕事をを通じて「世界を変えたい」と考えていました。そしてビッグになりたい、と。これは、20代前半に経験した成功体験が後押ししていました。一方で、自分自身の家族・友人・仲間・身近なお客様に対してはどうだったでしょうか。何か大きな事を成し遂げようとするあまり、小さな事だと蔑ろにしていた所があったのかなと、思うようになりました。 これまで、自分自身ではプライドを持って物事にあたってきたつもりですし、今の状態は決して恥ずかしい状態ではないと自信を持っています。ただ、今の状況から更に次へ進めるのか、少しずつ不安が高まっていたのは事実です。同時に、身近な人の幸せに対して心を配れていなかった事に、薄々後ろめたさを感じていました。また、長距離を短距離走のペースで走り続けてきたせいか、30歳になりましてさすがにしんどくなってきました。どこかで無理をしていたのかもしれません。 自分自身の心に何か満たされていない事を感じていたのは、身近な幸せを自分で感じようとしなかった所にあったからだと、思っています。 ■これから 生きて行く上で、これからどうするか。それは、「継続する」事と「身近な人の笑顔を大切にする」をテーマに進みます。 まずは、自分自身の事です。この事については、家族や友人にいろいろ心配をかけ続けてしまいました。自分自身の「継続」と言いますと、多くの人は「身を固める」事だと考えていらっしゃるはずです。恐らく、その多くの人たちと近い価値観で動くつもりです。ただ、こればかりは段取りと言うものはありませんので、無理をせずやって行くようにします。 続いて、大学院です。単位は取り終わり、修士論文の執筆に注力するばかりとなりました。不思議とテーマが「身近な幸せ」に通ずるものがあります。また、科学的にやることで、実務・現実の世界とは違った観点でこれからを見据える事が出来るのではと、考えています。 そして、仕事の事です。大きな事の前に、小さな事からこつこつと。身近な仲間やお客様と、技術者としての責任を伴いつつ楽しく日々を過ごせるよう接して行くようつとめていきます。 継続と死は正反対のことであります。しかし、死した時・破壊された時にその継続が何だったのかがはっきりします。そう思うと、今やっている事は全て積み重なることを意識し、そして 3.11 や故人を偲び、生きる事の大切さを知りました。それが、一人一人の「世界」になって行くのだと私は理解しています。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>3.11 東日本大震災から1年が過ぎました。みなさま、いかがお過ごしでしたでしょうか。</p>
<p>起業した人、被災地のボランティアにフルタイムで入った人、追われてしまった人、動きが取れなくなってしまった人、そして…僕もそうですが…今まで取り組んでいる仕事に引き続き取り組む人、それぞれいらっしゃいます。そんな中でも、震災前にお会いした多くの人とこの1年で生きて再会できた事が、何よりと思っています。</p>
<p>ただ、一つ言える事は、震災前と「世界」が変わりました。多くの人とお話ししていると、それを「震災前を思い出す事が出来ない」や「エンジンがかかった」や「ガラッと変わった」など、言葉こそ違いますが一人一人が感じていらっしゃいます。では「世界」とは何でしょうか。</p>
<p><a title="IMG_9985 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828422629/"><img src="http://farm4.staticflickr.com/3599/5828422629_0fc76f1da6_m.jpg" alt="IMG_9985" width="240" height="160" /></a></p>
<p><strong>■明日「死ぬ」かも知れない</strong></p>
<p>今年の3月5日に、私の祖父が亡くなりました。91歳でした。70代まで仕事をし、大病をせずいつも元気に過ごし、そしてついこの前の正月も一緒に祖父が大好きな麦焼酎「いいちこ」を一緒に飲んでいた矢先、突然のことでした。心不全…まさに「ぽっくりと」亡くなりました。葬儀には、会場に入りきれない程の方に参列いただきました。</p>
<p>正直、3.11の出来事は自分にはあまりに大きすぎて「死ぬ」ことがよくわからなくなっていました。その中で、身近でいつもそばにいてくれた祖父が亡くなった事実に触れたことで、改めて、人は死ぬ、そしてそれは明日、いや、この今の一瞬なのかもしれないことを現実として捉えられるようになりました。</p>
<p>死と言うのは、とても身近な事なのかもしれません。</p>
<p><a title="IMG_0211 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828440285/"><img src="http://farm6.staticflickr.com/5275/5828440285_2a5414d533_m.jpg" alt="IMG_0211" width="240" height="160" /></a></p>
<p><strong>■身近な幸せ考える</strong></p>
<p>僕は、つい最近まで、自分の仕事をを通じて「世界を変えたい」と考えていました。そしてビッグになりたい、と。これは、<a title="働き出して10年が経つ これまでとこれから" href="http://www.koemu.com/blog/2011/02/12/workd-for-10-years/">20代前半に経験した</a>成功体験が後押ししていました。一方で、自分自身の家族・友人・仲間・身近なお客様に対してはどうだったでしょうか。何か大きな事を成し遂げようとするあまり、小さな事だと蔑ろにしていた所があったのかなと、思うようになりました。</p>
<p>これまで、自分自身ではプライドを持って物事にあたってきたつもりですし、今の状態は決して恥ずかしい状態ではないと自信を持っています。ただ、今の状況から更に次へ進めるのか、少しずつ不安が高まっていたのは事実です。同時に、身近な人の幸せに対して心を配れていなかった事に、薄々後ろめたさを感じていました。また、長距離を短距離走のペースで走り続けてきたせいか、30歳になりましてさすがにしんどくなってきました。どこかで無理をしていたのかもしれません。</p>
<p>自分自身の心に何か満たされていない事を感じていたのは、身近な幸せを自分で感じようとしなかった所にあったからだと、思っています。</p>
<p><a title="IMG_9681 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5564319284/"><img src="http://farm6.staticflickr.com/5028/5564319284_7702795c62_m.jpg" alt="IMG_9681" width="240" height="160" /></a></p>
<p><strong>■これから</strong></p>
<p>生きて行く上で、これからどうするか。それは、「継続する」事と「身近な人の笑顔を大切にする」をテーマに進みます。</p>
<p>まずは、自分自身の事です。この事については、家族や友人にいろいろ心配をかけ続けてしまいました。自分自身の「継続」と言いますと、多くの人は「身を固める」事だと考えていらっしゃるはずです。恐らく、その多くの人たちと近い価値観で動くつもりです。ただ、こればかりは段取りと言うものはありませんので、無理をせずやって行くようにします。</p>
<p>続いて、大学院です。単位は取り終わり、修士論文の執筆に注力するばかりとなりました。不思議とテーマが「身近な幸せ」に通ずるものがあります。また、科学的にやることで、実務・現実の世界とは違った観点でこれからを見据える事が出来るのではと、考えています。</p>
<p>そして、仕事の事です。大きな事の前に、小さな事からこつこつと。身近な仲間やお客様と、技術者としての責任を伴いつつ楽しく日々を過ごせるよう接して行くようつとめていきます。</p>
<p>継続と死は正反対のことであります。しかし、死した時・破壊された時にその継続が何だったのかがはっきりします。そう思うと、今やっている事は全て積み重なることを意識し、そして 3.11 や故人を偲び、生きる事の大切さを知りました。それが、一人一人の「世界」になって行くのだと私は理解しています。</p>
<p><a title="CRW_9971 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/4322116049/"><img src="http://farm5.staticflickr.com/4060/4322116049_d684415fb1_m.jpg" alt="CRW_9971" width="240" height="160" /></a></p>
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		<item>
		<title>僕がチャットが嫌いな理由 そしてVoiceLinkを好きになった理由</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/02/06/chat-vs-voicelink/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2012/02/06/chat-vs-voicelink/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 05 Feb 2012 17:52:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[コンピュータ]]></category>

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		<description><![CDATA[■僕はチャットが嫌い 僕は1997年に初めてインターネットに接続してこのかた、チャットが嫌いです。誰と話すのが嫌、という事ではなくチャットで話すのが嫌なのです。 時間を問わず遠慮なく話しかけられるから。 文字情報だと、感情や意図を的確に伝える/受け取るのが難しいから。 記録に残るから。 顕名のようにみえるが素性がわからない。 というのが、理由です。対象となるのは、古くはWebチャット, ICQ, Yahoo! Messenger, IRC, IP Messenger, そしてSkypeでしょうか。ただ、Skype は音声通話をするためのメディアとしても使えるため、その用途に限っては使い続けています。 インターネット上のコミュニケーションでは、文字ベースで行う事が最もコストがかからないことが普及に至る要因の一つなのだとは思います。また、僕の周囲にいるWeb開発に携わる知人は積極的に使っている事でより「普及」しているように感じているところが、悩ましい所です。 とはいえ、インターネット上には幸いに他にもコミュニケーションのためのメディアがあります。 ■ソーシャルメディアはどうか ソーシャルメディアと言えば、 mixi<a href="http://www.koemu.com/blog/2012/02/06/chat-vs-voicelink/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■僕はチャットが嫌い</strong></p>
<p>僕は1997年に初めてインターネットに接続してこのかた、チャットが嫌いです。誰と話すのが嫌、という事ではなくチャットで話すのが嫌なのです。</p>
<ul>
<li>時間を問わず遠慮なく話しかけられるから。</li>
<li>文字情報だと、感情や意図を的確に伝える/受け取るのが難しいから。</li>
<li>記録に残るから。</li>
<li>顕名のようにみえるが素性がわからない。</li>
</ul>
<p>というのが、理由です。対象となるのは、古くはWebチャット, ICQ, Yahoo! Messenger, IRC, IP Messenger, そしてSkypeでしょうか。ただ、Skype は音声通話をするためのメディアとしても使えるため、その用途に限っては使い続けています。</p>
<p>インターネット上のコミュニケーションでは、文字ベースで行う事が最もコストがかからないことが普及に至る要因の一つなのだとは思います。また、僕の周囲にいるWeb開発に携わる知人は積極的に使っている事でより「普及」しているように感じているところが、悩ましい所です。</p>
<p>とはいえ、インターネット上には幸いに他にもコミュニケーションのためのメディアがあります。</p>
<p><strong>■ソーシャルメディアはどうか</strong></p>
<p>ソーシャルメディアと言えば、 mixi に始まり、今は twitter や Facebook です。僕は基本的にソーシャルメディアが好きで、よく使っています。</p>
<ul>
<li>時間の拘束性から解放される。</li>
<li>文字ベースではあるけど、特定の誰かに発言する事に縛られない。</li>
<li>記録に残るけど、それは自分のための記録。</li>
<li>顕名かどうかはメディアによるが、過去ログ等から基本は誰かはわかっている。</li>
</ul>
<p>ソーシャルメディアは、コミュニケーションのためのメディアであるのと同時に、自分自身のためのメディアでもあります。というのも、ソーシャルメディア上に何かを書き込む行為は、コミュニケーション以外の事を目的としている場合が往々にあります。そうです、今の自分の記録を取る行為です。どこにいるとか、何をしているとか、どういう気持ちなのか、等です。 Lifelog という言葉を使っている人もいますが、まさにそういうことです。</p>
<p>ただ、最近は twitter は見てはいますがあまり書き込まなくなりました。というのも、たくさんの人に見られている事がマイナスの方向に働き、思いもしない…それも主張したい部分とは大きく外れた批判を受けたり、僕自身も人に見せて本当にいいのかという会話を繰り広げることがあり、その反省を踏まえてとなります。ですので、メインを Facebook へシフトしています。こちらは友人関係のある人のみにコメントを公開することで、より「人を見る・見られる」ことを意識した襟を正したコミュニケーションが出来るからというのが理由です。また、 twitter 以上に文を打てるため、文字ベースでやり取りする際の意識の齟齬を少しでも和らげる事が出来ます。</p>
<p>とはいえ、文字ベースでやり取りしていることには代わりありません。</p>
<p><strong>■インターネットのメディアを少し離れて…</strong></p>
<p>僕はインターネットを始める前は、アマチュア無線をしていました。中学生の頃に2級(※1)を取ったくらいなので、その入れ込み具合は想像いただけるかと思います。</p>
<p>僕がアマチュア無線がとても好きだった理由は、こう言う所にありました。</p>
<ul>
<li>実はあまり時間に拘束されない。その時につながった人と話せばよい。</li>
<li>声でやり取りしているので、感情が伝わってくる(※2)。今振り返って思うと。</li>
<li>記録は基本として残らない。ただ、会話は交信している人以外にも聞こえており、記憶に残る。</li>
<li>顕名である。コールサインは個人特定可能かつ総務省が管理している世界で一意のIDである。</li>
</ul>
<p>インターネット時代のソーシャルメディアと決定的に違うのは、声でやり取りしていた事でした。文字と違って、同じ情報を伝えるにしても声を使う事で情報量が飛躍的に多くする事が出来ました。文字では、喜怒哀楽を伝える事は難しいのですが、声ならとても容易です。楽しい話も、叱られた事も、思い出として心に残す事が出来ます。人には感情が必ずあります。そのやり取りを通じてお互いを知る事が出来るのではないでしょうか。あと、速報性も高いです。</p>
<p>これは、これだけメールやソーシャルメディアが普及した中で、携帯電話の機能として電話の通話が無くならない事がよい例なのではと思います。</p>
<p>ただ、アマチュア無線には最大の問題点がありました。電波が届かないと、通信が出来なかったのです。ですから、電波状況が良い日のみつながるような人もいました。風情はありますが、メディアとしては不完全です。</p>
<p><strong>■そして登場した声を使ったインターネットメディア<br />
</strong></p>
<p>僕が最近よく使うインターネットメディアがあります。それは、<a href="http://www.vlvlv.jp/" target="_blank"> VoiceLink</a> です。声でコミュニケーションする、インターネットメディアがようやく出てきました。スクリーンショットをどうぞ。</p>
<p><a title="スクリーンショット（2012-02-04 0.44.50） by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6823902939/"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7144/6823902939_6a4501d418.jpg" alt="スクリーンショット（2012-02-04 0.44.50）" width="500" height="313" /></a></p>
<p>VoiceLink の原点は、板倉さんがむかーし昔、1984年に体験した「<a href="http://www.ntt-east.co.jp/saigai/taisaku/case_06.html" target="_blank">NTT 世田谷局 ケーブル火災</a>」にあります。受話器をあげると普段つながらない人たちの声が聞こえてきたんだそうです(詳細は「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4822241300/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;tag=koemu-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4822241300">社長失格</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=koemu-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4822241300" border="0" alt="" width="1" height="1" style="border: medium none ! important; margin: 0px ! important;" />」pp.8 以降にて／<a href="http://itunes.apple.com/jp/app/id400166392" target="_blank">電子版</a>もあります)。でも、僕は板倉さんをはじめとした<a href="http://synergydrive.jp/" target="_blank">Synergy Drive</a>の皆さんが開発したこのサービスにファーストユーザとして招待していただき、初めて使ったその時に思ったのが「あ、これはアマチュア無線の再来だ。」ということでした。</p>
<ul>
<li>あまり時間に拘束されない。その時にログインした人と話せばよい。</li>
<li>声でやり取りしているので、感情が伝わってくる。</li>
<li>記録は基本として残らない(※3)。ただ、会話はログインしていないリスナーにも聞こえており、記憶に残る。</li>
<li>顕名である。本サービス開始時はクレジットカード認証時に本人を特定する。</li>
</ul>
<p>比較してみても、ほら、アマチュア無線とそっくり。さらに、アマチュア無線でできなかった参加者の「視覚化」も出来るようになりました。それも、とってもインタラクティブに。まだまだ開発途中とのことですが、今の段階でできる面白い事は「&#8221;いいね！&#8221;は時間軸に対応している」「参加者本人に&#8221;いいね！&#8221;が出来る」そして「席を自由に移れる」ことです。</p>
<p>僕はアマチュア無線が好きでした。でも、免許が必要だし、電波を発することはものすごくコストがかかって大変でした。でも、 VoiceLink なら、今、手元にある Mac ですぐに参加する事が出来ます。仕事と大学院はありますが、レポートを早く終わらせて何とか時間を作って1週間に1回は参加するのが、僕の楽しみになっています(※4)。</p>
<p><strong>■キーボードを打つという事はリテラシーを高く求められる</strong></p>
<p>キーボードを打てるようになるまでに、皆さんどのくらい時間をかけましたか？ブラインドタッチ、できますか？僕はコンピュータエンジニアなので、やれて当然と言われればそれまでかもしれません。でも、みんながみんなコンピュータの専門家であるはずもありません。</p>
<p>では、キーボードを抜きにして文字だけに話を絞ってみましょう。僕は大学院生ですから論文を書くのですが、その中で「論文指導」があります。論理的な文を書くと言うのは、高等教育機関で講義ばかりでなく教授から直接指導を受けることでスキルが身に付くと言う、非常に難しいものであると言う事なのです。さらに、文筆家をはじめとした文字を通じて演出をする人の能力はこれとは比較にならず、努力や能力を超えて一部の人が天から授けられるセンスの領域に達しています。</p>
<p>ましてや、世界を見るとキーボードどころか識字率が日本程高くない国はごまんとあります(See also: 「<a href="http://www.stat.go.jp/data/sekai/15.htm" target="_blank">統計局ホームページ/世界の統計 第15章 教育・文化</a>」)。こう考えて行くと、文字ベースのコミュニケーションと言うのは難しく、それなりの教育を受けた人が初めて到達できる領域なのです。</p>
<p>そんな中、人がコミュニケーションをするときに使う最も原始的かつ知的な方法が、声によるコミュニケーションです。 VoiceLink は、そういったキーボード、はては文章を書くリテラシを高くは求められず、一方で人とコミュニケーションしたいと言う動機をより単純に用いる事が出来る、今までインターネットにあまり存在しなかったメディアです。文字を書くのが得意ではなくとも、面白い人・尊敬できる人はたくさんいます。そう言う人が、インターネット上で活躍できるようになったら、また新しい世界が開けるのではと僕は想像します。</p>
<p>そして、人の感情を織り込んだコミュニケーションが僕は好きです。とてもシンプルなやりとりで、ガンガンと脳みそがうごめく。そして、お互いの紐帯ができあがる。大げさかもしれませんが、人として生きることを実感し意識できます。</p>
<p>僕はコンピュータエンジニアエンジニアを10年やってきました。いかに、コンピュータを人に使ってもらう事に対して、自分の目線ばかりで考えてきてしまっていたのか、それに気づかされました。僕には、まだまだやらなくてはならない事がありそうです。</p>
<p><strong>■除外したこと</strong></p>
<p>掲示板はコミュニケーションのツールとして10年以上前はよく用いられてきましたが、最近は僕の中ではそうでもなくなったので、除外しました。</p>
<p>ブログもコミュニケーションのメディアだろうと言う意見が出るはずです。でも、スパムなどでコメント欄やトラックバック欄が荒れる事も少なくなく、閉じてしまう人も出てきました。また、日本では日記としての用途も少なくありません。従って、コミュニケーションと言うよりは発信主体のメディアというのが僕の理解なので、除外しました。</p>
<p>※1: 2級を取得すると、国際通信用を含めた全てのアマチュア無線の周波数が扱え、出力もヘタな放送局よりも大きな200Wを扱う事が出来ます。4, 3級に比べて自由度がぐっと広くなるのです。</p>
<p>※2: モールス(CW)やRTTY、パケット通信は除きます。でも、モールスだと打つペースが変わってそれはそれで伝わるものがありました。</p>
<p>※3: 今後、録音機能がつくので、記録に残す事が可能となるというアナウンスが流れています。</p>
<p>※4: 昔、アマチュア無線をしすぎて学校の成績がえらく悪くなった事があるので、今度はそうならないようにやる事はちゃんとやるようにしてから、と決めました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>2012年が始まります</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2012/01/04/newyear2012/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2012/01/04/newyear2012/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 03 Jan 2012 17:28:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[あけましておめでとうございます。 2012年がはじまります。年末年始をまたいだということで何か大きく変わるという訳でもないのですが、よい区切りとして心機一転、取り組んで行きたいと思っています。 ■やること やる事はしっかりとあります。 大学院で修論を年末までに仕上げる。 自分の仕事に対するビジョンを定める。 この2つです。1つ目はとても目標が明確ですが、慣れない事をしているため簡単にはクリアできないとは思います。仕事と並立しながら、何とかやり遂げなければなりません。単位は昨年中にほぼクリアしているのが幸いです。 二つ目。20代で自分なりに幅広く仕事に当たってきましたが、「あいつは何をやっているかわからない」というイメージが最後についてしまい悔しい思いをしました。昨年から仕事を絞る事を始めましたが、今年は少し無理矢理にでも自分の仕事に対するビジョンを定義していくつもりです。そうすることで、自分に関わってくれる人が「あいつはこう言う人だ」というイメージを伝えやすくなるのではと期待していますし、自分にとってその方がいいと考えています。 ■身の回りの変化 大きな出来事としまして、2011年の年末に実家が福岡市内から大阪市内へ引っ越しました。引っ越しはもう慣れっこですし、東京からですと大阪の方が安く行けるので(時間はそんなに変わらない)ありがたいことです。母の実家もすぐ目の前なこともあり、尚助かります。ただ、福岡の友人に会いに行く機会が減りそうなのが、少し残念ですね。 ■未来に悩む時代 今、いろいろな方にお話しに伺うと、未来に悩んでいる方に多く出会います。これは、ITだからとか、年齢が云々とか、そう言う問題ではなさそうです。日本国の将来はもちろんの事、経営・勤務している会社の事、そして自分自身の事に至るまで、明確に「こうだ！」と言う方はほとんどいらっしゃいません。 この時代は、特によく学んだ人ほど変数を吟味すればする程、悩んでしまう時代のような気がしています。それは、自分自身にも言える事です。ここまでくると、もう理屈を越えてしっくり来る何かを自分で定義して「こうだ！」と言ったほうがよいのかもしれませんね。 ダメな時はダメだろうし、うまく行く時は大丈夫でしょう。それよりも、やったあとに「なぜこう言う結果になった」かを振り返られるよう、謙虚にありたいと思っております。 ■難しい話は置いておきまして みなさま、今年もどうぞよろしくお願いします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>あけましておめでとうございます。</p>
<p>2012年がはじまります。年末年始をまたいだということで何か大きく変わるという訳でもないのですが、よい区切りとして心機一転、取り組んで行きたいと思っています。</p>
<p><strong>■やること</strong></p>
<p>やる事はしっかりとあります。</p>
<ul>
<li>大学院で修論を年末までに仕上げる。</li>
<li>自分の仕事に対するビジョンを定める。</li>
</ul>
<p>この2つです。1つ目はとても目標が明確ですが、慣れない事をしているため簡単にはクリアできないとは思います。仕事と並立しながら、何とかやり遂げなければなりません。単位は昨年中にほぼクリアしているのが幸いです。</p>
<p>二つ目。20代で自分なりに幅広く仕事に当たってきましたが、「<a title="ジェネラリストはまずスペシャリストであること？" href="http://www.koemu.com/blog/2011/07/30/who-am-i/">あいつは何をやっているかわからない</a>」というイメージが最後についてしまい悔しい思いをしました。昨年から仕事を絞る事を始めましたが、今年は少し無理矢理にでも自分の仕事に対するビジョンを定義していくつもりです。そうすることで、自分に関わってくれる人が「あいつはこう言う人だ」というイメージを伝えやすくなるのではと期待していますし、自分にとってその方がいいと考えています。</p>
<p><strong>■身の回りの変化</strong></p>
<p>大きな出来事としまして、2011年の年末に実家が福岡市内から大阪市内へ引っ越しました。引っ越しはもう慣れっこですし、東京からですと大阪の方が安く行けるので(時間はそんなに変わらない)ありがたいことです。母の実家もすぐ目の前なこともあり、尚助かります。ただ、福岡の友人に会いに行く機会が減りそうなのが、少し残念ですね。</p>
<p><strong>■未来に悩む時代</strong></p>
<p>今、いろいろな方にお話しに伺うと、未来に悩んでいる方に多く出会います。これは、ITだからとか、年齢が云々とか、そう言う問題ではなさそうです。日本国の将来はもちろんの事、経営・勤務している会社の事、そして自分自身の事に至るまで、明確に「こうだ！」と言う方はほとんどいらっしゃいません。</p>
<p>この時代は、特によく学んだ人ほど変数を吟味すればする程、悩んでしまう時代のような気がしています。それは、自分自身にも言える事です。ここまでくると、もう理屈を越えてしっくり来る何かを自分で定義して「こうだ！」と言ったほうがよいのかもしれませんね。</p>
<p>ダメな時はダメだろうし、うまく行く時は大丈夫でしょう。それよりも、やったあとに「なぜこう言う結果になった」かを振り返られるよう、謙虚にありたいと思っております。</p>
<p><strong>■難しい話は置いておきまして</strong></p>
<p>みなさま、今年もどうぞよろしくお願いします。<br />
<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6537596025/" title="21726852-5-1_170-2109851_DATAx1 by koemu, on Flickr"><img src="http://farm8.staticflickr.com/7019/6537596025_b4fd69c3f1.jpg" width="500" height="333" alt="21726852-5-1_170-2109851_DATAx1"/></a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>プログラムはコミュニケーションツール</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/12/04/program-as-communication-tools/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/12/04/program-as-communication-tools/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 04 Dec 2011 14:17:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[プログラミング]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1460</guid>
		<description><![CDATA[■人と話すのは好きだ、だけど… 僕は小さな頃から、人と話すのは好きでした。特に、自分自身と興味関心が近い人と会話する事が非常に楽しく、時間を忘れて話し込んでしまう事もしばしです。 また、中学生の頃にアマチュア無線をやっていたせいか、10代の頃から年齢が何倍も上の人と話す機会も少なくなく、その時の年齢では得難い知見をたくさんいただきました。 しかし、この1年で気づいた事がありました。自分から話を振る事はあっても、人から話を引き出すのはあまりうまくない、と。 ■直接の会話ではどうも解決しない 人の話をなぜ引き出せないのか。振り返りますと、僕は話し出すと押しが強く、かつ矢継ぎ早に言葉が出てくるように、はたからは見えるようです。だから、それを上回るペースや、よほど念が体から発せられるような存在感の強い人でない限り、僕には「話は聞いてもらえないだろう」と思われるのです。 最近は、自分の話している事が通じないだろう、というどちらかというと消極的な理由で、あまり話さないようにしています。人の会話は、1割も伝わっていればいいということです。たくさん話したところで自分が想像する程伝わってはいないのです。 しかし、これは自分の話す量を制御するだけであって、相手から話してもらう量が変わる訳ではありません。相手の話を引き出すための手法としては失敗しています。 ■プログラム開発を通じて人から話を引き出せる プログラム開発、そして出来上がったソフトウェアを世に広める行為は、開発者の自己主張であるというのが一般的な見方であります。これは主にWebサービス開発やオープンソースソフトウェア開発に言える事でしょうが、受託開発であっても言われるがままという事はありません。 それと同時に、ソフトウェアを通じて利用者から「意見」「感想」そして「苦情」といったフィードバックが届きます。ソフトウェアはコンピュータやネットワーク上で動く道具ですから、使えばフィードバックが来るのは当然です。 これです、これなら自然と相手から話を引き出せます。これに気づいて以来、僕はプログラムと自分自身の関係を聞かれると「プログラムは世間とのコミュニケーションツール」と捉えるようになりました。 ■最近は会話が減った 最近、仕事をしていて会話が減りました。いわゆる上流工程のSEをしているので、要求定義を行う上でのステークホルダーとの会話やプログラマとの情報交換はありますが、それは必要最低限のこと。プログラムを書く仕事はもうありません。ですから、自分でプログラムを書く時間を作らなければなりません(※1)。直近では大学院の講義で出たレポートを仕上げる際や、新しい技術を確認するために書く程度です。 しかし、これでは不足している。4年前のシムエントリのように、自分自身でプログラムを書き、ソフトウェアを世に公開しなければならない。最近、そう考えるようになりました。プログラムを書けば、また広く世間の方々から意見をいただけるようになるのではと思うからです。 ■ソフトウェア開発は少人数でいい 多くのソフトウェアは、とりあえず書ける人を山ほど集めて取りかかるより、敏腕のプログラマが数人集まってささっと書いてしまうことがうまくいきます。そのような体験をされた方は少なからずいらっしゃるはずです。 僕もSEという仕事をしておきながらあれなのですが、正直な所、自分を含めて少人数でプログラムを書き、商品をリリースするほうが効率も良く、より世間の役に立てるのではないかと考えています。僕がやる事は、人をまとめたり指示する事ではなく、出来上がるソフトウェアの品質に責任を持つ事だと自覚しています。それなら、尚更コスト上の「オーバーヘッド」である管理だけの仕事というのは、無駄な気がしているのです。 これは、ソフトウェア開発のマネジメントを放棄しているのではありません。要求定義をはじめとしたソフトウェア開発として向かうべき方向を定め、必要な知識を獲得し、最終製品を作り上げる責任は、変わらずに負うのです。ソフトウェアを自分自身も書いていれば、そのソフトウェアに対してより深く理解するでしょうし、また多くの人とコミュニケーションが出来るのではという期待があります。プログラマによって関わる工程の幅が変わる、それだけの事です。 それが、僕の考える「普通の開発」です。<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/12/04/program-as-communication-tools/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■人と話すのは好きだ、だけど…</strong></p>
<p>僕は小さな頃から、人と話すのは好きでした。特に、自分自身と興味関心が近い人と会話する事が非常に楽しく、時間を忘れて話し込んでしまう事もしばしです。</p>
<p>また、中学生の頃にアマチュア無線をやっていたせいか、10代の頃から年齢が何倍も上の人と話す機会も少なくなく、その時の年齢では得難い知見をたくさんいただきました。</p>
<p>しかし、この1年で気づいた事がありました。自分から話を振る事はあっても、人から話を引き出すのはあまりうまくない、と。</p>
<p><strong>■直接の会話ではどうも解決しない</strong></p>
<p>人の話をなぜ引き出せないのか。振り返りますと、僕は話し出すと押しが強く、かつ矢継ぎ早に言葉が出てくるように、はたからは見えるようです。だから、それを上回るペースや、よほど念が体から発せられるような存在感の強い人でない限り、僕には「話は聞いてもらえないだろう」と思われるのです。</p>
<p>最近は、自分の話している事が通じないだろう、というどちらかというと消極的な理由で、あまり話さないようにしています。人の会話は、1割も伝わっていればいいということです。たくさん話したところで自分が想像する程伝わってはいないのです。</p>
<p>しかし、これは自分の話す量を制御するだけであって、相手から話してもらう量が変わる訳ではありません。相手の話を引き出すための手法としては失敗しています。</p>
<p><strong>■プログラム開発を通じて人から話を引き出せる</strong></p>
<p>プログラム開発、そして出来上がったソフトウェアを世に広める行為は、開発者の自己主張であるというのが一般的な見方であります。これは主にWebサービス開発やオープンソースソフトウェア開発に言える事でしょうが、受託開発であっても言われるがままという事はありません。</p>
<p>それと同時に、ソフトウェアを通じて利用者から「意見」「感想」そして「苦情」といったフィードバックが届きます。ソフトウェアはコンピュータやネットワーク上で動く道具ですから、使えばフィードバックが来るのは当然です。</p>
<p>これです、これなら自然と相手から話を引き出せます。これに気づいて以来、僕はプログラムと自分自身の関係を聞かれると「プログラムは世間とのコミュニケーションツール」と捉えるようになりました。</p>
<p><strong>■最近は会話が減った</strong></p>
<p>最近、仕事をしていて会話が減りました。いわゆる上流工程のSEをしているので、要求定義を行う上でのステークホルダーとの会話やプログラマとの情報交換はありますが、それは必要最低限のこと。プログラムを書く仕事はもうありません。ですから、自分でプログラムを書く時間を作らなければなりません(※1)。直近では大学院の講義で出たレポートを仕上げる際や、新しい技術を確認するために書く程度です。</p>
<p>しかし、これでは不足している。4年前の<a title="ブログを記事で結ぶブログパーツ『シムエントリ』をリリース" href="http://www.koemu.com/blog/2008/02/21/sim-entries/">シムエントリ</a>のように、自分自身でプログラムを書き、ソフトウェアを世に公開しなければならない。最近、そう考えるようになりました。プログラムを書けば、また広く世間の方々から意見をいただけるようになるのではと思うからです。</p>
<p><strong>■ソフトウェア開発は少人数でいい</strong></p>
<p>多くのソフトウェアは、とりあえず書ける人を山ほど集めて取りかかるより、敏腕のプログラマが数人集まってささっと書いてしまうことがうまくいきます。そのような体験をされた方は少なからずいらっしゃるはずです。</p>
<p>僕もSEという仕事をしておきながらあれなのですが、正直な所、自分を含めて少人数でプログラムを書き、商品をリリースするほうが効率も良く、より世間の役に立てるのではないかと考えています。僕がやる事は、人をまとめたり指示する事ではなく、出来上がるソフトウェアの品質に責任を持つ事だと自覚しています。それなら、尚更コスト上の「オーバーヘッド」である管理だけの仕事というのは、無駄な気がしているのです。</p>
<p>これは、ソフトウェア開発のマネジメントを放棄しているのではありません。要求定義をはじめとしたソフトウェア開発として向かうべき方向を定め、必要な知識を獲得し、最終製品を作り上げる責任は、変わらずに負うのです。ソフトウェアを自分自身も書いていれば、そのソフトウェアに対してより深く理解するでしょうし、また多くの人とコミュニケーションが出来るのではという期待があります。プログラマによって関わる工程の幅が変わる、それだけの事です。</p>
<p>それが、僕の考える「普通の開発」です。</p>
<p>※1 プログラムを書く行為は、筋トレと同じで続けていないと知識が腐っていきます。文法やライブラリは見れば思い出せますが、プログラムを書く時の「型」を忘れて行く事で書けなくなるのです。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>東京競馬場へ行ってきた &#8211; 人間はミスできる</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/10/12/jra-tokyo/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/10/12/jra-tokyo/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 11 Oct 2011 15:44:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[都心散策]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1439</guid>
		<description><![CDATA[体育の日となりました10月10日、相撲に続いて競馬観戦のために東京競馬場へ行ってきました。とってもいい天気でした。 &#160; ■いやー 競馬場って立派！ 先ず最初に思ったのが、競馬場って立派ですね！そして、きれいですね。成人男子が集う場所と思いがちなのですが、まるで代々木公園に行くような形で来る子供連れの家族の方や、カップルまで。というのも、競馬場の馬場内に行くときれいな芝生の広場があるんです。確かに、これなら来てもいいと思える。 &#160; ■でもメインは競馬観戦 当然ですが、競馬場に来たからには競馬観戦。もちろん、競馬新聞「競馬ブック」と馬券を握りしめて！この日はマイルチャンピオンシップ 南部杯が東京競馬場にやってくるということもあり、楽しみにしていました。前日のレースを、競馬に詳しい弟とともに無料放送中だった「グリーンチャンネル」を見ながら予想の練習をしていたくらいです。 出がけに競馬新聞を買って電車に揺られ、ちょうどお昼に競馬場に到着。5レースから早速開始。いきなりですが結果をざっくりとご覧にいれます。 レース 購入馬券 購入額合計 配当額合計 5 馬連 ボックス 02, 06, 07<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/10/12/jra-tokyo/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>体育の日となりました10月10日、相撲に続いて競馬観戦のために<a href="http://www.jra.go.jp/facilities/race/tokyo/" target="_blank">東京競馬場</a>へ行ってきました。とってもいい天気でした。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1176"><a id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1174" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6230691700/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6100/6230691700_99741e3caf_m.jpg" border="0" alt="IMG_1385" width="240" height="180" /></a></div>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■いやー 競馬場って立派！</strong></p>
<p>先ず最初に思ったのが、競馬場って立派ですね！そして、きれいですね。成人男子が集う場所と思いがちなのですが、まるで代々木公園に行くような形で来る子供連れの家族の方や、カップルまで。というのも、競馬場の馬場内に行くときれいな芝生の広場があるんです。確かに、これなら来てもいいと思える。</p>
<div><a id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1024" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6230191847/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6032/6230191847_52cc704617_m.jpg" border="0" alt="IMG_1443" width="240" height="180" /></a> <a id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1219" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6230697940/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6103/6230697940_f636d00d99_m.jpg" border="0" alt="IMG_1399" width="240" height="180" /></a></div>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>■でもメインは競馬観戦</strong></p>
<p>当然ですが、競馬場に来たからには競馬観戦。もちろん、競馬新聞「<a href="http://www.keibabook.co.jp/" target="_blank">競馬ブック</a>」と馬券を握りしめて！この日はマイルチャンピオンシップ 南部杯が東京競馬場にやってくるということもあり、楽しみにしていました。前日のレースを、競馬に詳しい弟とともに無料放送中だった「<a href="http://www.gch.jrao.ne.jp/" target="_blank">グリーンチャンネル</a>」を見ながら予想の練習をしていたくらいです。</p>
<p>出がけに競馬新聞を買って電車に揺られ、ちょうどお昼に競馬場に到着。5レースから早速開始。いきなりですが結果をざっくりとご覧にいれます。</p>
<table border="1" cellspacing="0" cellpadding="0">
<tbody>
<tr>
<th>レース</th>
<th>購入馬券</th>
<th>購入額合計</th>
<th>配当額合計</th>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">5</td>
<td>馬連 ボックス 02, 06, 07</td>
<td style="text-align: right;">\300</td>
<td style="text-align: right;">\0</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">6</td>
<td>馬連 ボックス 02, 05, 12</td>
<td style="text-align: right;">\300</td>
<td style="text-align: right;">\0</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">7</td>
<td>馬連 ボックス 05, 06, 09</td>
<td style="text-align: right;">\300</td>
<td style="text-align: right;">\210</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">8</td>
<td>馬連 ボックス 01, 04, 07</td>
<td style="text-align: right;">\300</td>
<td style="text-align: right;">\0</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">9</td>
<td>馬連 ボックス  02, 13, 14, 16</td>
<td style="text-align: right;">\600</td>
<td style="text-align: right;">\0</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">10</td>
<td>馬連 ボックス 03, 06, 09</td>
<td style="text-align: right;">\300</td>
<td style="text-align: right;">\0</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">11</td>
<td>馬連 ボックス 06, 11, 15・複勝 13</td>
<td style="text-align: right;">\1,000</td>
<td style="text-align: right;">\1,800</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">12</td>
<td>馬連 ボックス 01, 03, 05</td>
<td style="text-align: right;">\300</td>
<td style="text-align: right;">\0</td>
</tr>
<tr>
<td style="text-align: center;">最終結果</td>
<td></td>
<td style="text-align: right;">\3,400</td>
<td style="text-align: right;">\2,010</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>額が少ない？いや、実はですね、競馬場についてからわかったのですが、財布の中に7,000円＋Suicaしか入ってなかったんです(笑)。ATMでおろすこともできましたが並んでいてめんどくさいし、今日はたしなむ程度にと小額にしました。大負けしなかったけど、大勝ちはしない買い方ですね、株式投資と同じ趣向がそのまま出てます…。</p>
<p><strong>■初心者向け講座もやっています</strong></p>
<p>パドック下の馬券売り場の隣で、初心者向け競馬講座を開いていまして、聴講してきました。特に、競馬新聞の見方がさっぱりだった事がよくわかり、非常に参考になりました。講義は20分程度ですので、ぜひ受けてみてください。予想がよりエキサイティングになりますよ。</p>
<p>そして、観客席。人はすごく多いですが、臨場感を味わうなら立ち席がいいですね。G1のゲートイン直前の盛り上がりも体験してきました！本当に「オーーーーッ！」って言うんですね。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1388"><a id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1386" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6230187281/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6170/6230187281_075f002b7d_m.jpg" border="0" alt="IMG_1428" width="240" height="180" /></a></div>
<p>まあ、事前に予約できるなら指定席の方がゆっくり観戦できていいとは思います。ハイ。</p>
<p>あと、東京競馬場は先ほどもお話しした馬場内がとても過ごしやすく、馬券売り場も整っていますので、のんびりご覧になりたい方はこちらがいいと思います。僕も、ほとんどの時間は馬場内で過ごしていました。</p>
<p><strong>■よいストレス解消法</strong></p>
<p>観戦していて思わず出てしまう言葉。</p>
<ul>
<li>「差せ、差すんだーーー！」
<div id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1208"><a id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1206" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6230176951/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6113/6230176951_9f71a70dc1_m.jpg" border="0" alt="IMG_1394" width="240" height="180" /></a></div>
</li>
<li>「まくれ！まくれ！！まくれ！！！」</li>
<li>「お前来んな！そのまま、そのままだ！」</li>
<li>「うっしゃ！！！」</li>
<li>「あーーーあ。」</li>
</ul>
<p>競馬をやられた方なら経験があるはずです。実は、これが意外に気持ちいい。声を出すとすっきりするんですね。みんな大声を出している中ですし、そう言う場所ですから迷惑がられる事もありません。馬券を買って大声を出してすっきりしに行くだけでも、いいと思いました。</p>
<p><strong>■人間はミスをしてもよいことを思い知った</strong></p>
<p>さて、先の結果をご覧になられて「あっ」と思われた方は、競馬をよくご覧になられている方です。特に、11レース。</p>
<p>まず、5レースなのですが、7番 サクラトップクインは人気があった馬であったのにも関わらず「大差」となっています。レース中に体調を崩して、そのまま何とか歩いてゴールをしていました。観客席から敢闘の拍手はありましたが、はじめて競馬場で観戦した最初のレースで投票した馬がこうなってしまい少し凹みます。アスリートのケガというのは、見ていてたまらないものです。</p>
<p>そして、11レースの南部杯。勝ちに行くための馬券とともに、岩手から遠征してきた13番のロックハンドスター(※1)に100円ながらも応援をこめて複勝で投票していました。また、今日の南部杯は岩手県応援企画も兼ねていて、場内では数多くの物産展が催されていました。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1014">
<div id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1452"><a id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1450" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6234090377/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6060/6234090377_979a9f5501_m.jpg" border="0" alt="IMG_1433_EDITED" width="240" height="180" /></a></div>
</div>
<p>確かに僕はしっかりとこのレースを勝っている。しかし、同時に自分が投票した馬が目の前でケガ(※2)をして、そして予後不良…安楽死という悲しい結果になってしまいました。おそらく、地元で多くのバックアップを受け…それも震災の年ですからいつも以上だったはずです、そんな中で東京に馳せ参じてきた結果がこれというのは、あまりにも残酷です。</p>
<p>人間はどうでしょうか。どんな大失敗をしても、命を取られる事はそうはありません。しかし、競走馬はケガをしてしまうと、命を失うことは決して珍しくはないのだそうです。競馬に詳しくなかった時代でも、有名な馬がケガをしてしまい予後不良になってしまったという話は耳にしていました。彼ら・彼女らは命がけで走っている中で、人間はどれほど魂をこめてがんばっているのか。この一件が帰りの電車で頭から離れませんでした。</p>
<p>そう思うと、人間である自分はもっと果敢に挑戦しなければと気持ちを新たにする機会にもなりました。</p>
<p><strong>■楽しみつつ 馬の活躍に想いを馳せる</strong></p>
<p>競馬がどうして馬そのものに想いを馳せる人が多いのか、少しわかった気がします。人間以上に優勝劣敗が厳しくとも、様々な出来事が裏側にあるのではと1日で感じられるくらい、奥深い何かがあるのだなということです。これでは詳しい方にはまだまだ浅はかだと言われかねませんが、そう感じるから興味が沸いてきたことは事実です。</p>
<p>今は大学院があるのでハマる事はぐっと我慢しますが、これは何も無いとのめり込んでしまいそうです。ソフトウェア開発者ということもあり、ハマれば予想用ツールを自作するのは目に見えていますし、競馬場にも毎週のように通うでしょう。</p>
<p>また、時間が出来るか、大きな声を出してすっきりしたい時に、足を運ぼうと思います。楽しかった！どうもありがとう。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1461"><a id="yui_3_4_0_3_1318343788480_1459" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6230711236/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6031/6230711236_c85208c924_m.jpg" border="0" alt="IMG_1444" width="240" height="180" /></a></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>■写真もどうぞ &#8211; <a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/tags/2011%E5%B9%B4%E7%AC%AC4%E5%9B%9E%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E7%AB%B6%E9%A6%AC%E7%AC%AC3%E6%97%A5/" target="_blank">Flickr: koemu stuff tagged with 2011年第4回東京競馬第3日</a></p>
<p>※1 岩手の星(Rock=岩, Hand=手, Star=星)、という意味なのでしょうか。</p>
<p>※2 パトロールカメラを見ていましたら、どうも芝生とダートの継ぎ目でケガをしているように見えました。芝生になれていなかったのでしょうか。</p>
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		<title>相撲を観に行ってきた</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/09/20/sumo-201109/</link>
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		<pubDate>Mon, 19 Sep 2011 15:48:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[都心散策]]></category>

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		<description><![CDATA[9月、前半の3連休の最終日は、相撲を観に行ってきました。大相撲 平成二十三年 九月場所 九日目にあたります。 行くと決めたのは前日の夜、チケットを取ったのは、当日に両国国技館のチケット売り場でのことでした。いつも突然動く感じですが、向上面の2階イス席Bのいい場所を取れたのでよしとします。 ■早く来すぎた…か？ 幕下力士の取組が行われていましたが、恐らく力士の身内だったり友人であろう方たち以外、あまりいなさそうな感じでした。 いい席はお早めに、それも当日だから、と思いましたが、それにしても早く来すぎてしまいました。まあ、1時間もしたら十両の取組が始まって腰を据えて観戦するだろうからと、館内の散策をしていました。 先ずは、お昼を食べていなかったのでお弁当。ここは定番の焼き鳥弁当をゲット。880円なり。 他にも、2階席にはファーストフード店があります。ここは後で述べますが館内FM放送で元武蔵丸の振分親方が教えてくれた場所でして、館内にはここにしかファーストフード店がないせいもあり結構並んでいました。2階席でカジュアルに楽しむにはいいお店ですね。お弁当だけでは足らなかったので、ポップコーンを買ってきました。 まあ、そうこうしている間に、幕内の取り組みに入って行きます。 ■幕内はすごい 2階席だと迫力が伝わらないのでは…と心配しましたが、そんなことはありませんでした。取組が進むにつれて、しこを踏む音、そして体がぶつかり合う音がどんどん伝わってくるようになりました。そして幕内です。 僕が楽しみにしていたのは、隆の山関の取組です。ひょろっとした体格にもかかわらず体の大きい相手と戦う姿をいつも楽しみに観ています。しかし、この日は残念ながら体重が倍以上もある臥牙丸関に押し出しで負けてしまいました。体重、増やさないといけませんね。誰かもそうですけど。 この日、目を引いた一番は琴奨菊 &#8211; 時天空でした。力士同士が力強く押し合う姿というのは、相撲を観にきてよかったと思える迫力を感じます。結果は琴奨菊のきめ出しでの勝利でした。 一眼レフを持って行くと撮る方ばかりに集中してしまいそうだったので、コンパクトデジカメで撮ってます。小さいけれど、雰囲気はわかりますよね。 ■館内FM放送『どすこいFM』が面白い 行く直前に知ったのですが、両国国技館には館内FM放送があります。この日の解説は十両が[振分親方(元武蔵丸)・竹縄親方(元よう司)]、中入からは[伊勢ノ海親方(元藤ノ川)・時津風親方(元時津海)]です。はじめは、そんなに期待していなかったのですが、実際に聴いてみるとこれが期待以上。<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/09/20/sumo-201109/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>9月、前半の3連休の最終日は、相撲を観に行ってきました。大相撲 平成二十三年 九月場所 九日目にあたります。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1044"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1042" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162883704/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6176/6162883704_bf4d1e64d0_m.jpg" border="0" alt="IMG_1256" width="240" height="180" /></a></div>
<p>行くと決めたのは前日の夜、チケットを取ったのは、当日に両国国技館のチケット売り場でのことでした。いつも突然動く感じですが、向上面の2階イス席Bのいい場所を取れたのでよしとします。</p>
<p><strong>■早く来すぎた…か？</strong></p>
<p>幕下力士の取組が行われていましたが、恐らく力士の身内だったり友人であろう方たち以外、あまりいなさそうな感じでした。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1076"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1074" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162351045/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6168/6162351045_8d8bd3653a_m.jpg" border="0" alt="IMG_1263" width="240" height="180" /></a></div>
<p>いい席はお早めに、それも当日だから、と思いましたが、それにしても早く来すぎてしまいました。まあ、1時間もしたら十両の取組が始まって腰を据えて観戦するだろうからと、館内の散策をしていました。</p>
<p>先ずは、お昼を食べていなかったのでお弁当。ここは定番の焼き鳥弁当をゲット。880円なり。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1085"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1089" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162352483/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6172/6162352483_8d8b6007ca_m.jpg" border="0" alt="IMG_1265" width="180" height="240" /></a></div>
<p>他にも、2階席にはファーストフード店があります。ここは後で述べますが館内FM放送で<a href="http://www.musashimaru.net/" target="_blank">元武蔵丸の振分親方</a>が教えてくれた場所でして、館内にはここにしかファーストフード店がないせいもあり結構並んでいました。2階席でカジュアルに楽しむにはいいお店ですね。お弁当だけでは足らなかったので、ポップコーンを買ってきました。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1203"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1201" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162889508/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6154/6162889508_a163d80454_m.jpg" border="0" alt="IMG_1295" width="240" height="180" /></a></div>
<p>まあ、そうこうしている間に、幕内の取り組みに入って行きます。</p>
<p><strong>■幕内はすごい</strong></p>
<p>2階席だと迫力が伝わらないのでは…と心配しましたが、そんなことはありませんでした。取組が進むにつれて、しこを踏む音、そして体がぶつかり合う音がどんどん伝わってくるようになりました。そして幕内です。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1256"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1254" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162357373/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6168/6162357373_4a3cd34719_m.jpg" border="0" alt="IMG_1313" width="240" height="180" /></a></div>
<p>僕が楽しみにしていたのは、<a href="http://sumodb.sumogames.com/Rikishi.aspx?r=1215&amp;l=j" target="_blank">隆の山関</a>の取組です。ひょろっとした体格にもかかわらず体の大きい相手と戦う姿をいつも楽しみに観ています。しかし、この日は残念ながら体重が倍以上もある臥牙丸関に押し出しで負けてしまいました。体重、増やさないといけませんね。誰かもそうですけど。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1284"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1282" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162358433/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6166/6162358433_e350eba095_m.jpg" border="0" alt="IMG_1334" width="240" height="180" /></a></div>
<p>この日、目を引いた一番は琴奨菊 &#8211; 時天空でした。力士同士が力強く押し合う姿というのは、相撲を観にきてよかったと思える迫力を感じます。結果は琴奨菊のきめ出しでの勝利でした。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1348"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1346" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162894430/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6169/6162894430_4fd51fea20_m.jpg" border="0" alt="IMG_1348" width="240" height="180" /></a></div>
<p>一眼レフを持って行くと撮る方ばかりに集中してしまいそうだったので、コンパクトデジカメで撮ってます。小さいけれど、雰囲気はわかりますよね。</p>
<p><strong>■館内FM放送『どすこいFM』が面白い</strong></p>
<p>行く直前に知ったのですが、両国国技館には館内FM放送があります。この日の解説は十両が[振分親方(元武蔵丸)・竹縄親方(元よう司)]、中入からは[伊勢ノ海親方(元藤ノ川)・時津風親方(元時津海)]です。はじめは、そんなに期待していなかったのですが、実際に聴いてみるとこれが期待以上。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1136"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1134" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162359589/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6176/6162359589_45f5385ece_m.jpg" border="0" alt="IMG_1340" width="240" height="180" /></a></div>
<p>元武蔵丸さん(※1)の解説が、まるでサッカーのラモスさんのような解説なんですよね(笑)。辛口なのはさることながら、ジョークが効いている。また、NHKの放送ではとても話してくれなさそうな取組の評価や、力士に対する評価も聴く事が出来ます。</p>
<p>中入後は解説者交代となるのですが、これもNHKとはまた違う、ゆったりとした調子で取組の解説を聞いたり、これまでの相撲界で起きた出来事についての話を聴く事が出来ます。最近行われているアンケートの集計状況やそれに対する感想まで話されていました。</p>
<p>聴取にはFMラジオが必要です。僕は手持ちのiPod nanoにFMラジオがついていたので問題なく聴く事が出来ました。ラジオの貸し出しもあるようです。今後は、館内専用Wi-Fiを通じてスマートフォンで聴く事ができたら、もっとリスナーが増えるのではと思いました。</p>
<p>NHKの解説とはまた違った、実際に土俵をこの目で観ているから、そして聴いている人が限られているからこそざっくばらんに話せる内容が流れてくるというのは、素晴らしいことです。観戦が更に楽しくなります。</p>
<p><strong>■やっぱり升席で観たいなぁ</strong></p>
<p>2階でも、A席ならそれなりに迫力はありますが、今回座ったB席の倍の価格です。それなら、力士を間近に観る事が出来る枡席で観てみたいですね。贅沢なお弁当を囲みながら知人同士でワイガヤと観に行くというのは、よい非日常感も伴う事でしょう。僕の歳ではまだ早いかもしれませんが、いずれそんな贅沢な観戦をしてみたいですね。</p>
<div id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1398"><a id="yui_3_4_0_3_1316443186170_1396" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/6162361971/in/photostream"><img src="http://farm7.static.flickr.com/6171/6162361971_8012322696_m.jpg" border="0" alt="IMG_1367" width="180" height="240" /></a></div>
<p>※1 ご本人は、自己紹介のときに「ベン・ジョンソンです」って言われていたので、最後まで実況の方が「ベン・ジョンソンさん(笑)」と言われていたのには笑ってしまいました。ベン・ジョンソン氏は、みなさんわかりますよね？</p>
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	</item>
		<item>
		<title>ジェネラリストはまずスペシャリストであること？</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/07/30/who-am-i/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/07/30/who-am-i/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Jul 2011 17:20:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[身の上話]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1363</guid>
		<description><![CDATA[■僕は何者だ 僕は、人からこんな風に紹介されます。 こえむさんは『プログラマ』ですよ。 斎藤さんはですね『検索エンジン』を作れる人ですよ。 祐一郎は『プロダクトマネージャ』で、インターネットサービスの立ち上げと運営が出来るんだよ。 うちの社員の斎藤は『インフラエンジニア』で、社内のサーバを守ってるんですよ。 『社会人大学院』でクラスメイトの斎藤君だよ。 てんで、バラバラです。本当にそうか、振り返ってみたいと思います。 一つ目のプログラマ。僕が仕事でプログラムをみっちり書いたのは、3年前が最後です。それ以来、担当業務としてプログラミングはしていません。ちょっとしたツールは書きましたが、それはプログラマでなくても可能です。最近まじめにコードを書いたのは、大学院で出た課題です。従って、今はプログラマではありません。 二つ目の検索エンジン。2008年の初旬にある研究所でちょっとだけ働いていましたし、検索エンジンで用いられるアルゴリズムを用いたサービス『シムエントリ』を作りました。ただ、自然言語処理に本気で取り組んでいる研究者の足下にも及びません。従って、検索エンジンを作れるだなんてとても言えません。 次のプロダクトマネージャ。インターネットサービス立ち上げの際、無事にリリースするために必要となるプロジェクトマネジメント、およびその後の運営・改善活動の先頭を切ることは出来ます。しかし、僕は最後は期待した収益を上げることが出来ず、実質クビになっています。これは、プロダクトマネージャではなくて、プロジェクトマネージャですよね。お金を稼ぐことが出来ていません。 その次のインフラはどうでしょうか。実は、20代前半の頃…2000年の前半ですね、この頃に1日数百万PVでサーバも数十台のサービスのインフラを一人で運営していたことがあります。プログラマは一杯いましたが、インフラが面倒見られる人はあまり多くないのは今も昔も変わりありません。この頃は確かに誇れる技術があったと思います。しかし、今は正直なところタダのサーバ管理者です。社内の基幹システム・サービスの運用管理なんて誰でもできる仕事です。現在のインフラは高性能なハードウェア(SSDやGPUが代表的)を使いながら多量のリクエストを捌いたりすることが面白いのであり、普通のシステムの運用はAmazon EC2でも借りてやれば普通にまわせるのです。たったサーバ1ラックに少しのIaaSサービスを回す程度で、インフラエンジニアだと言うのが恥ずかしいです。 最後の社会人大学院のクラスメイト。事実をそのまま僕自身が受け入れられるのは、正直これだけです。 ■一つのことに集中できる同僚がうらやましい 今勤めている会社は、小さな中小企業です。ただ、仕事はIT系ではあまりみたことがない、かなり分業が進んだ仕事の回し方をしています。小さな企業ですのでいろいろな周辺業務がありますが、彼らはあまり関知していません。プログラマならプログラムだけに集中するのです。 正直、少し手伝ってほしいと思うことはよくあります。今まで勤めていた所ではこんなことは無かったと心の叫びを抑えつつ日々を過ごすのがやっと。でも、プログラマであればプログラミングを専業としているので、仕事が非常に明確になります。当然、周りに対するプレゼンスもあがりやすくなります。 僕ですか？何をやっているかわからない人と言うのが実態です。あいつは仕事をしていない、仕事をしろというメールが飛んできて心が折れかけることもしばしあります。しかし、冒頭に書きましたが、これだけなんでもやっていると果たして何屋か訳が分からなくなるのは無理はありません。直属の上司だって全てはわからないのです。説明しろと言えば出来ますが、そもそもそのようなわかりづらい仕事をしていることが問題です。 それを思うと、僕もサーバサイドのプログラムをバリバリ書いて社内のプレゼンスをあげたいという欲望にかられます。 ■学際は専門ありき<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/07/30/who-am-i/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■僕は何者だ</strong></p>
<p>僕は、人からこんな風に紹介されます。</p>
<ul>
<li>こえむさんは『<strong>プログラマ</strong>』ですよ。</li>
<li>斎藤さんはですね『<strong>検索エンジン</strong>』を作れる人ですよ。</li>
<li>祐一郎は『<strong>プロダクトマネージャ</strong>』で、インターネットサービスの立ち上げと運営が出来るんだよ。</li>
<li>うちの社員の斎藤は『<strong>インフラエンジニア</strong>』で、社内のサーバを守ってるんですよ。</li>
<li>『<strong>社会人大学院</strong>』でクラスメイトの斎藤君だよ。</li>
</ul>
<p>てんで、バラバラです。本当にそうか、振り返ってみたいと思います。</p>
<p>一つ目のプログラマ。僕が仕事でプログラムをみっちり書いたのは、3年前が最後です。それ以来、担当業務としてプログラミングはしていません。ちょっとしたツールは書きましたが、それはプログラマでなくても可能です。最近まじめにコードを書いたのは、大学院で出た課題です。従って、今はプログラマではありません。</p>
<p>二つ目の検索エンジン。2008年の初旬にある研究所でちょっとだけ<a title="大企業に(一時的に)勤めるのもいいかもしれない" href="http://www.koemu.com/blog/2008/03/31/win-win/">働いていました</a>し、検索エンジンで用いられるアルゴリズムを用いたサービス『<a title="ブログを記事で結ぶブログパーツ『シムエントリ』をリリース" href="http://www.koemu.com/blog/2008/02/21/sim-entries/">シムエントリ</a>』を作りました。ただ、自然言語処理に本気で取り組んでいる研究者の足下にも及びません。従って、検索エンジンを作れるだなんてとても言えません。</p>
<p>次のプロダクトマネージャ。インターネットサービス立ち上げの際、無事にリリースするために必要となるプロジェクトマネジメント、およびその後の運営・改善活動の先頭を切ることは出来ます。しかし、僕は最後は期待した収益を上げることが出来ず、実質クビになっています。これは、プロダクトマネージャではなくて、プロジェクトマネージャですよね。お金を稼ぐことが出来ていません。</p>
<p>その次のインフラはどうでしょうか。実は、20代前半の頃…2000年の前半ですね、この頃に1日数百万PVでサーバも数十台のサービスのインフラを一人で運営していたことがあります。プログラマは一杯いましたが、インフラが面倒見られる人はあまり多くないのは今も昔も変わりありません。この頃は確かに誇れる技術があったと思います。しかし、今は正直なところタダのサーバ管理者です。社内の基幹システム・サービスの運用管理なんて誰でもできる仕事です。現在のインフラは高性能なハードウェア(SSDやGPUが代表的)を使いながら多量のリクエストを捌いたりすることが面白いのであり、普通のシステムの運用はAmazon EC2でも借りてやれば普通にまわせるのです。たったサーバ1ラックに少しのIaaSサービスを回す程度で、インフラエンジニアだと言うのが恥ずかしいです。</p>
<p>最後の社会人大学院のクラスメイト。事実をそのまま僕自身が受け入れられるのは、正直これだけです。</p>
<p><strong>■一つのことに集中できる同僚がうらやましい</strong></p>
<p>今勤めている会社は、小さな中小企業です。ただ、仕事はIT系ではあまりみたことがない、かなり分業が進んだ仕事の回し方をしています。小さな企業ですのでいろいろな周辺業務がありますが、彼らはあまり関知していません。プログラマならプログラムだけに集中するのです。</p>
<p>正直、少し手伝ってほしいと思うことはよくあります。今まで勤めていた所ではこんなことは無かったと心の叫びを抑えつつ日々を過ごすのがやっと。でも、プログラマであればプログラミングを専業としているので、仕事が非常に明確になります。当然、周りに対するプレゼンスもあがりやすくなります。</p>
<p>僕ですか？何をやっているかわからない人と言うのが実態です。あいつは仕事をしていない、仕事をしろというメールが飛んできて心が折れかけることもしばしあります。しかし、冒頭に書きましたが、これだけなんでもやっていると果たして何屋か訳が分からなくなるのは無理はありません。直属の上司だって全てはわからないのです。説明しろと言えば出来ますが、そもそもそのようなわかりづらい仕事をしていることが問題です。</p>
<p>それを思うと、僕もサーバサイドのプログラムをバリバリ書いて社内のプレゼンスをあげたいという欲望にかられます。</p>
<p><strong>■学際は専門ありき</strong></p>
<p>専門がコンピュータとは全く違う、ある教授に相談に乗っていただいた時のお話。</p>
<p>「斎藤さん、学際って言いますけど、あれは元々自分が持つ専門が確立しているから際立つんですよ。どの分野もピンと立たないと、論文が映えません。何を主張しているかさっぱりわからないからです。ピンと立った分野が充実した上で、更に違う分野が色を付けることで、はじめて論文が映えるんですよ。新しい分野を開拓しているからです。」</p>
<p>グサッ、と来ました。僕は、何を主軸にして活動するか、これまで全く決めずに物事に取り組み続けてしまっていたのでした。</p>
<p>短期で結果が出ることを主眼に、どんどん新しい分野に頭を突っ込んできました。20代はそれでよかったのです。若い時は、少しでも人並み以上にやるとたいてい結果が出ます。しかし、深堀りはしてこなかったのです。人から求められ、それを達成するときに返ってくるフィードバックを期待して、右に左にと転向してしまった結果、今の状況を作っています。</p>
<p><strong>■今 改めて掘り下げるきっかけを掴む</strong></p>
<p>僕が大学院に入れたのは、多分、天の神様が「そろそろ行っておいた方がいいのでは」と招待してくれたのではないかと思うのです。大学院で学問に励むことと同時に、専門性を高めることを奨励されている環境なのです。それも、今までの社会人経験は踏まえてよい、という特典つきで。</p>
<p>これは、僕が今まさに解決しなければならない課題を解決する機会を与えてもらったと理解しています。少なくても、大学院の<a title="飛び級で叶えるビジネススクールへの道" href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/">試験をパス</a>したのですから、パスできる水準はクリアする能力は獲得できている自信があります。</p>
<p>でも、何を専門にしましょうか。そこがまだ詰め切れていません。ですから、しっかり計画して行動せねばなりません。</p>
<p><strong>■ジェネラリスト</strong></p>
<p>大企業には、あらゆる分野を統合して全体最適をとる『ジェネラリスト』という人がいるそうです。トヨタにも、製品を統括する主査がいるんだそうです。各分野の優秀な技術者・デザイナをまとめあげ製品の成否に対して責任を負う役職です。スタートアップの企業でも、ほぼ全ての社長はそのような立場になっています。</p>
<p>そのような主査の立場…いわゆるジェネラリストのポジションにある人も、元をたどれば何かの専門家であることがあります。まるで先ほどの『学際』のようです。一つ際立った所があり、更に周辺の物事がその人の色を更に際立たせる流れ、そのものではないでしょうか。</p>
<p>僕は順序がずれてしまいました。ただ、体力がある20代のうちにいろいろなことが学べたこと、そしてそのことの限界に早く気づけたことは運が良かった。ですから、30代は専門性を深めることに注力していくことにします。初めて取り組むことですから苦しみそうですが、これまでも何とかやってきましたから、あきらめずに今回も乗り切って行ければ道は開けると信じるだけです。</p>
<p>僕が求める仕事の像は、あらゆる分野の専門家が集まり各々が知恵と能力を発揮するための環境を作り、最高の製品を作り上げる仕組みを作ることです。何が作りたいのかはまだ見えていません。ただ、それを実行できる環境に間違いなく近づけているから、モティベーションが続いているのです。</p>
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		<title>社会人大学院生活 M1 2学期突入</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/07/28/gssm-201107/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/07/28/gssm-201107/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 27 Jul 2011 16:55:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[MBA]]></category>
		<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[■モティベーションの源とは何か ある日、元同僚と夕飯を食べに行った際の会話。 「学歴コンプレックスが無くなった今、何を原動力にするんですか？」 この10年、ずっと抱いていた学歴に対する負い目をずっと感じながら生きてきました。僕は東大卒の人間には実績で勝ってやる、情報系の学科を出ているのにプログラムが書けないなんてひどいもんだ、それくらいのことは毎日考えていました。そこまで言うのですから、誰よりも努力を惜しまず生き続けてきました。 同時に、学歴が無くてチャンスを取り逃している、という悔しさも抱いていました。大企業であればもっと専門性高くかつ高額報酬で生活できるのに、と。 そしてこの4月からの大学院。この悔しさを感じる必要が無くなりました。そんな中で、先の話は僕が抱えていた問題の核心を突いています。 ■ところで大学院では何を学ぶのか 話を大学院に戻しましょう。社会人大学院、特にビジネススクールで学ぶことというと、多くの方はケースメソッドによるディスカッションというイメージを抱かれると思います。実際にビジネススクールへ通われた方なら、尚更です。しかし、筑波大学GSSMではあまりケースメソッドはやりません。 では、何をやるのかと言いますと、修論を書くことを通じて新しい領域を自ら開拓する力をつけて行きます。一般的な大学院では、これまで開拓されなかった研究分野を掘り下げ、論文を発表することを通じて新しい分野を切り開いて行くのが普通です。それとあまり変わりありません。更に、社会人であることを武器に職務経験も用いて研究テーマを導き出す点に特徴があります。講義は、研究を進める上での力をつける時間で、こなすことがゴールにはなりません。 えっ、これでは広く設けられている研究科と一緒ではないか！？と思われるでしょう。その感覚は間違っていません。多分、GSSMにケースメソッドを通じてビジネスに活用できる知識を獲得できることを期待すると、残念な結果になるでしょう。MBAの学位は取れますが、ね。 それよりも、今の仕事の中でより専門的な知識を必要としている、そして新しい分野を開拓する力をつけて行きたい、と願う人にとっては、とても楽しい学問の場になるはずです。 ■1学期はどんな感じなのか？ 1学期は、経理の人がUMLのクラス図を書きながら要求開発を学び、僕のような技術者が会計のT勘定の付け方を理解し、営業の人がC言語でポインタを覚える、という流れです。びっくりですね。営業職の人がC言語のポインタと配列を使ったコードが書ける、というだけでプログラミングをしたことがある方ならそのすごさをわかっていただけるはずです。 大学に行ったことが無いのでわかりませんが、恐らく一般教養をより専門的、かつ実務にあわせたカリキュラムに圧縮して学ぶという過程になります。今まで理解できなかった自分とは違う職種の仕事について学習していくことで、業界・職種の壁を越えた「プロトコルの統一」ができるのがわかります。 面白いのが、各専門の人同士で、情報の交換があるということです。会計は経理の人に、プログラミングなら僕のようなコンピュータエンジニアに、それぞれ情報を求めるのです。しかし、カンニングをするという訳ではありません。理解を促すために情報交換をするのです。これで単位を取りつつ活きた知識が教授以外からも得られるなら、いいじゃないですか。しんどいですけどね。 そして、その上で主指導の教授を選びます。入学時には選びません、1学期中に選びます。様々な分野の講義を受けた後、自分の掘り下げたい分野をもとに教授を選ぶ…とはならず、たいてい掘り下げたいテーマを探し直すことから始めます(※1)。その際、様々な分野の教授に話を伺うことで、その方向性を固めて行くというパターンの方が多い気がします。僕もそうです。 成績もそろそろ出てきています。それなりによかったのですが、絶対評価ですから多分他のクラスメイトもそれなりにいい評価が出ていることでしょう。それ以上に修論をどうするかが重要です。 ■2学期は… 2学期から、講義は徐々に専門性を帯びてきます。僕は統計解析とコンピュータに関する講義を中心に取っています。他にも、マーケティング、経営組織論、ファイナンス系をはじめとした経営に関する分野の講義も一部取っています。そもそも経営に関する学問を深める研究科ですが、数理やコンピュータに関することが取り組める点は、企画・営業ばかりでなく技術系の社会人にとっても非常によい機会です。 講義を受けながら感じるのは、日本は<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/07/28/gssm-201107/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■モティベーションの源とは何か</strong></p>
<p>ある日、元同僚と夕飯を食べに行った際の会話。</p>
<p>「学歴コンプレックスが無くなった今、何を原動力にするんですか？」</p>
<p>この10年、ずっと抱いていた学歴に対する負い目をずっと感じながら生きてきました。僕は東大卒の人間には実績で勝ってやる、情報系の学科を出ているのにプログラムが書けないなんてひどいもんだ、それくらいのことは毎日考えていました。そこまで言うのですから、誰よりも努力を惜しまず生き続けてきました。</p>
<p>同時に、学歴が無くてチャンスを取り逃している、という悔しさも抱いていました。大企業であればもっと専門性高くかつ高額報酬で生活できるのに、と。</p>
<p>そしてこの4月からの大学院。この悔しさを感じる必要が無くなりました。そんな中で、先の話は僕が抱えていた問題の核心を突いています。</p>
<p><strong>■ところで大学院では何を学ぶのか</strong></p>
<p>話を大学院に戻しましょう。社会人大学院、特にビジネススクールで学ぶことというと、多くの方はケースメソッドによるディスカッションというイメージを抱かれると思います。実際にビジネススクールへ通われた方なら、尚更です。しかし、筑波大学GSSMではあまりケースメソッドはやりません。</p>
<p>では、何をやるのかと言いますと、修論を書くことを通じて新しい領域を自ら開拓する力をつけて行きます。一般的な大学院では、これまで開拓されなかった研究分野を掘り下げ、論文を発表することを通じて新しい分野を切り開いて行くのが普通です。それとあまり変わりありません。更に、社会人であることを武器に職務経験も用いて研究テーマを導き出す点に特徴があります。講義は、研究を進める上での力をつける時間で、こなすことがゴールにはなりません。</p>
<p>えっ、これでは広く設けられている研究科と一緒ではないか！？と思われるでしょう。その感覚は間違っていません。多分、GSSMにケースメソッドを通じてビジネスに活用できる知識を獲得できることを期待すると、残念な結果になるでしょう。MBAの学位は取れますが、ね。</p>
<p>それよりも、今の仕事の中でより専門的な知識を必要としている、そして新しい分野を開拓する力をつけて行きたい、と願う人にとっては、とても楽しい学問の場になるはずです。</p>
<p><strong>■1学期はどんな感じなのか？</strong></p>
<p>1学期は、経理の人がUMLのクラス図を書きながら要求開発を学び、僕のような技術者が会計のT勘定の付け方を理解し、営業の人がC言語でポインタを覚える、という流れです。びっくりですね。営業職の人がC言語のポインタと配列を使ったコードが書ける、というだけでプログラミングをしたことがある方ならそのすごさをわかっていただけるはずです。</p>
<p>大学に行ったことが無いのでわかりませんが、恐らく一般教養をより専門的、かつ実務にあわせたカリキュラムに圧縮して学ぶという過程になります。今まで理解できなかった自分とは違う職種の仕事について学習していくことで、業界・職種の壁を越えた「プロトコルの統一」ができるのがわかります。</p>
<p>面白いのが、各専門の人同士で、情報の交換があるということです。会計は経理の人に、プログラミングなら僕のようなコンピュータエンジニアに、それぞれ情報を求めるのです。しかし、カンニングをするという訳ではありません。理解を促すために情報交換をするのです。これで単位を取りつつ活きた知識が教授以外からも得られるなら、いいじゃないですか。しんどいですけどね。</p>
<p>そして、その上で主指導の教授を選びます。入学時には選びません、1学期中に選びます。様々な分野の講義を受けた後、自分の掘り下げたい分野をもとに教授を選ぶ…とはならず、たいてい掘り下げたいテーマを探し直すことから始めます(※1)。その際、様々な分野の教授に話を伺うことで、その方向性を固めて行くというパターンの方が多い気がします。僕もそうです。</p>
<p>成績もそろそろ出てきています。それなりによかったのですが、絶対評価ですから多分他のクラスメイトもそれなりにいい評価が出ていることでしょう。それ以上に修論をどうするかが重要です。</p>
<p><strong>■2学期は…</strong></p>
<p>2学期から、講義は徐々に専門性を帯びてきます。僕は統計解析とコンピュータに関する講義を中心に取っています。他にも、マーケティング、経営組織論、ファイナンス系をはじめとした経営に関する分野の講義も一部取っています。そもそも経営に関する学問を深める研究科ですが、数理やコンピュータに関することが取り組める点は、企画・営業ばかりでなく技術系の社会人にとっても非常によい機会です。</p>
<p>講義を受けながら感じるのは、日本は Operations Management についての教育をあまりしてこなかったのでは、ということです。小売りであればPOSデータ、インターネットサービスであればアクセス数や購買履歴、そして流通であればSCMなど、数値を用いて戦略を立てなければならない場所は数多くあるのにも関わらず、学校で学ぶ機会は少ないのではないでしょうか。技術者がもっと経営に関わることが出来るチャンスとも言えます。</p>
<p>そう考えますと、技術者はもっと前に出てもよいのでは、そして自分が更に前に出てみたくなります。</p>
<p><strong>■それでは何を原動力にするのか</strong></p>
<p>講義後に飲み会に参加した際、負い目を感じながら生きてきたことは講義をしていただいた教授に<a href="http://twitter.com/koemu/status/87144545145466880" target="_blank">見抜かれていました</a>。言葉の端々にそれを感じた、と。GSSMは社会人経験を持った学生ばかりが集まる所ですから、多くの学生を見ていらっしゃる中でピンと来たのだと思います。それは、別に僕のような人間でなくても、社会人に対して理解がある教授が多いとも言えるはずです。</p>
<p>講義は確実に進んでいます。でも、講義はプロセス。ゴールへ向かうための修論の研究を始めるのは苦しくてたまりませんが、決して嫌いではありません。やったことが無い分野で慣れも無いことから、苦しむのだと自分に言い聞かせています。主指導を担当していただいている教授にも、研究活動のいいスタートを切らせていただいていて安心しています(※2)。</p>
<p>では、何を原動力にするのか。正直、今は何も考えていません。考えなくても、体が動いてくれるのです。これは不思議な感覚です。誰を敵に回すことも無く、あえて言うなら多くの人を取り込んでいく。うまく行きはじめていますので、まずは問題が出るまで走ってみようと、意気込んでいます。</p>
<p>※1 研究計画発表というのがありますが、たいていのクラスメイトは教授からバシバシと問題点を突かれ、ぐったりするのが定番です。それを踏まえて、研究計画を練り直す動機を立てます。すんなり行く人は、片手で数えるくらいかなぁ…。</p>
<p>※2 研究計画の練り直しが思うように進んでない、ヤバい、ヤバい！</p>
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		<item>
		<title>2011/08/31 を持ってシムエントリの運用を終了します</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/07/18/simentries-shutdown/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/07/18/simentries-shutdown/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Jul 2011 15:48:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[シムエントリ]]></category>

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		<description><![CDATA[2008年2月より運用しておりました『シムエントリ』は、2011/08/31をもってサービスを終了します。 ■お願い 折角ブログパーツを貼付けていただきましたが、こちらを外していただけますでしょうか。外し忘れられている場合は、2011/09/01より『サービス終了』の旨のメッセージのみを出力する予定です。 登録いただいているブログのURI情報は、サービス終了を持って削除されます。改めて削除申請を行っていただく必要はありません。 ■背景 端的に申し上げますと、メンテナンスを行う意欲と時間が確保しづらくなったのが背景です。折角使っていただいている方がいるのですが、放置するのもどうかと考えまして、サービス終了を決断しました。 また、現在は Tospy をはじめとした優秀なソーシャルメディア検索エンジンも登場し、その中に類似度の高いブログを抽出する機能があります。そちらの方がリアルタイム性も高く、かつ性能も上です。私の開発したツールではとても力が及ぶものではありません。 ■最後に 本サービスをご利用、および応援いただいたみなさま、どうもありがとうございました。私自身も、自然言語処理の学習の一環としてこのサービスを提供していましたが、教科書だけでは得られない様々な知識を得ることが出来、非常に有意義でした。 また、何らかしらのサービスを開発した際には、どうぞよろしくお願いします。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2008年2月より運用しておりました『<a href="http://se.koemu.com/" target="_blank">シムエントリ</a>』は、2011/08/31をもってサービスを終了します。</p>
<p><strong>■お願い</strong></p>
<p>折角ブログパーツを貼付けていただきましたが、こちらを外していただけますでしょうか。外し忘れられている場合は、2011/09/01より『サービス終了』の旨のメッセージのみを出力する予定です。</p>
<p>登録いただいているブログのURI情報は、サービス終了を持って削除されます。改めて削除申請を行っていただく必要はありません。</p>
<p><strong>■背景</strong></p>
<p>端的に申し上げますと、メンテナンスを行う意欲と時間が確保しづらくなったのが背景です。折角使っていただいている方がいるのですが、放置するのもどうかと考えまして、サービス終了を決断しました。</p>
<p>また、現在は <a href="http://topsy.com/" target="_blank">Tospy</a> をはじめとした優秀なソーシャルメディア検索エンジンも登場し、その中に類似度の高いブログを抽出する機能があります。そちらの方がリアルタイム性も高く、かつ性能も上です。私の開発したツールではとても力が及ぶものではありません。</p>
<p><strong>■最後に</strong></p>
<p>本サービスをご利用、および応援いただいたみなさま、どうもありがとうございました。私自身も、自然言語処理の学習の一環としてこのサービスを提供していましたが、教科書だけでは得られない様々な知識を得ることが出来、非常に有意義でした。</p>
<p>また、何らかしらのサービスを開発した際には、どうぞよろしくお願いします。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>東京電力の株主総会とは何だったのか</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/07/01/tepco-meeting-87/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/07/01/tepco-meeting-87/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 30 Jun 2011 17:59:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[催し]]></category>
		<category><![CDATA[私の考え]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1321</guid>
		<description><![CDATA[前にもこのブログでお話ししましたが、僕は震災直後に東京電力の株式を購入しました。個人投資家がずいぶんと買い付けに走っていたようですが、僕はあくまで自分の仕事を支えている電力について当事者意識を持ちつづけたいという意図から、購入に踏み切りました。 そして、多くの投資関係者、いや、世間が注目していたであろう株主総会へ足を運ぶ権利も生まれます。いかないという選択肢は、僕にはありませんでした。時代の1ページに残るイベントになるであろうこの機会を、どうにかこの目で見ておきたいという気持ちは、押さえようが無かったのです。 ■僕は悔しい 感想から書きます。僕は、この株主総会に参加して、とても悔しい想いだけが残りました。 確かに、この状況を招いた経営陣には極めて重い責任があり、補償に対する引当金が全く積まれていない決算書を承認した監査結果について強い疑念が出るのは当然です。しかし、あの株主総会の場で、経営陣を必要以上に責めることが本当によかったことなのでしょうか。あの場で何かをやることで、大きく世界が動くとでも思えるのでしょうか。 動議を発すること自体は否定しません。でも、議長を変えるにしても、誰に変えたかったのでしょうか。代打で議長をやる適任者があの場にいたのかというと、恐らく多くの人はいないと思っていたでしょう。その上で、動議の最中に自分たちの反原発に対する想いを述べ始められても、株主として取締役からの報告を聞きに来た僕らにはその準備は全くありません。 質疑についてもそうです。原発事故直前まで安定していた株価と配当が一瞬にしてパーになる、それに対して怒りが沸くのは当然です。でも、その議論よりも、原発事故に対する経営責任について、経営者の責任を明らかに逸脱した要求や罵倒にも近い発言を投げつけることが、原発事故問題の解決に至るのでしょうか。自分や身内の経歴自慢なんてもってのほか。似たような批判で怒られ慣れてしまった経営陣に、その言葉は本当に響くとは思えません。 東京電力の個人株主の多くが、今の状況を少しでも改善することに希望をつなぎ、新しい未来を形作ることに興味・関心を抱いていれば、6時間あまりの時間がこんなことに費やされるなんてあるわけがないのです。 ■僕が東電に求めるのはあくまで安定した電力供給だ コンピュータエンジニアで生計を立てる僕は、東京電力の極めて安定した電力供給についてはこれまでずっと感謝し続けてきました。海外で、ここまで安定して電力が供給される国というのは、実はそれほど無いのです(『欧米の制度改革とその効果及び評価 &#8211; 資源エネルギー庁(平成17年)』)。米国でUPS(無停電電源装置、いわゆる非常用バッテリ)の企業があれほど儲かっているのは、米国の電力供給が日本ほどには安定していない事情もあるからです。 しかし、原発事故を機に、電力供給の安定性が揺らいでいます。初春の計画停電、そして現在行われているぎりぎりの節電努力による停電回避。水道の蛇口をひねれば水が出てきたように、コンセントにプラグを差せば当たり前のように電気が供給されたのは、過去の話です。 では、今後どうしていけばいいのか。ここを考えなければならないと、日本の未来はありません。 今、原発の代わりに火力発電のウェイトが高まっていますが、火力発電にもリスクがあります。二酸化炭素ももちろんですが、最も怖いのが中東情勢です。中東で何かが起きると、遅かれ早かれ燃料費が高騰し、最終的には枯渇します。最悪、火力も原発も止まりアルメニアのように電気が無く凍える冬を過ごすことになるのかもしれません。これはオーバーでしょうか。でも、原発事故が実際に発生するかどうかなんて、専門外の人たちは現在ほどは現実的に想定したことは過去に無かったはずです。 ■電力の供給は全方位で考えられる 電力供給の問題に立ち向かうには、発電ばかりが観点になる訳ではありません。 まず、需要側といえば節電。関東の皆さんは、本当に全力で節電に取り組んでいます。何とか冷やせているエアコン、日中は蛍光灯さえ消された電車、ピークシフトで電源ケーブルを抜いたノートパソコン。何とかがんばれてますよね。これ、ずっと続けるとなると、ぞっとしますでしょうか。せめて休日シフトが無くなればとは思っていますが、これを機に積極的にピークシフトは強く意識する必要があると僕は考えています。 続いて、配電。スマートグリッドという言葉、聞かれたことがある方も増えていると思います。自家発電と電力会社からの供給をハイブリッドに使い分けるという理解が浸透しています。ただ、これ以外にも考え方があります。米国では、デマンドレスポンスと言って、生死に関わる物は別として、それ以外の電力を柔軟に計画停電できるネットワークが組まれています。この事実は、東京電力自身が2009年に総務省にて発表されています(『日本型スマートグリッドに向けて &#8211;<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/07/01/tepco-meeting-87/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前にもこのブログでお話ししましたが、僕は震災直後に<a title="東日本大震災から10日" href="http://www.koemu.com/blog/2011/03/21/0311eq-after1week/">東京電力の株式を購入</a>しました。個人投資家がずいぶんと買い付けに走っていたようですが、僕はあくまで自分の仕事を支えている電力について当事者意識を持ちつづけたいという意図から、購入に踏み切りました。</p>
<p>そして、多くの投資関係者、いや、世間が注目していたであろう株主総会へ足を運ぶ権利も生まれます。いかないという選択肢は、僕にはありませんでした。時代の1ページに残るイベントになるであろうこの機会を、どうにかこの目で見ておきたいという気持ちは、押さえようが無かったのです。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13094522403321077"><a id="yui_3_3_0_3_13094522403321075" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5887739771/in/photostream"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5305/5887739771_6b6399576f_m.jpg" border="0" alt="DSC_0004" width="240" height="180" /></a></div>
<p><strong>■僕は悔しい</strong></p>
<p>感想から書きます。僕は、この株主総会に参加して、とても悔しい想いだけが残りました。</p>
<p>確かに、この状況を招いた経営陣には極めて重い責任があり、補償に対する引当金が全く積まれていない決算書を承認した監査結果について強い疑念が出るのは当然です。しかし、あの株主総会の場で、経営陣を必要以上に責めることが本当によかったことなのでしょうか。あの場で何かをやることで、大きく世界が動くとでも思えるのでしょうか。</p>
<p>動議を発すること自体は否定しません。でも、議長を変えるにしても、誰に変えたかったのでしょうか。代打で議長をやる適任者があの場にいたのかというと、恐らく多くの人はいないと思っていたでしょう。その上で、動議の最中に自分たちの反原発に対する想いを述べ始められても、株主として取締役からの報告を聞きに来た僕らにはその準備は全くありません。</p>
<p>質疑についてもそうです。原発事故直前まで安定していた株価と配当が一瞬にしてパーになる、それに対して怒りが沸くのは当然です。でも、その議論よりも、原発事故に対する経営責任について、経営者の責任を明らかに逸脱した要求や罵倒にも近い発言を投げつけることが、原発事故問題の解決に至るのでしょうか。自分や身内の経歴自慢なんてもってのほか。似たような批判で怒られ慣れてしまった経営陣に、その言葉は本当に響くとは思えません。</p>
<p>東京電力の個人株主の多くが、今の状況を少しでも改善することに希望をつなぎ、新しい未来を形作ることに興味・関心を抱いていれば、6時間あまりの時間がこんなことに費やされるなんてあるわけがないのです。</p>
<p><strong>■僕が東電に求めるのはあくまで安定した電力供給だ</strong></p>
<p>コンピュータエンジニアで生計を立てる僕は、東京電力の極めて安定した電力供給についてはこれまでずっと感謝し続けてきました。海外で、ここまで安定して電力が供給される国というのは、実はそれほど無いのです(『<a href="http://www.enecho.meti.go.jp/denkihp/bunkakai/seidokaikaku_hyoka/4th/4th_hyoka_shoi_shiryo04.pdf" target="_blank">欧米の制度改革とその効果及び評価 &#8211; 資源エネルギー庁(平成17年)</a>』)。米国でUPS(無停電電源装置、いわゆる非常用バッテリ)の企業があれほど儲かっているのは、米国の電力供給が日本ほどには安定していない事情もあるからです。</p>
<p>しかし、原発事故を機に、電力供給の安定性が揺らいでいます。初春の計画停電、そして現在行われているぎりぎりの節電努力による停電回避。水道の蛇口をひねれば水が出てきたように、コンセントにプラグを差せば当たり前のように電気が供給されたのは、過去の話です。</p>
<p>では、今後どうしていけばいいのか。ここを考えなければならないと、日本の未来はありません。</p>
<p>今、原発の代わりに火力発電のウェイトが高まっていますが、火力発電にもリスクがあります。二酸化炭素ももちろんですが、最も怖いのが中東情勢です。中東で何かが起きると、遅かれ早かれ燃料費が高騰し、最終的には枯渇します。最悪、火力も原発も止まり<a href="http://synodos.livedoor.biz/archives/1759243.html" target="_blank">アルメニア</a>のように電気が無く凍える冬を過ごすことになるのかもしれません。これはオーバーでしょうか。でも、原発事故が実際に発生するかどうかなんて、専門外の人たちは現在ほどは現実的に想定したことは過去に無かったはずです。</p>
<p><strong>■電力の供給は全方位で考えられる</strong></p>
<p>電力供給の問題に立ち向かうには、発電ばかりが観点になる訳ではありません。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13094561222121324"><a id="yui_3_3_0_3_13094561222121322" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537878738/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5060/5537878738_daf5fdea1b_m.jpg" border="0" alt="IMG_9536" width="240" height="160" /></a></div>
<p>まず、需要側といえば節電。関東の皆さんは、本当に全力で節電に取り組んでいます。何とか冷やせているエアコン、日中は蛍光灯さえ消された電車、ピークシフトで電源ケーブルを抜いたノートパソコン。何とかがんばれてますよね。これ、ずっと続けるとなると、ぞっとしますでしょうか。せめて休日シフトが無くなればとは思っていますが、これを機に積極的にピークシフトは強く意識する必要があると僕は考えています。</p>
<p>続いて、配電。スマートグリッドという言葉、聞かれたことがある方も増えていると思います。自家発電と電力会社からの供給をハイブリッドに使い分けるという理解が浸透しています。ただ、これ以外にも考え方があります。米国では、デマンドレスポンスと言って、生死に関わる物は別として、それ以外の電力を柔軟に計画停電できるネットワークが組まれています。この事実は、東京電力自身が2009年に総務省にて発表されています(『<a href="http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g90522a04j.pdf" target="_blank">日本型スマートグリッドに向けて &#8211; 東京電力(平成21年)</a>』)。</p>
<p>最後に、発電。自然エネルギーの活用が叫ばれていますが、太陽光発電はどうしても出力が安定しないことと、先の東電の資料ではピークパワーが必要な夏の需要に必ずしも応えられるものではないと記されています(11ページ)。火力も今はいいが世界情勢を鑑みたリスクヘッジが必要になることは間違いありません。そうすると、原発は直ちに停止できるものなのでしょうか、という議論もする必要があります。</p>
<p>同時に、需要側の自己防衛も本格的に検討を始める必要があります。今は太陽光発電がメジャーですが、<a href="http://www.tokyo-gas.co.jp/pefc/" target="_blank">都市ガスを使った燃料電池</a>、ピークシフトを可能にする蓄電池システムなど、選択肢が増えてきています。</p>
<p>つらつらと書いてきましたが、要は<strong>電力供給の安定には様々な要素を吟味しなければならない</strong>、ことは間違いありません。</p>
<p><strong>■東電の立場は苦しいのは自明 でも原発だけが問題なのではない</strong></p>
<p>電力供給のハイブリッド化が進むと、東電の経営基盤に大きなパラダイムシフトが起こります。自分たちが形成してきた『聖域』に、他業種を踏み込ませることを認めることになるのです。NTTが引っ張った光ファイバーの上に、KDDIとソフトバンクが乗ってくるように、です。自動車会社が作ったプラグインハイブリッド車が蓄電池を兼ね、ガス会社が作った燃料電池発電システムが稼働する家庭を、東電が認めるでしょうか。</p>
<p>先の資料の18ページ(最終ページ)に、東電自身が「電力供給のスマート化は進展している」と言及しています。要は、僕らを信じろと、あの時は言っていたのです。でも、現状はそうではなくなりました。</p>
<p>ここで、東電の経営層がどう考えているか、僕は質問したかったんですが最後まで機会を得ることは出来ませんでした。ずばっと、デマンドレスポンスと火力の供給リスクについてだけでも聞けば、この話題の主要なポイントは押さえられると思っていましたが、そんな機会など得られるはずも無く。</p>
<p><strong>■未来は現役世代が自分自身で責任もって作ろう</strong></p>
<p>東電の個人株主の方は、恐らく老後の資金を安定運用するために買っていたのだろうと思います。でも、原発事故を機に、いや、今後起こるべくして起こった電力供給の安定性に対する課題がここでわっと吹き上がりました。しかし、総会でそのことを気にして発言している株主はごく少数なのです。</p>
<p>しかし、電気が無くて経済活動が行えなくなるのは、他でもなく僕ら現役世代です。その僕らが電力供給に関心を持つことが、未来の安定供給を担保するために必要な第一歩であると考えます。それは、原発の白黒、自然エネルギーの積極導入だけではない、一人一人がもっと幅広い興味関心と、その先にある意見を持つことであることを、僕は疑いません。それが世論となり、東電や国を動かすのではと期待しています。</p>
<p>製造業では、既に海外シフトが始まっています。このままだと、日本に仕事は無くなるかもしれません。そこまで追いつめられているのです。少なくても、経営陣を責め続けるだけで電力の安定供給が揺らいだ現実が解決するはずが無いのです。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13094561222121412"><a id="yui_3_3_0_3_13094561222121410" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537875060/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5054/5537875060_2fb5716041_m.jpg" border="0" alt="DSC_0143" width="180" height="240" /></a></div>
<p>※参考文献</p>
<ul>
<li><a href="http://www.enecho.meti.go.jp/denkihp/bunkakai/seidokaikaku_hyoka/4th/4th_hyoka_shoi_shiryo04.pdf" target="_blank">欧米の制度改革とその効果及び評価 &#8211; 資源エネルギー庁(平成17年)</a></li>
<li><a href="http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g90522a04j.pdf" target="_blank">日本型スマートグリッドに向けて &#8211; 東京電力(平成21年)</a></li>
<li><a href="http://www.rist.or.jp/atomica/" target="_blank">原子力百科事典　ATOMICA</a></li>
<li><a href="http://www.plus-ondanka.net/c04_hatudensho.html" target="_blank">『発電所』 &#8211; 原子力・火力・水力・太陽光発電などのメリット・デメリット &#8211; プラス地球温暖化</a></li>
<li><a href="http://ecogp.env.kitakyu-u.ac.jp/research/files/h14-rep-01.pdf" target="_blank">原子力・火力発電の役割と課題</a> &#8211; 北九州大学</li>
<li><a href="http://www.iam-t.jp/HIRAI/" target="_blank">原発がどんなものか知ってほしい</a></li>
</ul>
<p><strong>※追伸</strong></p>
<ul>
<li>IR担当に後日直接聞くのはいいですよ、と総会で言ってもらえましたので、もう少しまとめてから聞いてみようと思います。</li>
<li>詳細な様子については今回は記事の趣旨と合致しないのであまり書いてませんが、聞きたい人がいれば個別にします。少なくても、新聞報道とはまた違った現実を知っていただけるはずです。</li>
</ul>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>仙台へ牛タンを食べに行きつつ海を見る</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/06/16/sendai-gyutan/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/06/16/sendai-gyutan/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Jun 2011 15:59:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[旅行]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1303</guid>
		<description><![CDATA[■JR東日本パス なんと特急料金込みで1日1万円乗り放題 JR東日本から、東日本大震災復興応援企画として『JR東日本パス』が発売されています。JR東日本管内ならどこまで行っても1日1万円、特急は自由席なら乗り放題、指定席は2回まで乗れるという、非常にお得なきっぷです。 僕もこのきっぷを買って、仙台に行くことにしました。震災から3か月経過してそろそろ落ち着いているから牛タンを食べに行けるかなと思ったことと、親戚がいるのでどうしているかなと訪ねようと考えました。 新幹線は那須塩原を過ぎると150km/h程度の速度でゆっくりと北上します。普段のはやては275Km/hですからゆっくりと思われるかもしれません。でも、1か月余りでこうして走ることができる東北新幹線の保守体制は称賛に値します。3か月前に、ここまで復旧できているとだれが想像できたでしょうか。 ■駅前は落ち着いていた 普段より30分ほど時間をかけて仙台駅に到着です。仙台駅周辺は、落ち着きを取り戻しているように見えました。 まもなく親戚と合流し、次の目的地へ。「えっ、何で一人で来たの？」「彼女とか連れてこないの？」とさっそく冷やかされたぜ。へへへ。 ■牛タン！牛タン！ いきなり、今回の訪問の目的である牛タンを食しにまいります。利久さんにお世話になります。 お昼前なのですが、大行列！といいつつ、予約をしてもらっていたのですんなりと入ることができました。早速、昼定食をオーダー。1人前と1.5人前があり、僕は1.5人前にしました。ごはん・スープがついており、ついでにとろろのオプションを加えました。 おおお、仙台の牛タンは肉厚なんですよ！東京で牛タンを食べると薄いお肉というイメージがありますが、そうじゃない。カルビと同程度はあります。初めて食べる人はちょっとびっくりするかもしれません。僕も久しぶりに食べましたが、やっぱりすごいです。 ■20年ぶりの松島へ たらふく食べたあと、まったく何も考えていなかったのでどうしようかとなりました。そこで出た案がべただけど「松島」。いやー、べたですねw と普通なら話題になりそうなのですが、今回はちょっと悩みました。ご存知の通り、仙台の太平洋沿岸は津波で大きな被害が出ていたのです。でも、松島は比較的早く復旧したんですよ、という話を聞いて、それならということで足を運ぶことにしました。小学校2年生に行ったっきり、20年ぶりくらいじゃないですかね。 近づくと、確かに言われたとおり、想像していたほどひどくはありませんでした。遊覧船はいつも通りお客さんをたくさん乗せて島々を回っていましたし、みやげものやさんは半分くらいが営業を再開していました。 さて、定番の松島めぐりの遊覧船(50分)に乗ります。改めて乗ってわかったのですが、デッキでかっぱえびせんをもって立っていると、カモメがわっと寄ってくるんですねwww それもくちばしでつかむのが非常にうまい。そして、観光客がかっぱえびせんで餌付けしてくることをよく理解している！ のんびり島々を眺めながら、カモメと戯れるってのは、いいもんですよ。 ■島々に守られた松島<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/06/16/sendai-gyutan/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■JR東日本パス なんと特急料金込みで1日1万円乗り放題</strong></p>
<p>JR東日本から、東日本大震災復興応援企画として『JR東日本パス』が発売されています。JR東日本管内ならどこまで行っても1日1万円、特急は自由席なら乗り放題、指定席は2回まで乗れるという、非常にお得なきっぷです。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794871125"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794871123" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828424931/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm3.static.flickr.com/2622/5828424931_7a6d2a2de6_m.jpg" border="0" alt="IMG_9994" width="240" height="160" /></a></div>
<p>僕もこのきっぷを買って、仙台に行くことにしました。震災から3か月経過してそろそろ落ち着いているから牛タンを食べに行けるかなと思ったことと、親戚がいるのでどうしているかなと訪ねようと考えました。</p>
<p>新幹線は那須塩原を過ぎると150km/h程度の速度でゆっくりと北上します。普段のはやては275Km/hですからゆっくりと思われるかもしれません。でも、1か月余りでこうして走ることができる東北新幹線の保守体制は称賛に値します。3か月前に、ここまで復旧できているとだれが想像できたでしょうか。</p>
<p><strong>■駅前は落ち着いていた</strong></p>
<p>普段より30分ほど時間をかけて仙台駅に到着です。仙台駅周辺は、落ち着きを取り戻しているように見えました。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794871283"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794871281" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828427125/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm3.static.flickr.com/2564/5828427125_88c3301eaa_m.jpg" border="0" alt="IMG_0023" width="240" height="160" /></a></div>
<p>まもなく親戚と合流し、次の目的地へ。「えっ、何で一人で来たの？」「彼女とか連れてこないの？」とさっそく冷やかされたぜ。へへへ。</p>
<p><strong>■牛タン！牛タン！</strong></p>
<p>いきなり、今回の訪問の目的である牛タンを食しにまいります。利久さんにお世話になります。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794871825"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794871823" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828429757/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm4.static.flickr.com/3412/5828429757_dd35835625_m.jpg" border="0" alt="IMG_0034" width="240" height="160" /></a></div>
<p>お昼前なのですが、大行列！といいつつ、予約をしてもらっていたのですんなりと入ることができました。早速、昼定食をオーダー。1人前と1.5人前があり、僕は1.5人前にしました。ごはん・スープがついており、ついでにとろろのオプションを加えました。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794871942"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794871940" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828431007/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm4.static.flickr.com/3598/5828431007_c381491c88_m.jpg" border="0" alt="IMG_0038" width="240" height="160" /></a></div>
<p>おおお、仙台の牛タンは肉厚なんですよ！東京で牛タンを食べると薄いお肉というイメージがありますが、そうじゃない。カルビと同程度はあります。初めて食べる人はちょっとびっくりするかもしれません。僕も久しぶりに食べましたが、やっぱりすごいです。</p>
<p><strong>■20年ぶりの松島へ</strong></p>
<p>たらふく食べたあと、まったく何も考えていなかったのでどうしようかとなりました。そこで出た案がべただけど「松島」。いやー、べたですねw と普通なら話題になりそうなのですが、今回はちょっと悩みました。ご存知の通り、仙台の太平洋沿岸は津波で大きな被害が出ていたのです。でも、松島は比較的早く復旧したんですよ、という話を聞いて、それならということで足を運ぶことにしました。小学校2年生に行ったっきり、20年ぶりくらいじゃないですかね。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794871102"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794871100" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828432069/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm3.static.flickr.com/2456/5828432069_54dc63e179_m.jpg" border="0" alt="IMG_0044" width="240" height="160" /></a></div>
<p>近づくと、確かに言われたとおり、想像していたほどひどくはありませんでした。遊覧船はいつも通りお客さんをたくさん乗せて島々を回っていましたし、みやげものやさんは半分くらいが営業を再開していました。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794872075"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794872073" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828981596/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm4.static.flickr.com/3160/5828981596_dc47e52148_m.jpg" border="0" alt="IMG_0051" width="240" height="160" /></a></div>
<p>さて、定番の松島めぐりの遊覧船(50分)に乗ります。改めて乗ってわかったのですが、デッキでかっぱえびせんをもって立っていると、カモメがわっと寄ってくるんですねwww それもくちばしでつかむのが非常にうまい。そして、観光客がかっぱえびせんで餌付けしてくることをよく理解している！</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794871650"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794871648" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828982570/in/photostream"><img src="http://farm4.static.flickr.com/3370/5828982570_02f6c36f2f_m.jpg" border="0" alt="IMG_0114" width="240" height="160" /></a></div>
<p>のんびり島々を眺めながら、カモメと戯れるってのは、いいもんですよ。</p>
<p><strong>■島々に守られた松島</strong></p>
<p>しかし、なぜ日本三景の一つである松島は他に比べて被害が少なかったのか。それは、島々が天然の消波ブロックのような役目を果たし、本州側に到達するころにはずいぶんと勢いが弱くなったんだそうです。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13080315794871074"><a id="yui_3_3_0_3_13080315794871072" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828986618/in/photostream"><img src="http://farm4.static.flickr.com/3238/5828986618_1fb709006c_m.jpg" border="0" alt="IMG_0201" width="240" height="160" /></a></div>
<p>しかし、そうでなかった地域はどうだったかというと、あらゆる人工物を乗り越えて津波が襲ってきました。仙台駅に戻る際に通った塩釜で、その様子を見ることになったのです。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13081461467291073"><a id="yui_3_3_0_3_13081461467291071" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828987524/in/photostream"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5030/5828987524_63279aaf57_m.jpg" border="0" alt="IMG_0209" width="240" height="160" /></a></div>
<p>ここの場所、ご存知の方もいるかもしれませんが YouTube に当日の状況が撮影された動画があがっています…</p>
<p><iframe width="560" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/ZuAhx_ZYcvE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>同じ場所の動画は、『<a href="http://youtu.be/amg5S_bODzo" target="_blank">YouTube &#8211; 東北地方 太平洋沖 地震 宮城県 塩釜 津波　マックスバリュー塩釜店 映像</a>』としてもあがっています(Embed出来ないのでリンクのみ)。<br />
東京にいた僕も大変な思いをしたのですが、仙台周辺の沿岸ではそんなこととは比較にならない状況が繰り広げられていたのです。ほかにも、積み上がった廃車、遥か先の陸地に打ち上げられた漁船、10分歩いた先にも到達した津波の痕跡が、その威力を十二分に伝えてきたのであります。</p>
<p>親戚にはこう言われました。「覚悟無くして、今の名取や気仙沼に向かってはならない。ヘコんでしまうだけだ。」と。仕事で行ってきている本人が語る話ですから、僕はそれに従うだけです。</p>
<p><strong>■東北へ旅に出よう</strong></p>
<p>確かに沿岸部は大変な被害であり、福島原発の問題は継続しています。</p>
<p>でも、仙台駅周辺をはじめとして、普通に観光できる状況は戻ってきています。同じ日に、知人が岩手に足を運んでいたりもします。ですから、まずは東北に足を運び、事実を知り、そしてお金を使う。被災していない僕らが個人レベルですぐにできる、貢献なのではないでしょうか。JR東日本パスは7月もありますしね！</p>
<p>もし、本格的に貢献したいと考える人がいれば、事前の情報を集めるという意味でもこう言った日帰りのライトな訪問のプロセスを間にくわえるのはどうでしょうか。より明確に覚悟が出来ると思います。</p>
<p>そして、僕にとっては、東北の親戚・知人が全員無事だったことが、何よりなのです。</p>
<div id="yui_3_3_0_3_13081536706141073"><a id="yui_3_3_0_3_13081536706141080" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5828432499/in/photostream" target="_blank"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5069/5828432499_d4b5e36023_m.jpg" border="0" alt="IMG_0046" width="160" height="240" /></a></div>
<p>■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157626827603291/" target="_blank">仙台, 2011 &#8211; a set on Flickr</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>大学院での講義が始まりました</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/05/04/gssm-201104/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/05/04/gssm-201104/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 03 May 2011 20:35:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[MBA]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1295</guid>
		<description><![CDATA[この4月から、筑波大学GSSMでの講義が始まりました。どんな調子でやっているか、ちょっと書き残しておこうと思います。 ■予想通りのハードスケジュール こんなきついスケジュールは、株式投資システムの開発をやっていた頃以来じゃないかと思います。 多くのクラスメイトはM1の時に単位をほとんど取りきり、M2で研究に集中するというプランを立てます。そして、講義は火曜日〜金曜日の夜、そして土曜日は終日行われます。そのため、M1の前半は講義づくし！僕は、会計や経営戦略論に頭を悩ませ、数理系の講義で演習をガッツリこなし、コンピュータサイエンス系の講義を自分のペースで取り組む、そんな感じで講義を受けます。 また、課題(＝宿題)はもう毎回のように出ます。ボリュームも満点。このGWは狙ったようにガツンと課題が出ており、涙目ここに極まります。今のところは期限に間に合わなかったという状況は回避できていますが、この先もそれが維持できるのかは自信がありません。食らいつくまでです。 もちろん、仕事は勤務時間こそ上司にコントロールしてもらっていますが、やる内容はほとんど変わっていませんからやりくりを考えなくてはなりません。パフォーマンスが下がったなんて見られたら、しゃくですからね。 ■研究 GSSMはMBA(※1)を取れるということになっていますが、実態は『経営システム科学専攻』の名の通り、研究をしっかりやることがポイントになります。僕はじっくりと未知の分野に取り組みたかったので期待通りですし、その研究の基盤を固めるためのものとして講義があると考えていますので、何とか乗り切りたいという気持ちです。 多くの大学院では、おそらく入学時点で主指導教員が決まっているかと思うのですが、GSSMでは1学期中に決めることになっています。それにあたって事前に経るプロセスとして『研究計画の概要発表』があります。これは、クラスメイトはさることながら、GSSM専属の教授から自分の研究の方針についてとても厳しい指導が入ります。言い換えますと、この先に待っている研究の厳しさを、最初に味わうことになるであろうイニシエーションなのです。僕は5月下旬にあるのですが、戦々恐々としている次第です…。論文発表以上にビビってます。 ■集団戦法 さすが社会人大学院でありまして、各分野のエキスパートがいます。自分の分野となれば朝まで一家言話せるような人ばかりです。そんなご縁を通じて、ある意味「スムーズに」課題や研究を進める関係作りが大切になります。 しかし、僕のような技術者は、営業や企画などをやっている人に比べたら「非コミュ」なのです。仕事の中でコミュニケーションをとることがどんなに易しいもので、かつ技術者という肩書きである程度見逃してもらえたのかということを痛感します。黙っているのはもってのほか、だからといって嫌みの無い程度にアピールするというのはバランスが難しく容易ではありません。 でも、もたもたしていては全くらちがあきません。少なくても、クラスメイト同士の情報交換が無ければ、研究にたどり着くまでに必要な単位取得さえもままならなくなります。実際、僕は会計がマジでヤバい(苦笑)。悩んでいる暇はない、ということだけはわかりました。クラスメイトのネットワークを効率的に使ってよりよくレポートをこなしている人を見ると、焦らないはずがありません。 ■勉強って楽しいものなのか 途上国の子供が、時折「学校で勉強してビッグになるんだ」ということを語るドキュメンタリー番組をご覧になられた方がいらっしゃるかと思います。僕も、つい最近までは「勉強は辛い」としか考えたことがありませんでした。 でも、今は違います。こうして大学院で学ぶ機会を得られたことが、とてもうれしくてたまりません。昔の僕を知る人だと『とうとうあいつは気が違えたか？』と思われても仕方ないでしょう。でも、僕が10年間の間にどうしても必要だ、と思い続けたことを今まさに取り組むことができているのです。集中して勉強に取り組むことが出来るのは、極めて貴重な機会なのです。 学歴が無くて、コンピュータサイエンスの知識が無い状態で技術者もどきを続けて、そして未来につながる力が無いのを怯えつつを10年過ごし続けました。それを自分の力で脱し、切り開くチャンスをもらえたのです。講義はしんどいのですが、それを厭わず研究のステージへ踏み出すための通過点と思えばやりきるしかありません。 10年前の僕は、勉強なんてあほらしくて、授業中は寝るし宿題もかまけるようなひどい生徒でした。それを後悔することはありますが、それはもう戻ってこない時間です。また同じ状況を繰り返すのは全く学習していないことに等しく、次は無いというプレッシャーを抱きながら毎日を過ごしています。 M1は時間との勝負を続ける毎日になります。これまでのおつきあいがちょっと疎かになるかもしれません。その節は、どうか大目に見ていただけたら幸いです。 ※1<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/05/04/gssm-201104/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この4月から、<a href="http://www.gssm.otsuka.tsukuba.ac.jp/" target="_blank">筑波大学GSSM</a>での講義が始まりました。どんな調子でやっているか、ちょっと書き残しておこうと思います。</p>
<p><strong>■予想通りのハードスケジュール</strong></p>
<p>こんなきついスケジュールは、<a href="http://www.koemu.com/blog/2006/07/30/4cdhath/">株式投資システムの開発をやっていた頃</a>以来じゃないかと思います。</p>
<p>多くのクラスメイトはM1の時に単位をほとんど取りきり、M2で研究に集中するというプランを立てます。そして、講義は火曜日〜金曜日の夜、そして土曜日は終日行われます。そのため、M1の前半は講義づくし！僕は、会計や経営戦略論に頭を悩ませ、数理系の講義で演習をガッツリこなし、コンピュータサイエンス系の講義を自分のペースで取り組む、そんな感じで講義を受けます。</p>
<p>また、課題(＝宿題)はもう毎回のように出ます。ボリュームも満点。このGWは狙ったようにガツンと課題が出ており、涙目ここに極まります。今のところは期限に間に合わなかったという状況は回避できていますが、この先もそれが維持できるのかは自信がありません。食らいつくまでです。</p>
<p>もちろん、仕事は勤務時間こそ上司にコントロールしてもらっていますが、やる内容はほとんど変わっていませんからやりくりを考えなくてはなりません。パフォーマンスが下がったなんて見られたら、しゃくですからね。</p>
<p><strong>■研究</strong></p>
<p>GSSMはMBA(※1)を取れるということになっていますが、実態は『経営システム科学専攻』の名の通り、研究をしっかりやることがポイントになります。僕はじっくりと未知の分野に取り組みたかったので期待通りですし、その研究の基盤を固めるためのものとして講義があると考えていますので、何とか乗り切りたいという気持ちです。</p>
<p>多くの大学院では、おそらく入学時点で主指導教員が決まっているかと思うのですが、GSSMでは1学期中に決めることになっています。それにあたって事前に経るプロセスとして『研究計画の概要発表』があります。これは、クラスメイトはさることながら、GSSM専属の教授から自分の研究の方針についてとても厳しい指導が入ります。言い換えますと、この先に待っている研究の厳しさを、最初に味わうことになるであろうイニシエーションなのです。僕は5月下旬にあるのですが、戦々恐々としている次第です…。論文発表以上にビビってます。</p>
<p><strong>■集団戦法</strong></p>
<p>さすが社会人大学院でありまして、各分野のエキスパートがいます。自分の分野となれば朝まで一家言話せるような人ばかりです。そんなご縁を通じて、ある意味「スムーズに」課題や研究を進める関係作りが大切になります。</p>
<p>しかし、僕のような技術者は、営業や企画などをやっている人に比べたら「非コミュ」なのです。仕事の中でコミュニケーションをとることがどんなに易しいもので、かつ技術者という肩書きである程度見逃してもらえたのかということを痛感します。黙っているのはもってのほか、だからといって嫌みの無い程度にアピールするというのはバランスが難しく容易ではありません。</p>
<p>でも、もたもたしていては全くらちがあきません。少なくても、クラスメイト同士の情報交換が無ければ、研究にたどり着くまでに必要な単位取得さえもままならなくなります。実際、僕は会計がマジでヤバい(苦笑)。悩んでいる暇はない、ということだけはわかりました。クラスメイトのネットワークを効率的に使ってよりよくレポートをこなしている人を見ると、焦らないはずがありません。</p>
<p><strong>■勉強って楽しいものなのか</strong></p>
<p>途上国の子供が、時折「学校で勉強してビッグになるんだ」ということを語るドキュメンタリー番組をご覧になられた方がいらっしゃるかと思います。僕も、つい最近までは「勉強は辛い」としか考えたことがありませんでした。</p>
<p>でも、今は違います。こうして大学院で学ぶ機会を得られたことが、とてもうれしくてたまりません。昔の僕を知る人だと『とうとうあいつは気が違えたか？』と思われても仕方ないでしょう。でも、僕が10年間の間にどうしても必要だ、と思い続けたことを今まさに取り組むことができているのです。集中して勉強に取り組むことが出来るのは、極めて貴重な機会なのです。</p>
<p>学歴が無くて、コンピュータサイエンスの知識が無い状態で技術者もどきを続けて、そして未来につながる力が無いのを怯えつつを10年過ごし続けました。それを自分の力で脱し、切り開くチャンスをもらえたのです。講義はしんどいのですが、それを厭わず研究のステージへ踏み出すための通過点と思えばやりきるしかありません。</p>
<p>10年前の僕は、勉強なんてあほらしくて、授業中は寝るし宿題もかまけるようなひどい生徒でした。それを後悔することはありますが、それはもう戻ってこない時間です。また同じ状況を繰り返すのは全く学習していないことに等しく、次は無いというプレッシャーを抱きながら毎日を過ごしています。</p>
<p>M1は時間との勝負を続ける毎日になります。これまでのおつきあいがちょっと疎かになるかもしれません。その節は、どうか大目に見ていただけたら幸いです。</p>
<p>※1 『経営システム科学』という、コンピュータサイエンスと経営を絡めたという意味を持った学位もあります。僕はMBAのどちらにするかはまだ決めていません。というか、先ずは単位を取らねば！</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.koemu.com/blog/2011/05/04/gssm-201104/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.koemu.com/blog/2011/05/04/gssm-201104/" />
	</item>
		<item>
		<title>2011年3月の滑走記録 &#8211; 震災に負けない</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/04/02/ski-201103/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/04/02/ski-201103/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 01 Apr 2011 15:58:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[スキー]]></category>

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		<description><![CDATA[2011年3月。東日本大震災が起きた、本当に大変な月でした。特に、東北の被害が甚大であり今でも全く安心できない状況であるのはご存知の通りです。当然、東北のスキー場はほぼ稼働できなくなりまして、3月11日がシーズン強制終了日となってしまったスキーヤー・スノーボーダーの方も多かったはずです。 実は、僕は3/12〜13と『ITインフラエンジニア スキー・スノボOFF』という11人の参加者があるイベントを企画しており、さあ明日は思い切って滑ろう！と考えていた矢先の震災でした。メンバーとは twitter を通じて何とか連絡が取れたものの、メンバーのほとんどが帰宅困難者となりとてもスキーへ行ける状態ではなくなり、中止を余儀なくされました。本当に残念です。 その目的地であった越後湯沢は、地震そのものの影響は少なかったものの、直後は新幹線が止まりとても行ける状態ではなくなり、そして今の自粛ムードの影響を受け、ほとんどのスキー場がクローズしてしまいました。 ただ、そんな中でも、何とかオープンしているスキー場が残っていました。そのかいもあり、震災後も時間を見つけてシーズン最後の滑りをより深く楽しむ時間を持つ事ができました。 白馬五竜スキー場: 1日 神立高原スキー場: 1日 会津高原だいくらスキー場: 1日(チャリティイベント) 総滑走日数: 3日 でした。滑走日毎の詳しい話は『[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ &#8211;<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/04/02/ski-201103/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011年3月。<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/03/21/0311eq-after1week/">東日本大震災</a>が起きた、本当に大変な月でした。特に、東北の被害が甚大であり今でも全く安心できない状況であるのはご存知の通りです。当然、東北のスキー場はほぼ稼働できなくなりまして、3月11日がシーズン強制終了日となってしまったスキーヤー・スノーボーダーの方も多かったはずです。</p>
<p>実は、僕は3/12〜13と『ITインフラエンジニア スキー・スノボOFF』という11人の参加者があるイベントを企画しており、さあ明日は思い切って滑ろう！と考えていた矢先の震災でした。メンバーとは twitter を通じて何とか連絡が取れたものの、メンバーのほとんどが帰宅困難者となりとてもスキーへ行ける状態ではなくなり、中止を余儀なくされました。本当に残念です。</p>
<p>その目的地であった越後湯沢は、地震そのものの影響は少なかったものの、直後は新幹線が止まりとても行ける状態ではなくなり、そして今の自粛ムードの影響を受け、ほとんどのスキー場がクローズしてしまいました。</p>
<p>ただ、そんな中でも、何とかオープンしているスキー場が残っていました。そのかいもあり、震災後も時間を見つけてシーズン最後の滑りをより深く楽しむ時間を持つ事ができました。</p>
<div id="yui_3_3_0_1_1301668543783988"><a id="yui_3_3_0_1_1301668543783986" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5564322560/in/stream"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5133/5564322560_580d08554a_m.jpg" border="0" alt="IMG_9720" width="240" height="160" /></a></div>
<p><a href="http://www.hakubagoryu.com/" target="_blank">白馬五竜スキー場</a>: 1日<br />
<a href="http://www.kandatsu.com/" target="_blank">神立高原スキー場</a>: 1日<br />
<a href="http://www.daikura.net/" target="_blank">会津高原だいくらスキー場</a>: 1日(チャリティイベント)<br />
総滑走日数: 3日</p>
<p>でした。滑走日毎の詳しい話は『<a href="http://d.hatena.ne.jp/koemu/searchdiary?word=%2A%5B%A5%B9%A5%AD%A1%BC%5D" target="_blank">[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ &#8211; 自転車とスキーの記録</a>』をご覧ください。</p>
<p><strong>■スキー検定 2級合格 … 新しい境地へ</strong></p>
<p>実は、3月は僕のスキーヤー生活の中で、大きな山を越えました。震災前ですが、白馬五竜スキー場でスキー検定 SAJ 2級にようやく合格しました。スキーは、2級に合格する技量があってはじめて、コブ・パウダー、そしてパークなどなど、幅広い楽しみへのチャレンジの扉が開かれます。</p>
<p>今回、検定に合格できたのは、<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/02/04/ski-201101/">1月末</a>の岩手遠征が大きな効果をあげました。バーンがいいとはいえ、3kmも一息で滑れば力がつかないはずがありません。この滑り込みのおかげで、特にカービングターンをやろうとした時のポジションがずいぶんと改善されました。</p>
<p>スキーは『知識』のスポーツでもあると思うのです。まずはスキースクールで適切な滑り方と練習方法を覚え、ある程度慣れたらどんどん自分で…できれば自分より上手な人と一緒にフリーランに取り組むと、とてもいい効果を得られます。僕のような身体能力がそれほど高くないスキーヤーでも、やり方を覚えるとずいぶんと滑り込めるようになりますから、挑戦している人はぜひ最後まで諦めないでください。</p>
<p>そうそう、五竜名物 かに鍋もいただきました！</p>
<div id="yui_3_3_0_1_13016685437831463"><a id="yui_3_3_0_1_13016685437831461" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5504913300/in/stream"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5295/5504913300_473bc615c1_m.jpg" border="0" alt="F1000016" width="240" height="180" /></a></div>
<p><strong>■スキーヤーだったらコブを滑られないとね</strong></p>
<p>いやー、ボーダーの人にとって、スキーヤーってのはコブを滑る事ができてなんぼ！位に思われてしまいます。しかし、僕は滑る事ができなかったのです…。何度、トラバースして逃げてきた事か。</p>
<p>しかし、もう自分は2級持ち。1級を目指すにはコブは避けては通れません。いや、そんな事より、とにかく滑る事ができるようになりたい。ということで、震災後にかろうじてオープンしている場所があると観光案内所の @<a href="http://twitter.com/snowcountry_" target="_blank">snowcountry_</a> さんに教えていただき、何とか神立高原スキー場 (@<a href="http://twitter.com/kandatsupegasus" target="_blank">kandatsupegasus</a>) へ足を運ぶことができました。ここはモーグルバーンもあるので、コブの練習にはもってこいです。</p>
<div id="yui_3_3_0_1_13016685437831745"><a id="yui_3_3_0_1_13016685437831743" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5552367867/in/stream"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5255/5552367867_e7f65408f1_m.jpg" border="0" alt="DSC_0005" width="240" height="180" /></a></div>
<p>もう悲しくなる程に空いていたのですが、スキーのプライベートレッスンはとてもスムーズに進みました。2時間だけでしたが、レッスンの効果はすぐに出まして、1コブ乗り越えるのがやっとのところを、1〜2回の休憩こそ挟むものの1つのレーンをしっかりと降りる事ができるようになりました。</p>
<p>コブは、滑られるようになると整地とはまた違った刺激があり、「もう1本！」と思わず言いたくなります。来シーズンは、直線的に滑る事ができるよう、そしてもっと急斜面や自然に掘られたコブに柔軟に対応できるような力をつけて行きたいですね。</p>
<p>そして、震災直後の業務対応でピリピリしていた状況が少し落ち着いた時に、こうして滑るチャンスがあったことが何よりうれしかったです。帰りに、越後湯沢駅で米・日本酒、そしておにぎりを買って帰りました。</p>
<div id="yui_3_3_0_1_13016685437831770"><a id="yui_3_3_0_1_13016685437831768" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5552953894/in/stream"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5016/5552953894_9f0df453dd_m.jpg" border="0" alt="DSC_0013" width="240" height="180" /></a></div>
<p><strong>■チャリティイベント だいくらでハイクら</strong></p>
<p><a href="http://www.koemu.com/blog/2011/03/02/ski-201102/">2月</a>にお世話になった会津高原だいくらスキー場。ビッグではないものの、斜面構成のバランスがよくお気に入りになったスキー場の一つでした。しかし、例に漏れずだいくらスキー場さんも震災後にクローズを余儀なくされました。</p>
<p>しかし、 @<a href="http://twitter.com/daikurastaff" target="_blank">daikurastaff</a> さんをはじめとしたスタッフのみなさんが、「ハイクアップでよければ」(自力で登る)と言う条件で、そして参加費を義援金として福島県へ贈りましょうとチャリティイベントを開いていただけるという事となりました。</p>
<div id="yui_3_3_0_1_13016685437831279"><a id="yui_3_3_0_1_13016685437831277" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5563740735/in/stream"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5140/5563740735_b2cbf49bc6_m.jpg" border="0" alt="IMG_9674" width="240" height="160" /></a></div>
<p>ええと、ハイクアップイベントですが、100人以上来ています。また、写真もよーく見てください、もうリフトはかかっていません。それでも、みんなここに来ている。心からスキー・スノーボードを愛し、だいくらスキー場が好きなんだなと思いました。スタッフの方の twitter 上の呼びかけで始まったこのイベント、今まで経験した事の無い楽しい時間となりました。こうして足を運べる機会を作っていただいた皆様、一緒に滑った方々、そして燃料事情が大変な中でも車を出していただいた方々、どうもありがとうございました。</p>
<p><strong>■被災している人もいる でも自分は自分のできる事を続ける</strong></p>
<p>不謹慎論が広がっている首都圏。確かに、余り派手な事は慎むべきなのかもしれません。そんな中、観光産業は誰かが足を運び、遊び、食べ、そして泊ることで経済がまわるものです。自分の身動きが取れなかったり、危険な場所なら仕方ありません。しかし、正常に活動できる人が正常に営業できる場所にまで行く事を控える必要は、あるのでしょうか。経済が冷え込めば、いずれ自分にも影響が出ます。</p>
<p>来シーズンは、またスキー場に遊びに行きたい…特に東北エリアに行きたい、そんな気持ちです。スキー場で滑り、うまいものを食べ、そして皆さんともまたお会いしたい。</p>
<p>大学院が始まりますから、今シーズン程滑る事はできないでしょう。それでも、少しは時間は作れるはず。だって、これまで仕事量は全く変えずに、大学院の受験勉強をして大学院に合格し、そしてスキーを滑り込んで2級にも合格できた訳ですから。僕にはいくらでも時間の絞り出し方があることを身を持って知っています。</p>
<p>また、来シーズンもゲレンデでお会いしましょう。</p>
<p><a title="IMG_1033 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5461177527/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5173/5461177527_4d19303b7c.jpg" alt="IMG_1033" width="500" height="375" /></a></p>
<p>■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157625549789011/" target="_blank">Ski, 2010-2011 Season &#8211; a set on Flickr</a><br />
■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157626238198339/" target="_blank">だいくらでハイクら 2011 &#8211; a set on Flickr</a></p>
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		<title>東日本大震災から10日</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/03/21/0311eq-after1week/</link>
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		<pubDate>Mon, 21 Mar 2011 01:00:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[2011年3月11日 14:46に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から10日。首都圏は喫緊の問題を乗り越え、この先に待っている長期戦にシフトして行く状況である。 いろいろあった。東日本の皆様、本当にいろいろあった。まずは、自分の出来事をまとめようと思う。 ■当日の状況 twitterの3月11日のログを見ると、会社がある池袋は2〜3分ほど遅れて大きく揺れ出した。最初は「ああいつもの揺れか」とみんなで話していたものの、しばらくして大きな揺れに変化。これはただ事では済まないと会社にいる誰もが感じた。しばらくして、仙台が津波に飲み込まれて行く様子が生中継される。がさっと街が津波に飲み込まれて行く姿は、まるでパニック映画のワンシーンだと錯覚するくらい現実離れした風景であった。 同時に、僕は急いで会社で運用している全システムのヘルスチェックを行っていた。幸い、全てOK。電話は発信規制で通じなったものの、データ通信は生きていたので個々人での生存確認はもっぱらメールとtwitter。岩手県から首都圏まで、知る人はみんな無事が確認でき良かった。 1時間ほどして、帰宅指示の全社アナウンス。しかし、電車が動かないため会社待機だが、全く仕事は手につかない。余震も断続的に続いている。同時に、帰宅困難者問題が顕在化し始める。また、会社がある建物は少し壁が崩れ、本棚も倒れており、正直いているだけで不安になる。 しばらくして、17時頃に都電が動いたというtwitter上での未確認情報を頼りに、同じ京成電車を使う同僚とともに都電の駅へ(花粉症なので3月は電車通勤)。大混雑も大混雑で1時間待ちだったが、すし詰めの都電に運良く乗る事ができた。家路の途中、多くの人と電車を始めとした交通事情の情報交換を行いながら進んだ。会う人すべて、冷静かつ協力的だった。 次に、都電を三ノ輪橋で降り、自宅がある葛飾区まで6kmを歩く。周囲を見渡すと、この程度で済んでいる僕はどうやら相当恵まれているようだ。日光街道(国道4号線)や水戸街道(国道6号線)では、荒川を越えて数十キロを歩こうと覚悟している人がたくさんいた。写真の場所(南千住)は普段は自転車通勤で通るのだが、普段は少し人が通っている程度なのにこの日はまるで渋谷センター街を歩いているようだった。道路は、普段は閑散としている路地の隅々まで渋滞しており、歩いている方が早いくらいである。 自宅には20:30に到着。17:10に会社を出て、3時間と少しで帰れた事が本当によかった(通常45分程度)。電気・ガス・水道を始めとしたライフラインは全て無事。疲れを癒すため、まずはお風呂を沸かして落ち着く事にした。そして、京成電車は終日運休となったため、同僚は僕の家で泊る事に。 その後、3/12〜13に行うはずだった越後湯沢でのスキー・スノボOFFはメンバーから帰宅困難者多数であることを twitter で連絡をもらっていたため催行不能と判断、キャンセルの連絡をしようと電話をするが、全くつながらず。ダメ元でメールを送ったら、連絡がついた。状況が状況なので、今回はキャンセル料なしでいいというお言葉を頂いて、本当に恐縮だった(この後、越後湯沢も地震に襲われスキー場はクローズ)。この記事を書く現在も、荷物送り返しの段取りがかなり悩ましい状況ではある。 自宅に帰った後も、twitterなどで帰宅困難者の方に向けて葛飾区内の避難所情報などを送った。深夜は危ないし、さらに歩き疲れているだろうから、休める場所で休んでもらった方がいいと思ったからだ。明日になれば、電車が動くかもしれない。それまでの辛抱だ。 どうやら、深夜になって地下鉄と一部の路線が動き始めたようだ。ただ、人が殺到して乗れたものではなかったと、後で聞いた。この日は、正直一人にならなくてよかった。帰宅時から2人でいたため心細さからは解放され、精神的に安定させながらケガも無く帰宅する事ができた。一人で乗り切るには、この日の出来事はあまりに重かった。 ■仕事の問題 問題は、月曜日からの仕事だった。僕は人が少ない中小企業に勤めているのでいろいろな仕事を兼務しており、マネージャや開発者であるとともに、システム管理者でもあった。そのため、これからの準備が求められた。 土曜日の段階で、計画停電の可能性が示唆されていたため、次のアナウンスや対策を事前にとっていた。 基幹システムは自家発やUPSで保護されている事 テストサーバは停電に備え全てシャットダウンを行う<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/03/21/0311eq-after1week/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011年3月11日 14:46に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から10日。首都圏は喫緊の問題を乗り越え、この先に待っている長期戦にシフトして行く状況である。</p>
<p>いろいろあった。東日本の皆様、本当にいろいろあった。まずは、自分の出来事をまとめようと思う。</p>
<p><strong>■当日の状況</strong></p>
<p>twitterの<a href="http://twilog.org/koemu/date-110311" target="_blank">3月11日のログ</a>を見ると、会社がある池袋は2〜3分ほど遅れて大きく揺れ出した。最初は「ああいつもの揺れか」とみんなで話していたものの、しばらくして大きな揺れに変化。これはただ事では済まないと会社にいる誰もが感じた。しばらくして、仙台が津波に飲み込まれて行く様子が生中継される。がさっと街が津波に飲み込まれて行く姿は、まるでパニック映画のワンシーンだと錯覚するくらい現実離れした風景であった。</p>
<p>同時に、僕は急いで会社で運用している全システムのヘルスチェックを行っていた。幸い、全てOK。電話は発信規制で通じなったものの、データ通信は生きていたので個々人での生存確認はもっぱらメールとtwitter。岩手県から首都圏まで、知る人はみんな無事が確認でき良かった。</p>
<p>1時間ほどして、帰宅指示の全社アナウンス。しかし、電車が動かないため会社待機だが、全く仕事は手につかない。余震も断続的に続いている。同時に、帰宅困難者問題が顕在化し始める。また、会社がある建物は少し壁が崩れ、本棚も倒れており、正直いているだけで不安になる。</p>
<div><a title="DSC_0105" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537292473/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5296/5537292473_9362cf3746_m.jpg" border="0" alt="DSC_0105" width="240" height="180" /></a></div>
<p>しばらくして、17時頃に都電が動いたというtwitter上での未確認情報を頼りに、同じ京成電車を使う同僚とともに都電の駅へ(花粉症なので3月は電車通勤)。大混雑も大混雑で1時間待ちだったが、すし詰めの都電に運良く乗る事ができた。家路の途中、多くの人と電車を始めとした交通事情の情報交換を行いながら進んだ。会う人すべて、冷静かつ協力的だった。</p>
<div><a title="DSC_0107" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537871718/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5293/5537871718_1de3704e1a_m.jpg" border="0" alt="DSC_0107" width="240" height="180" /></a></div>
<p>次に、都電を三ノ輪橋で降り、自宅がある葛飾区まで6kmを歩く。周囲を見渡すと、この程度で済んでいる僕はどうやら相当恵まれているようだ。日光街道(国道4号線)や水戸街道(国道6号線)では、荒川を越えて数十キロを歩こうと覚悟している人がたくさんいた。写真の場所(南千住)は普段は自転車通勤で通るのだが、普段は少し人が通っている程度なのにこの日はまるで渋谷センター街を歩いているようだった。道路は、普段は閑散としている路地の隅々まで渋滞しており、歩いている方が早いくらいである。</p>
<div><a title="DSC_0110" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537292973/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5298/5537292973_d507244b91_m.jpg" border="0" alt="DSC_0110" width="240" height="180" /></a></div>
<p>自宅には20:30に到着。17:10に会社を出て、3時間と少しで帰れた事が本当によかった(通常45分程度)。電気・ガス・水道を始めとしたライフラインは全て無事。疲れを癒すため、まずはお風呂を沸かして落ち着く事にした。そして、京成電車は終日運休となったため、同僚は僕の家で泊る事に。</p>
<p>その後、3/12〜13に行うはずだった越後湯沢でのスキー・スノボOFFはメンバーから帰宅困難者多数であることを twitter で連絡をもらっていたため催行不能と判断、キャンセルの連絡をしようと電話をするが、全くつながらず。ダメ元でメールを送ったら、連絡がついた。状況が状況なので、今回はキャンセル料なしでいいというお言葉を頂いて、本当に恐縮だった(この後、越後湯沢も地震に襲われスキー場はクローズ)。この記事を書く現在も、荷物送り返しの段取りがかなり悩ましい状況ではある。</p>
<p>自宅に帰った後も、twitterなどで帰宅困難者の方に向けて葛飾区内の避難所情報などを送った。深夜は危ないし、さらに歩き疲れているだろうから、休める場所で休んでもらった方がいいと思ったからだ。明日になれば、電車が動くかもしれない。それまでの辛抱だ。</p>
<div><a title="F1000007" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537293521/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5218/5537293521_4d507ffa30_m.jpg" border="0" alt="F1000007" width="180" height="240" /></a></div>
<p>どうやら、深夜になって地下鉄と一部の路線が動き始めたようだ。ただ、人が殺到して乗れたものではなかったと、後で聞いた。この日は、正直一人にならなくてよかった。帰宅時から2人でいたため心細さからは解放され、精神的に安定させながらケガも無く帰宅する事ができた。一人で乗り切るには、この日の出来事はあまりに重かった。</p>
<p><strong>■仕事の問題</strong></p>
<p>問題は、月曜日からの仕事だった。僕は人が少ない中小企業に勤めているのでいろいろな仕事を兼務しており、マネージャや開発者であるとともに、システム管理者でもあった。そのため、これからの準備が求められた。</p>
<p>土曜日の段階で、計画停電の可能性が示唆されていたため、次のアナウンスや対策を事前にとっていた。</p>
<ul>
<li>基幹システムは自家発やUPSで保護されている事</li>
<li>テストサーバは停電に備え全てシャットダウンを行う</li>
<li>電圧変動や停電に備えた機材利用方法説明 (ファイルをこまめに保存するなど)</li>
</ul>
<p>しかし、こんなものでは済まされなかったのだ。会社に来れないスタッフが大勢いたのだ。これたとしても、余震で帰宅が困難になる可能性がある人も数多く発生。そこで、業務続行のため在宅勤務という選択肢があがった。</p>
<div><a title="DSC_0139" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537874676/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5260/5537874676_b47ee46048_m.jpg" border="0" alt="DSC_0139" width="240" height="180" /></a></div>
<p>うちの会社のシステムは、多くの作業を在宅勤務にて対応できるようなシステムを構築してはいた。ただ、家に作業環境を作っている人はまれ。いてもプログラマくらいである(プログラマは家でも趣味でよくプログラムを書く)。これの段取りに正直手こずった。そして、自宅にいても計画停電対象のスタッフが数多くおり、停電に巻き込まれ仕事もスムーズに進まない。僕自身も、電気こそ来ていたものの対応に追われたため開発仕事はほとんど進める事ができず悔しい想いをした。</p>
<p>また、在宅時や移動時の連絡手段をどうするかルールを決めることも非常に重要な事であった。システムとしては準備はあった。ただ、これを回すことになる僕の部署の上長は非常に大変そうであった。顔が見えながら仕事ができる事がいかにスムーズなものなのか、改めて思い知った。</p>
<p>通勤は、14日だけは花粉症を押して自転車で行った。しかし、自転車があふれ、逆走・信号無視が多発する路上に、命の危険さえ感じた。自転車は歩行者ではない。何度となく路上で「逆走するな」と注意しながら走った。そうしないと、前に進めなかったからだ。</p>
<p>電車は金曜日になるまで混乱が続いていた。特に、木曜日は冷え込んだためよりいっそうの節電を呼びかけた際に減便があるとなり大混乱。自分は、帰るのをしばらく諦めて銀座の行きつけのバー「忠」に足を運び、混雑をやり過ごしつつガス抜きをする。山手線だけは空いていた。そして、「忠」のナポリタンをいつも通り完食した。正直な所、木曜日の段階では飲まないとやってられないくらいキていた。</p>
<div><a title="DSC_0144" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537875200/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5093/5537875200_45bcb47fd2_m.jpg" border="0" alt="DSC_0144" width="240" height="180" /></a></div>
<p>22日以降からどうなるかは、また考えなければならない。余震と電力不足は、まだ続いているのだ。</p>
<p><strong>■生活のしかた</strong></p>
<p>自宅の前を走る京成電車がほぼ正常運行になったのは2日後の日曜日。こんなときではあるが、気分転換に美容室へ通うためにユーカリが丘まで足を運ぶ。これはよかった。散髪後のすっきり感が、よりよく感じられた日になった。</p>
<p>火曜日は弟が東京に出てくる日だった。普段は正常に電車が走っていれば難なく自宅まで来れる場所なのだが、京急がぼろぼろの状況であり、迎えに行く事となった。正直、土地勘が無い人にとって、ダイヤが崩壊した東京の電車に乗って目的地を目指すのは極めて困難である。来る際、弟が東京で不足していた即席めんとパンを買ってきてくれたのには助かった。しばらく居候の予定。</p>
<div><a title="DSC_0131" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537874220/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5180/5537874220_c9d0fdfcd5_m.jpg" border="0" alt="DSC_0131" width="240" height="180" /></a></div>
<p>飯は、23区内において即席系を避ければ問題なく調達できる状況である。ガスが来ているので調理も可能で暖かいものをしっかりと食べられる。また、節電は欠かさず行うが計画停電は無い。そして、自分のベッドで眠る事ができる。何て恵まれているのだ。</p>
<p>車はガソリンスタンド前が給油待ちのための大渋滞を引き起こし、給油しているのか浪費しているのか本末転倒な状況。売り切れたスタンドも続出していた。必要な人間以外は給油するものではない。</p>
<div><a title="DSC_0121" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537294133/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5054/5537294133_91fa6fa7f8_m.jpg" border="0" alt="DSC_0121" width="240" height="180" /></a></div>
<p>この週末は、自分の家系の先祖代々から続くお墓を見に、茨城の土浦へ行った。18日に復旧したばかりの常磐線 取手〜土浦は70km/h未満、所々では最徐行をしつつそろりそろりと走っていた。動いているだけすごい。水戸まではしばらく通じないらしい。土浦では、崩れている家が出始めており、これより北はもっとひどい事になっているなと想像するには充分な状況であった。幸い、お墓は無事だった。</p>
<div><a title="IMG_1224" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5543339486/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5293/5543339486_8054df5d06_m.jpg" border="0" alt="IMG_1224" width="240" height="180" /></a></div>
<p>投資の話も少ししよう。以前、<a href="http://d.hatena.ne.jp/koemu/20110116/1295548153" target="_blank">スキーでご一緒</a>した <a href="http://d.hatena.ne.jp/equilibrista/" target="_blank">id:equilibrista さんのブログ</a>に『<a href="http://d.hatena.ne.jp/equilibrista/20110313/p1" target="_blank">資金調達市場 &#8211; 投資の消費性について</a>』 という記事があった。僕は、この記事に強く共感し、東京電力の株を買った。みずほ銀行のATMが止まったのでその日とは行かず、大学院の学費も払ってし まったため額は少なくなってしまったが、それでもしっかりと買った。僕の仕事は東京電力の電気があってこそ。逆張りとかそう言う話ではなく、電気の復興こそ経済復興の要と信じ、投資をした。</p>
<p>今でも不自由をしている同僚・知人を思うと、自分は動けるだけ精一杯動かねばならない。そのために今の極めて恵まれた環境があると考えたい。</p>
<p><strong>■東北をはじめとした知人・親戚との連絡</strong></p>
<p>最も早く連絡が取れたのは twitter だ。携帯電話は通話規制こそかけられていたものの、データ通信は混雑していたものの絞られていなかったのだ。だから、首都圏はさることながら岩手・宮城・福島で基地局が生きているエリアの人ともすぐに連絡が取れたのだった。ただ、その後に携帯の電池・UPSや自家発が止まり、電気が復旧し始める間の2〜3日は連絡が取れなくなった人が何人かいたのには心配した。</p>
<p>次はメール。携帯はキャリアのメールシステムがかなり遅延しており、11日の夜遅くまで厳しい状況であった。ただ、PCのメールは問題なかったため、こちらを使って実家を含め多くの人と連絡を取った。</p>
<p>そして、電話。歳をとった仙台の親戚とは、福岡の実家から<span style="text-decoration: line-through;">11日の夜遅くにようやくつながったらしい</span>(訂正)直後にすぐつながったが、その後はダメだったとの事。仙台は甚大な被害を受けているので、生きている事が確認できただけでずいぶんとほっとしたものである。同時に、歳をとった人との連絡はこれから先も困難になるのではという不安がよぎった。</p>
<p>最後に郵便だが、3月9日に送ったはがきが19日に岩手に届いたらしい。2〜3日の所を10日かかったが、届いた事がすごいと思った。ロストしなかったのである。</p>
<p>ちなみに、171は使っていない。171を使うほど通信回線状況が悪い所に知人・親戚がいなかった事が大きかった。ただ、まだ連絡が取れていない人や通信回線が不安定な人は引き続き使うのはありかもしれない。</p>
<p><strong>■この一週間の教訓</strong></p>
<p>もう少し落ち着いた時に増えるかもしれないが、すぐにまとめられそうなのは次の事である。</p>
<ul>
<li>一人でいない<br />
一人になると、これまでを思い出す事で強い不安に襲われる可能性がある。一人暮らしの人は、できる限り同僚や友達と過ごす機会を作ってバカ話でもいいから語り合おう。僕は、当日は同僚と、今は兄弟で過ごしている。飲みにも足を運んでいる。</li>
<li>twitter はすぐに連絡が取れるので利用する<br />
通信さえ生きていれば twitter ですぐに連絡が取れるはず。ただ、ここ数日は情報・思想が錯綜しているので、余り見続けると逆に頭を悩ます事も多々あり、気をつけて。距離をしっかり置けばいい。</li>
<li>テレビは見すぎない FMラジオも使おう<br />
震災当日、携帯のワンセグテレビは非常に役立った。ただ、今は不安になるような内容も少なくなく、冷静に見続けられない内容もあると思う。そんな中、FMラジオは音楽が流れ、同じ経験をした人同士の情報交換が盛んに行われており、気分転換になるのでおすすめである。FMラジオは一部の au の携帯や最新の iPod nano でも聞ける。PC等で受信できる <a href="http://radiko.jp/" target="_blank">radiko</a> もある。</li>
</ul>
<p>首都圏でも「被災者の事を考えると…」と、キーワードのように言葉が出る毎日。僕が思うに、程度こそ東北より緩いが首都圏も被災地である。事実、首都圏は電気が止まり電車も正常に動かず、通常通りの業務にあたれていない人が数多くいる。まずは、自分たちが正常に経済活動を推し進められるよう復興せねばなるまい。そのために知恵を絞り体を動かそう。浪費はダメだが、消費を取り戻そうではないか！</p>
<p><strong>■今後どうしようか</strong></p>
<p>正直、今は自分とその近辺の事を整理し行動する事で精一杯だ。</p>
<p>東京の電力不足は年単位で続くのでは、と腹をくくっている。業務を継続するためにどういう対策をとればいいのか、気持ちを落ち着けて最適解を導きたい。そのためには、今まで何が起きていて、どんな対策手法があるのか、まとめる事から始めるつもりだ。</p>
<div><a title="IMG_9522" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5537877758/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5134/5537877758_1d2828e2b8_m.jpg" border="0" alt="IMG_9522" width="240" height="160" /></a></div>
<p>大学院の講義が月末から始まる。震災が無くてもボリューム感満点の毎日が始まる事はわかっていたため、これはさらに重くなるなと想定している。始まってみないとわからないが、どこまで自分自身を支えながら仕事と勉強を両立できるか、不安がある事は認める。ただ、応援してくれた多くの方への感謝を込め、全力で乗り越えたい。</p>
<p>そして、落ち着いたらまた東北方面のスキー場へ遊びに行きたい。東北に住むみんなとまた会って、楽しく滑りたい。僕はプロの災害救援活動を行える人間ではないので今はどうする事もできないのだが、落ち着き始めた時に経済を回す事こそが自分にできる復興活動だと信じている。お金あっての生活だ。</p>
<div><a title="IMG_1195" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5542758639/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5251/5542758639_14a472b99b_m.jpg" border="0" alt="IMG_1195" width="240" height="180" /></a></div>
<p>今はしっかり踏み留まろう。明日は、確実にやってくる。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>2011年2月の滑走記録 &#8211; カルチャーショック</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/03/02/ski-201102/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/03/02/ski-201102/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 Mar 2011 16:38:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[スキー]]></category>

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		<description><![CDATA[今年は、人生最北端の地への到達記録を更新し続ける月が続いています。先月は岩手県、そして今月は北海道に到達です。 会津高原 たかつえスキー場: 1日 会津高原 だいくらスキー場: 1日 サッポロテイネ スキー場: 1日 札幌国際スキー場: 1日 総滑走日数: 4日 でした。滑走日毎の詳しい話は『[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ &#8211; 自転車とスキーの記録』をご覧ください。<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/03/02/ski-201102/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今年は、人生最北端の地への到達記録を更新し続ける月が続いています。先月は岩手県、そして今月は北海道に到達です。</p>
<div><a title="IMG_1161" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5489277346/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5298/5489277346_c611dfe4a1_m.jpg" border="0" alt="IMG_1161" width="240" height="180" /></a></div>
<p><a href="http://www.takatsue.jp/" target="_blank">会津高原 たかつえスキー場</a>: 1日<br />
<a href="http://www.daikura.net/" target="_blank">会津高原 だいくらスキー場</a>: 1日<br />
<a href="http://www.sapporo-teine.com/" target="_blank">サッポロテイネ スキー場</a>: 1日<br />
<a href="http://www.sapporo-kokusai.jp/" target="_blank">札幌国際スキー場</a>: 1日<br />
総滑走日数: 4日</p>
<p>でした。滑走日毎の詳しい話は『<a href="http://d.hatena.ne.jp/koemu/searchdiary?word=%2A%5B%A5%B9%A5%AD%A1%BC%5D" target="_blank">[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ &#8211; 自転車とスキーの記録</a>』をご覧ください。</p>
<p><strong>■安くてお得 スノーパル2355</strong></p>
<p>2月前半の会津高原方面のスキー場は、東武鉄道の夜行電車『<a href="http://www.tobu.co.jp/snowpal/" target="_blank">スノーパル2355</a>』を使いました。往復の電車賃とリフト券はもちろん、朝食までついて8,000円代です。首都圏から朝イチで滑りに行ける値段としては安い部類です。バスと違いゆったりかつ時間通りに行けますし、かつ電車って眠りやすいんですよね。</p>
<div><a title="IMG_0916" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5445149807/"><img src="http://farm5.static.flickr.com/4139/5445149807_53e3d16dc1_m.jpg" border="0" alt="IMG_0916" width="240" height="180" /></a></div>
<p>また、会津高原のスキー場はスノーパルだと行きやすいのですが、車ですと峠を2つ3つ越えなければならないため、思ったほど混雑しないのも特徴です。たかつえスキー場はパークやクロスのコースが整備されており幅広く楽しめ、だくらスキー場は滑る練習にはもってこいの一枚バーンのコースがそれなりにあり、目的に応じて選べます。今度から、ハイシーズンは新幹線ではなくスノーパルにしようかなと思いました。</p>
<div><a title="IMG_1036" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5461781398/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5139/5461781398_bd58c9faf1_m.jpg" border="0" alt="IMG_1036" width="240" height="180" /></a></div>
<p><strong>■カルチャーショック 札幌のスキー場</strong></p>
<p>とうとう札幌へ、それも土日の2日間と言う極めて弾丸日程に近いスケジュールで行ってしまいました。</p>
<p>実は、札幌は下手に一人で本州のスキー場に泊まりで行くより安いんです。というのも、札幌市内のビジネスホテルを使って通えるので飛行機とのパックプランが3万円台と思ったほど高くならないのです。僕は実家が福岡なので似たような事情がある事を知っていたのですが、下手に単独で往復の航空チケットを取るよりパックプランの方が安いんですよね。ええ。ちなみに、僕は札幌グランドホテルに泊っていました。</p>
<div><a title="IMG_1045" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5485816594/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5017/5485816594_9fd60fa106_m.jpg" border="0" alt="IMG_1045" width="240" height="180" /></a></div>
<p>札幌市内で滑っていますと(テイネも札幌国際も札幌市内です！)、大人はまるでスポーツセンターへ行くように、ちびっ子は裏山に遊びに行くように、家族ではプールに行くように、スキーやスノボを楽しんでいました。ずっと西の方ばかり住んでいた僕にとっては、カルチャーショックも甚だしく滑りながらびっくりしてました。</p>
<div>
<div><a title="IMG_1116" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5485231439/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5015/5485231439_935310c5c1_m.jpg" border="0" alt="IMG_1116" width="240" height="180" /></a></div>
</div>
<p>今回は1日目をテイネにしていたのですが、1時間もせずにホテルに戻る事ができ、そしてその後すぐにすすきのへ繰り出せるという、とても濃密な時間を過ごせます。観光とスキーを織り交ぜる日程もイケてそうです。また、北海道には、ニセコという世界でも有名なスキー場や、他にもルスツなどの本州ではなかなかお目にかかれないすばらしいスキー場があると聞きます。今度は、ゆっくり訪問したいと思います。</p>
<p><strong>■twitterでゲレンデ情報を得る</strong></p>
<p>今年に入って顕著なのが、twitterを使ったゲレンデ情報の収集です。スキー場のホームページに公式アカウントの案内がある場合と無い場合があるので、まずはtwitterの検索機能を使って公式アカウントを探してみる事をお勧めします。</p>
<p>見つかったら、もちろんフォロー。数日前からフォローしておくと、刻々と変わるゲレンデコンディションを随時知る事ができ、当日どういったコンディションになるのかが容易に想像できます。モティベーションが高そうな担当者の方だったら、質問してみるのもいいかもしれません。喜んで答えてもらえる事でしょう。また、何かの節に声をかけてもらえる場合もありますよ。</p>
<div>
<div><a title="IMG_1028" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5461175435/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5133/5461175435_06e841f0fe_m.jpg" border="0" alt="IMG_1028" width="240" height="180" /></a></div>
</div>
<p>twitterを使っている人は、ぜひお試しください。</p>
<p><strong>■手応えを感じつつ しかし解決すべき問題はまだまだある</strong></p>
<p>最近、滑りながらようやく手応えをはっきり感じるようになってきました。ただ、これは問題点もよりはっきりわかってきたという事でもあります。余り考えすぎると、楽しむ事から苦行になってしまうので程々にしたいのですが、できればちゃんと解決したいという気持ちがあります。</p>
<p>大きく問題点は二つあって、ひとつは扁平足がきつい右足が外足のときのターンの安定度のなさ、そして速度を上げると上半身が遅れるという点です。身体能力が低いのは重々承知しているのですが、もう少し滑り込める日数が多ければいいのか、それとももっと別の形で鍛えなければならないのか、ちょっとわかりかねている状態です。</p>
<p>レベルがあがればあがるほど、新雪やコブなど、ピステンがかかったゲレンデを滑るのとはまた違った楽しみの幅が増えてきます。特に、ボーダーの人と一緒に滑るなら新雪やツリーランはできると尚良いんですよ。そう言う事を思い浮かべると、もうちょっとがんばってみようかなと思えます。</p>
<p>まずは、今月もケガ・事故も無く無事滑り終えられ、よかったです。</p>
<div><a title="IMG_1051" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5485819190/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5096/5485819190_82e1d90fe7_m.jpg" border="0" alt="IMG_1051" width="240" height="180" /></a></div>
<p>■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157625549789011/" target="_blank">Ski, 2010-2011 Season &#8211; a set on Flickr</a><br />
■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157626040981391/" target="_blank">札幌市内 スキーの旅 2011 &#8211; a set on Flickr</a></p>
]]></content:encoded>
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		<title>働き出して10年が経つ これまでとこれから</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/02/12/workd-for-10-years/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/02/12/workd-for-10-years/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 12 Feb 2011 01:00:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[私の考え]]></category>

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		<description><![CDATA[この4月で、働き始めて10年になります。大学院へ行く事もあり、最近は会社の上司に仕事量の調整を始めてもらっています。そのため、働いているのにも関わらずかつて無いほど余裕のある状況…言うなれば『モラトリアム』に近い日々を過ごしています。 僕は、ちょっと余裕があるといろんな事を考えてしまう性格でして、幾度となくこうしてブログを始めとした表に出るメディアに想いを書く事で整理してきました。もうすぐ10年という事で、これまでを振り返って整理して行きたいと思います。 ■どうして働き始めたのか どうして高卒で働き始めたのか。それは、大学受験に失敗したからです。「東京の予備校でなら合格できる」と今考えたらひどい理屈で東京にわざわざ引っ越させてもらい、予備校に通いつつ慶應義塾大学のSFCを受験しましたが、箸にも棒にもかからず玉砕。最終結果が分かったときに、電話口で父に対して「働きます」と涙を流して詫びた事を昨日のように覚えています。 幸い、住んでいる場所が父が東京に残した家だったため生活費は継続して支援してもらえる事となりましたが、この時2001年は就職氷河期の最悪期。それでも乗り越えなければなりませんから、たくさんの応募書類を書いて面談に通いました。 ■開発の流れを教わった大企業での経験 そんな中、運良く大手IT企業の開発子会社の契約社員になる機会を得ました。高校生の頃に書いていたオンラインソフトの経験があってなんとかチャンスを得た形ですが、最初の契約期間は3か月。結果が出なければ即刻クビです。ですから、もうしがみつくようにコンピュータの前でプログラムを書きまくりました。誰よりも速く、誰よりも品質が高く、そして誰よりも信頼されるように。ちょうど、クラサバアプリとWebアプリの切替期だったこともあり、両方書く力が求められ混沌ともしていました。 そんな中、大手IT企業は『開発標準』というのが徹底的に整備されており、その流れと目的をしっかり通すことになります。これは、開発とはどう行われるべきかの基礎を理解するすばらしい機会となりました。 最終的には約1年半在籍しました。正直な所、きっかけはその際お世話になった課長に拾ってもらったに近い境遇でありましたが、このキャリアは自分自身のレピュテーションを安定させるすばらしい経歴となりました。 ■能力を一気に拡大させたベンチャー企業での経験 次に転職した、株式情報サイトを運営するベンチャー企業には4年いました。ここでの経験は、限界というラインを一気に底上げし、能力という幅を一気に押し広げ、そして企業が成長して行く様を肌で感じる、ハードながらも思い出深い体験でした。 転職したその頃の日記を見ますと、かなりへばっている事がよくわかります。会社の状況が非常に厳しい創業期に入社した事もあり、1ヶ月でサイトをリニューアルする仕事が一番最初の仕事でした。今ではWeb系の開発ではこの水準は珍しくありませんが、この時期はフレームワークを始めとした短期開発の基盤がそれほど出回っていない時期でして、どのようにすれば開発が速くなるのか？というのをほぼ同時期に入社した先輩2人を含めた3人でコードを書きながら試行錯誤したものでした。 また、この会社の社長はパーソナリティが非常に強い方であり、かつサービスの方向性を決定づける重要なポジションに立つ方でした。そのため、社長から適切に要件を吸い上げ、サービスに展開させなければなりません。また、開発期間も短いため、高効率なプロジェクトマネジメントが欠かせません。こうしているうちに、プログラミングばかりではなく、自然と上流工程に興味を持つようになりました。 そして、サービスはソフトを充実させればさせるほど、お客様窓口を手堅くすればするほど、そしてレピュテーションがあがればあがるほど、お客様が増えつつ利益が倍々で増えて行きました。これも、現在成功していると言われているベンチャー企業では当たり前ですが、ソフトウェアサービス事業は製造原価がほぼ固定されていますから、損益分岐点を越えるとその後はほぼ全て売り上げです。 今現在の自分の背景、それは技術やマネジメント、ひいてはお金の流れについての知識と経験は、この頃に確立できました。4年でしたが、何十年も勤めたような気がするほど、密度の濃い時間を過ごせたように思います。 ただ、人間とは慣れが出るもので、最後はちょっと伸び悩みました。その頃のブログにはこう書き残していました。 僕は同じ場所に4年以上いることって、人生ではじめてなんです。 いつもは2~3年ごとに別の土地・学校へ移り、そのたびに新しい人と出会い、生活の場を開拓してきました。 しかし、4年いたせいか「慣れ」が出て、それが今まで自分になかった種類の「甘え」が出始めていたのは事実です。もちろん人間ですから、誰しも甘えは持っていると思うのですが、「安住」し始めていたんです。 僕の今までたどったことって、いつも「新鮮」で「開拓」する流れだったのに、これまでとは全く違う、それも悪い方向に流れるなんて、これはいけない。ってね。<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/02/12/workd-for-10-years/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この4月で、働き始めて10年になります。大学院へ行く事もあり、最近は会社の上司に仕事量の調整を始めてもらっています。そのため、働いているのにも関わらずかつて無いほど余裕のある状況…言うなれば『モラトリアム』に近い日々を過ごしています。</p>
<p>僕は、ちょっと余裕があるといろんな事を考えてしまう性格でして、幾度となくこうしてブログを始めとした表に出るメディアに想いを書く事で整理してきました。もうすぐ10年という事で、これまでを振り返って整理して行きたいと思います。</p>
<p><strong>■どうして働き始めたのか</strong></p>
<p>どうして高卒で働き始めたのか。それは、大学受験に失敗したからです。「東京の予備校でなら合格できる」と今考えたらひどい理屈で東京にわざわざ引っ越させてもらい、予備校に通いつつ慶應義塾大学のSFCを受験しましたが、箸にも棒にもかからず玉砕。最終結果が分かったときに、電話口で父に対して「働きます」と涙を流して詫びた事を昨日のように覚えています。</p>
<p>幸い、住んでいる場所が父が東京に残した家だったため生活費は継続して支援してもらえる事となりましたが、この時2001年は就職氷河期の最悪期。それでも乗り越えなければなりませんから、たくさんの応募書類を書いて面談に通いました。</p>
<p><strong>■開発の流れを教わった大企業での経験</strong></p>
<p>そんな中、運良く大手IT企業の開発子会社の契約社員になる機会を得ました。高校生の頃に書いていたオンラインソフトの経験があってなんとかチャンスを得た形ですが、最初の契約期間は3か月。結果が出なければ即刻クビです。ですから、もうしがみつくようにコンピュータの前でプログラムを書きまくりました。誰よりも速く、誰よりも品質が高く、そして誰よりも信頼されるように。ちょうど、クラサバアプリとWebアプリの切替期だったこともあり、両方書く力が求められ混沌ともしていました。</p>
<p>そんな中、大手IT企業は『開発標準』というのが徹底的に整備されており、その流れと目的をしっかり通すことになります。これは、開発とはどう行われるべきかの基礎を理解するすばらしい機会となりました。</p>
<p>最終的には約1年半在籍しました。正直な所、きっかけはその際お世話になった課長に拾ってもらったに近い境遇でありましたが、このキャリアは自分自身のレピュテーションを安定させるすばらしい経歴となりました。</p>
<p><strong>■能力を一気に拡大させたベンチャー企業での経験</strong></p>
<p>次に転職した、株式情報サイトを運営するベンチャー企業には4年いました。ここでの経験は、限界というラインを一気に底上げし、能力という幅を一気に押し広げ、そして企業が成長して行く様を肌で感じる、ハードながらも思い出深い体験でした。</p>
<p>転職した<a href="http://www.koemu.com/etc/column/2002-07.html">その頃の日記</a>を見ますと、かなりへばっている事がよくわかります。会社の状況が非常に厳しい創業期に入社した事もあり、1ヶ月でサイトをリニューアルする仕事が一番最初の仕事でした。今ではWeb系の開発ではこの水準は珍しくありませんが、この時期はフレームワークを始めとした短期開発の基盤がそれほど出回っていない時期でして、どのようにすれば開発が速くなるのか？というのをほぼ同時期に入社した先輩2人を含めた3人でコードを書きながら試行錯誤したものでした。</p>
<p>また、この会社の社長はパーソナリティが非常に強い方であり、かつサービスの方向性を決定づける重要なポジションに立つ方でした。そのため、社長から適切に要件を吸い上げ、サービスに展開させなければなりません。また、開発期間も短いため、高効率なプロジェクトマネジメントが欠かせません。こうしているうちに、プログラミングばかりではなく、自然と上流工程に興味を持つようになりました。</p>
<p>そして、サービスはソフトを充実させればさせるほど、お客様窓口を手堅くすればするほど、そしてレピュテーションがあがればあがるほど、お客様が増えつつ利益が倍々で増えて行きました。これも、現在成功していると言われているベンチャー企業では当たり前ですが、ソフトウェアサービス事業は製造原価がほぼ固定されていますから、損益分岐点を越えるとその後はほぼ全て売り上げです。</p>
<p>今現在の自分の背景、それは技術やマネジメント、ひいてはお金の流れについての知識と経験は、この頃に確立できました。4年でしたが、何十年も勤めたような気がするほど、密度の濃い時間を過ごせたように思います。</p>
<p>ただ、人間とは慣れが出るもので、最後はちょっと伸び悩みました。<a href="http://www.koemu.com/blog/2006/07/30/4cdhath/">その頃のブログ</a>にはこう書き残していました。</p>
<blockquote><p>僕は同じ場所に4年以上いることって、人生ではじめてなんです。<br />
いつもは2~3年ごとに別の土地・学校へ移り、そのたびに新しい人と出会い、生活の場を開拓してきました。<br />
しかし、4年いたせいか「慣れ」が出て、それが今まで自分になかった種類の「甘え」が出始めていたのは事実です。もちろん人間ですから、誰しも甘えは持っていると思うのですが、「安住」し始めていたんです。<br />
僕の今までたどったことって、いつも「新鮮」で「開拓」する流れだったのに、これまでとは全く違う、それも悪い方向に流れるなんて、これはいけない。ってね。</p></blockquote>
<p><strong>■多くのお客様を巡った3社目</strong></p>
<p>3社目は、地域ポータルサイトやEコマースサービスを立ち上げるSI会社に勤める事になりました。</p>
<p>この会社は広島県の福山市にあり東京に本社が無いベンチャー企業でしたが、商品開発を通じてレピュテーションが上昇している時期で、自社サービス開発・展開を強化する任に着く事になりました。</p>
<p>お客様は北こそ東京どまりでしたが、南は鹿児島にまでありまして、1ヶ月に数回は出張に出かけました。地域を盛り立て、ビジネスを盛り立てるお手伝いができ、非常に楽しい仕事ができました。また、これほどインターネットサービスが普及していても、最新の情報、特に技術情報が東京に一極集中状態であり、東京以外の地域をまわる事で日本全体のITリテラシーを底上げできるのではないのかと思う事もありました。</p>
<p>しかし、これまでと違ったのは社内調整の難しさという洗礼に遭いました。正直、これを通じて自分が精神的に弱かったことを露呈する結果になった事は、苦い思い出です。前職は、社長の元で全社挙げて行動を起こしていたため、価値観が1点に収束していたためあまり気にせずに仕事ができていた事を、このときに知ったのでした。また、今後の仕事での重要な示唆に富んだものでもありました。</p>
<p>最終的には追われるように去った、1年半でした。</p>
<p><strong>■コンピュータサイエンスの大切さを知った中継ぎ期間</strong></p>
<p>今の会社に勤め始める前、3ヶ月ほど間が空いた期間がありました。</p>
<p>その際、特別な仕組みの元に運営されている機関の研究所に、プログラミングのアルバイトという形で少しだけ仕事をしていました。そこで、自然言語処理のことを学びながら、久々にプログラミングの没頭する毎日でした。同時に、プログラミングをする上での<a href="http://www.koemu.com/blog/2008/03/06/algorithm/">コンピュータサイエンスの知識の無さを痛感</a>しました。今、大学院に通う選択の原点はここにあります。</p>
<p>また、この頃からスキーや自転車を始めとした、今につながるアウトドアのアクティビティに再び始めることにもなります。仕事が限定されていた事、そして一緒に働いていた方もプライベートを充実させる事を大切にされていた事が影響したのでしょう。こういったバランスを取る事で、仕事に対しても広い視野で取り組めるようになった事は大きな出来事でした。</p>
<p>そして、大組織を通じて人のつながりの大切さを感じました。1年目の時には感じませんでしたが、多分<a href="http://www.koemu.com/blog/2008/03/31/win-win/">見る視点が変わってきた</a>のだろうと思います。</p>
<blockquote><p>大企業、特に創業から数十年経過している大企業と言うのは『人を大切にする』土壌が整っていることが多いように感じます。<br />
その反面、中小企業は年がら年中「人が足りない」と言って求人広告を出し続けます。この費用を、少しでも人を大切にする、たとえば人材教育にまわすことができたなら、人を増やさずも社内に「会社の価値を高める人」が増えていくのに。と思いました。</p></blockquote>
<p><strong>■多彩な価値観に置かれる現在</strong></p>
<p>今の会社に勤めるようになって、もうすぐ3年になります。</p>
<p>入社時、人員のリストラの直後でした。すぐ転職とならなかったのは、これが原因だったのです。社内は大変混沌としており、時には「あなたは何をしにきたのだ」とさえ言われました。僕には、技術者としての任務もさることながら、その裏には会社の状況を変革してほしいという命題が経営層からありました。また、ここは元はゲーム会社ですが、僕が入社する頃から様々な出身者…SI・TV業界・通信会社・専門学校関係者など、多彩な価値観をもつ人が増え、ゴールへの焦点の当て方を考えるにも簡単でないのも、事を難しくしました。</p>
<p>まず、2ヶ月で公式携帯サイトの立ち上げと言う、久々ハイスピードなプログラミングからスタートです。続いて、会社の文化をよりよくしようと創造と変革のための活動を通じ、社内の風紀や規律を整えることもやりました。ITインフラも大変な状況でしたので、なんとか投資をし再整備に理解をしてもらおうと説明に走り回った事も、つい最近のことです。</p>
<p>今年度に入り、ようやく本領を発揮できるSIに関するマネジメントや技術要件・設計に携われるようになり、落ち着いて仕事に取り組めるようになりました。その甲斐あって、大学院を目指す準備もしっかり行う事ができました。僕自身ではまだまだとはいえ、組織的にビジネスを進めるスタイルも様になり、一段落です。</p>
<p>ただ、入社した頃から続く憎まれ役として耐えなければならない状況は続いています。そんな中、今年度から部署を支えてくれる2人の上司に助けを得ながら、なんとか自分の身を立てつつビジネスへ最大限貢献する事に集中するよう、能動的に意識する毎日です。精神的にはまだまだ独り立ちとは行っていませんが、次に自分がそう言った立場になった際の糧になるよう学び続ける事を忘れないようにしたいと思っています。</p>
<p>その傍ら、<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/10/30/bpstudy38/">外部の勉強会の参加・発表</a>もより積極的に取り組むようになりました。勉強会を通じ、仲間を社内ばかりではなく社外を通じて広く求め、あわよくばパートナーとして一緒にビジネスを進める形態を推進しています。これは徐々に成果が出てきており、これからの中小IT企業はこうしていくことで強みを補完すればまた面白いビジネスを展開できるのではと想像が膨らむ毎日です。そのためには、まずは発信が必要だということも身をもってわかりました。</p>
<p><strong>■これまでとこれから</strong></p>
<p>正直なことを言うと、プログラミングの知識をもっと専門化・先鋭化させたかったなと思っています。ちょうど僕の年代の人で、プログラミングに長け内外からの評価が高い人を見るようになりました。そうして行ければ身を立てやすく、かつ自身の元に集まる人も増やしやすいのではと思うと、うらやましいのです。自分の能力には、目に見えてレピュテーションや結果が出ていると実感できる事は無いものですから。</p>
<p>ただ、こうして10年の歩みを考えると、経緯的にも能力をプログラミングに先鋭化する方向にはなりませんでした。自分が意識的にやらなかったせいはありますし、至近で必要とされるものを自分なりに広く考えて行った結果、こうなっています。最高の結果ではないのですが、少しの成果と明日につながる道はできました。</p>
<p>4月から筑波大学で経営の勉強をしつつコンピュータサイエンスを学ぶにあたって、今は花咲いていないITに関する技術と経営の2側面からのマネジメント…最後は決断力を高めることに力を注ぎ、今注目されている彼らとはまた違った価値・成果を世間に提供していきたい、そう言う想いです。そして、何かの導きでそういう機会を頂けたと理解しています。</p>
<p>また、決断の環境をよりよくする取組みとして、仲間の大切さや精神的な強さを仕事を通じて培い続けられるよう、取組むばかりです。</p>
<p>そして、お世話になった全ての方々への御礼は、自分が出す結果にあると理解しています。</p>
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		<item>
		<title>2010年12月・2011年1月の滑走記録 &#8211; 滑りの幅を広げよう</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/02/04/ski-201101/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/02/04/ski-201101/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 03 Feb 2011 17:38:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[スキー]]></category>

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		<description><![CDATA[待ちに待ったスキーシーズンが始まりました！雪は降り出しこそ遅かったものの、1月の時点でどこも十分な積雪があるようです。西側のエリアでは、災害の水準まで降っているのが悩ましいですが…。 GALA湯沢スキー場 12月:1日 YAMABOKUワイルドスノーパーク(山田牧場スキー場) 1月:1日 安比高原スキー場 1月:2日 八幡平リゾート 下倉スキー場 1月:1日 八幡平リゾート パノラマスキー場 1月:1日 総滑走日数 12月:1日, 1月:4日 でした。滑走日毎の詳しい話は『[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/02/04/ski-201101/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>待ちに待ったスキーシーズンが始まりました！雪は降り出しこそ遅かったものの、1月の時点でどこも十分な積雪があるようです。西側のエリアでは、災害の水準まで降っているのが悩ましいですが…。</p>
<div><a title="IMG_0901" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5413742704/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5054/5413742704_0421aac239_m.jpg" border="0" alt="IMG_0901" width="240" height="180" /></a></div>
<p><a href="http://www.galaresort.jp/" target="_blank">GALA湯沢スキー場</a> 12月:1日<br />
<a href="http://www.yamaboku.jp/" target="_blank">YAMABOKUワイルドスノーパーク</a>(山田牧場スキー場) 1月:1日<br />
<a href="http://www.appi.co.jp/" target="_blank">安比高原スキー場</a> 1月:2日<br />
<a href="http://www.hachimantai.co.jp/" target="_blank">八幡平リゾート</a> 下倉スキー場 1月:1日<br />
<a href="http://www.hachimantai.co.jp/" target="_blank">八幡平リゾート</a> パノラマスキー場 1月:1日<br />
総滑走日数 12月:1日, 1月:4日</p>
<p>でした。滑走日毎の詳しい話は『<a href="http://d.hatena.ne.jp/koemu/searchdiary?word=%2A%5B%A5%B9%A5%AD%A1%BC%5D" target="_blank">[スキー] &#8211; 週刊 スポーツこえむ &#8211; 自転車とスキーの記録</a>』をご覧ください。</p>
<p><strong>■いろんな人と滑りに行こう</strong></p>
<p><a href="http://www.koemu.com/blog/2010/04/11/ski-201003/">昨年までは</a>ほぼ毎週、一人で日帰りスキーに出かけていました。それはそれでいいんですが、やっぱり物足りないんですよね。明日も滑りたい！と考えても日帰りですから叶いませんし、何より一人で行ってばかりいるとつまんなくなってくるんですよね。</p>
<p><a title="IMG_0873 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5407517593/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5095/5407517593_337b17f180_m.jpg" alt="IMG_0873" width="240" height="180" /></a></p>
<p>そんな中、昨年から人の出会いの幅が広がっているせいか、今年からようやくいろいろな方と滑りに行く機会が出てきました。YAMABOKUの日帰りに始まり、月末は安比高原・八幡平リゾート 3日間の旅に行くこともできました。昨年から希望していたことでもあったので、本当に良かったです。</p>
<p>スノーボーダーやフリースタイルスキーヤーの人は、人と一緒に滑ることを「セッション」と呼びます。思い思いに、しかし一緒に滑る。音楽と同様、まさに人とのコラボレーションを通じて新しい楽しみを生み出すことができます。</p>
<p><strong>■いろんなシチュエーションを滑ろう</strong></p>
<p>スキー・スノーボードは、2度同じコンディション、同じ軌跡を滑ることはありません。そして、人によって好むコンディションや斜面が違います。パウダー、グルーミング、ツリーラン、コブ…まだまだあります。思い浮かべると、こんなにあったんだろうかと驚きます。</p>
<p><a title="IMG_0800 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5408098684/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5171/5408098684_42629bfb4f_m.jpg" alt="IMG_0800" width="240" height="180" /></a></p>
<p>一人で滑っていると、どうしても自分自身が好むシチュエーションばかりになりがちです。しかし、知人・友人と滑りに行くと、各々が好きなバーンを選びながら滑ることになります。そうすると、自分が今まであまり経験のしたことの無いシチュエーションを滑ることにもなり、自然と自分自身の滑りに幅が出てきます。</p>
<p>そうしているうちに、自分の好きなシチュエーションに戻った時、以前よりもぐっと滑りの要領が変わってきます。不思議なものですね。</p>
<p><strong>■ガッツリ滑ることができるのは一旦今シーズンまで</strong></p>
<p>4月から大学院生活が始まります。仕事との2足のわらじです。そう考えると、最低2年間は滑りに行くことは難しくなります。また、お金のことを考えると正直なところ気楽にいられるわけではありません。だからこそ、滑走日数を維持しつつも安く・楽しく行く方法を見つけて滑りに行くことが大切なシーズンでもあります。</p>
<p><a title="IMG_0802 by koemu, on Flickr" href="http://www.flickr.com/photos/koemu/5407489171/"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5099/5407489171_e05cebcc6b_m.jpg" alt="IMG_0802" width="240" height="180" /></a></p>
<p>人との出会いに感謝しつつ、空からの恵みを享受しつつ、今シーズンも楽しんでやろうと思います。そして、3月までお誘い大歓迎であります！ twitter や Facebook でお声がけ頂けたら幸いです。</p>
<p>しかし、フリーライド用のセミファットスキーが欲しくなってきた今日この頃…。いかんいかん！</p>
<p>■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157625549789011/" target="_blank">Ski, 2010-2011 Season &#8211; a set on Flickr</a><br />
■<a href="http://www.flickr.com/photos/koemu/sets/72157625954333194/" target="_blank">安比高原と八幡平リゾート スキー・スノボの旅 2011 &#8211; a set on Flickr</a></p>
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		<item>
		<title>大学へ進学する意味はどこまであるのだろう</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/01/24/meaning-that-go-to-college/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/01/24/meaning-that-go-to-college/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 23 Jan 2011 15:35:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[私の考え]]></category>

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		<description><![CDATA[■大卒内定率がかなり低いらしい 『社説：大卒内定率６８．８％　大寒波で春が見えない &#8211; 毎日ｊｐ(毎日新聞)』 『図録▽就職内定率の推移（大卒）- 社会実情データ図録』 ここ2〜3年、大卒内定率ががくんと下がっている報道をよく聞きます。実際、2009年度以降から下がり基調です。ちょっと前まで売り手市場、さらに僕らが働き出した2000年前半は就職氷河期と言われ内定率が低い時代でありました。 そんな中、中小企業に勤めているともうちょっと人がいてもいいなと考えますが、それではがさっと人を取るのかというと取りません。僕が生業としているコンピュータエンジニアというのは、ただ単に人を増やせばいいのではなく、コンピュータの知識を獲得し商品に形作る力が無くてはなりません。若い人に教えることができない訳ではありませんが、全くプログラムが書けない人に教える時間はありません。Web関連開発であれば、小さくても1本でもいいですから個人でサービスをあげたことがある力が欲しいのが現場の希望です。 ■海外からの雇用が増えているようだ ここ最近、内定率が下がっている割には、海外から人材を迎える事例が増えているようです。 『電機各社 新卒採用で外国人増　NHKニュース』 『増大し始めた外国人新卒採用。中国人は7万3000人弱 &#8211; 東洋経済オンライン』 NHK ニュースによると、新興国で展開するにあたって現地に精通した人を雇おうという考えです。それ以上に重たい内容が、東洋経済の記事にある『優秀な人材を確保するため』という理由です。能力が高ければ国籍はあまり気にしませんという企業の姿勢が見えています。 以前、ベトナムへ足を運んだ際に感じたのは、大学へ進学して勉強している学生の方々は一所懸命に勉強しているのです。また、一例としてコンピュータサイエンスの勉強をする場合は日本のように母国語の技術書が充実している訳ではないので、必然的に同時に英語の勉強も進んでいます。既に働いている自分でさえ危機感を持ちました。「食べるために」そして「成長の最前線に立ちたい」という意識の強さが、そうさせているのでしょう。 ■大学へ行く意味があるのか では、働いて食べるにあたって大学へ行く意味があるのか？と考えます。僕はありだと考えますが、それは条件付きです。ぱっと浮かぶのは次の3つ。<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/01/24/meaning-that-go-to-college/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■大卒内定率がかなり低いらしい</strong></p>
<p>『<a href="http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110119k0000m070118000c.html" target="_blank">社説：大卒内定率６８．８％　大寒波で春が見えない &#8211; 毎日ｊｐ(毎日新聞)</a>』<br />
『<a href="http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3160.html" target="_blank">図録▽就職内定率の推移（大卒）- 社会実情データ図録</a>』</p>
<p>ここ2〜3年、大卒内定率ががくんと下がっている報道をよく聞きます。実際、2009年度以降から下がり基調です。ちょっと前まで売り手市場、さらに僕らが働き出した2000年前半は就職氷河期と言われ内定率が低い時代でありました。</p>
<p>そんな中、中小企業に勤めているともうちょっと人がいてもいいなと考えますが、それではがさっと人を取るのかというと取りません。僕が生業としているコンピュータエンジニアというのは、ただ単に人を増やせばいいのではなく、コンピュータの知識を獲得し商品に形作る力が無くてはなりません。若い人に教えることができない訳ではありませんが、全くプログラムが書けない人に教える時間はありません。Web関連開発であれば、小さくても1本でもいいですから個人でサービスをあげたことがある力が欲しいのが現場の希望です。</p>
<p><strong>■海外からの雇用が増えているようだ</strong></p>
<p>ここ最近、内定率が下がっている割には、海外から人材を迎える事例が増えているようです。</p>
<p>『<a href="http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110122/t10013565751000.html" target="_blank">電機各社 新卒採用で外国人増　NHKニュース</a>』<br />
『<a href="http://www.toyokeizai.net/life/rec_online/success/detail/AC/ec661650deabc442eba4932b0b7a40a0/page/1/" target="_blank">増大し始めた外国人新卒採用。中国人は7万3000人弱 &#8211; 東洋経済オンライン</a>』</p>
<p>NHK ニュースによると、新興国で展開するにあたって現地に精通した人を雇おうという考えです。それ以上に重たい内容が、東洋経済の記事にある『優秀な人材を確保するため』という理由です。能力が高ければ国籍はあまり気にしませんという企業の姿勢が見えています。</p>
<p>以前、<a href="http://www.koemu.com/blog/2009/09/08/ho-chi-minh-city/">ベトナムへ足を運んだ</a>際に感じたのは、大学へ進学して勉強している学生の方々は一所懸命に勉強しているのです。また、一例としてコンピュータサイエンスの勉強をする場合は日本のように母国語の技術書が充実している訳ではないので、必然的に同時に英語の勉強も進んでいます。既に働いている自分でさえ危機感を持ちました。「食べるために」そして「成長の最前線に立ちたい」という意識の強さが、そうさせているのでしょう。</p>
<p><strong>■大学へ行く意味があるのか</strong></p>
<p>では、働いて食べるにあたって大学へ行く意味があるのか？と考えます。僕はありだと考えますが、それは条件付きです。ぱっと浮かぶのは次の3つ。</p>
<ul>
<li>興味のある分野の研究に打ち込みたい</li>
<li>専門知識を得て社会に出たい</li>
<li>とにかく学歴が必要 (特に医者・公務員など)</li>
</ul>
<p>少なくても、のんびりとモラトリアムの時間として過ごす場ではないことは確かです。そんなことをしていれば、先のニュースのように外国の新卒、特にアジア各国からやってくる成長に貪欲な同世代にどんどん仕事を持って行かれることでしょう。</p>
<p>また、就職活動は3年目から始めますが、勉強よりも就活のほうが忙しそうな学生さんも見ます。就職フェアに参加して、会社説明会に行って、OB &amp; OG 訪問をして、エントリーシート(ES)を書いて、何社も面接して…と就職するために活動しているはずが、いつの間にか働き出してから必要な力をつける機会を逸しているというのは、何と言う矛盾でしょうか。文系ならまだしも、理系だと卒論が待っている学生さんは多いはずですから、さらにきついですよね。</p>
<p><strong>■先に働けや</strong></p>
<p>自分自身と比べるのは極端かもしれませんが、そんなことをしているのであれば高卒で働けと思うのです。20歳前後というのは、体力的にどんなに無理をしてもすぐに回復してしまいますし(※1)、ものすごく頭が回転して物事を吸収しやすい年頃です。今の礎は20代前半につけたと自信を持って言えます。アラサーになった今、同じようにみっちり働いて、ぎっしりと知識を得るのはちょっと難しいです。そんな時期を大学で浪費するのは、もったいなくてもったいなくて見てられません。</p>
<p>いや、お前はたまたま運がよくて、さらにプログラムが書けただけだろう！という人もいるでしょうから、百歩譲って言うと、専門知識を必要とされるアルバイトをすればいいんじゃないかと思います(※2)。例えば、プログラマのバイトとして学生を雇い入れる会社は探せばいくつもありますし、そうして力をつけた人も見てきました。商品作りを通して技術力を養いながら、社会人としての身構えを実地で感じ、そして報酬(＝お金)をいただくというのは、ありがたい話です。</p>
<p>働くと、自分の世代とは違う…それも年上ばかりのコミュニティに飛び込むことになりますので、視野が変わってくるはずです。社会というのはこれほどまでに多様で、厳しく、そして生きる手応えがあるのかと日々感じることができます。僕の20代前半はそう言う時間でした。</p>
<p>コンピュータエンジニアほど専門知識を要しない仕事でもいいかとは思いますが、専門的であればあるほど自分の仕事の責任が重くなりやすいので、より短期間で実力を高めることができるはずです。特に、コンピュータエンジニアは当たり外れや会社の相性が大きく出るので、若いときに実績があるのは強力な武器になります。</p>
<p><strong>■後でも勉強できる</strong></p>
<p>ちょっと大変ですが、<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/">後で勉強するチャンス</a>もあります。これは、今年の春以降どうなるか身を持って感じて行こうと考えています。少なくても、勉強するモティベーションは高校を出た10年ほど前と今とでは全く違うことは間違いありません。学費も自腹ですから、覚悟も違いますしね。</p>
<p>もうここまでくると覚悟の強さの違いです。</p>
<p>活きのいい中小企業、名の知れた大企業(の一部)で勤めようと希望すればするほど(※3)、「即戦力」として活躍するための実力をつけておかなければならない。そうしなければ、アジア各国からやってくる同世代にどんどんポジションをもって行かれ、何の仕事も無い状況になることは想像に難くない、そう言う時代になったということでしょうか。少なくても、モラトリアムとしての大学進学という選択肢は無いのです。</p>
<p>もちろん、今、現役で働いている僕らも、このことは忘れてはならないのは言うまでもありません。</p>
<p>※1 23歳の頃に倒れたりしましたが、それは肉体の疲労ばかりでなく精神的なプレッシャーも重なったことが原因です。精神疲労は寝ただけでは回復できませんから気をつけてください。</p>
<p>※2 二部を設ける大学が減ったので、勤労学生はちょっと難しいかもしれません。</p>
<p>※3 研究職や起業となるとまた違うと思いますが、どちらにしても中途半端で続けることはできません。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>サラリーマンとして積極的に生きてみようじゃないか</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2011/01/21/be-proud-of-white-collar-worker/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2011/01/21/be-proud-of-white-collar-worker/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 20 Jan 2011 18:13:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[私の考え]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1209</guid>
		<description><![CDATA[■僕にはやりたいことは無い 普段、僕はIT系の中小企業に勤めています。 僕には、明確な目標や、興したい事業というのは特にもっていません。どちらかというと、自分の所属している組織のリーダーの想いをよく理解するようにして、それに対してどうやれば自分が貢献できるのかを考えながら働くことをモットーとしています。そんな生活が一つの幸せであります。 これは一人で活躍できないことを自分で肯定しているのですが、別の側面で考えると、組織の中で押さえるべきところを押さえる自信が自分の中に定着してきたことを肌で感じているのです。 ■独立する気は今は無い 積極的にビジネスをやろうとすると、すぐに「独立」というキーワードが出がちです。特に、IT業界にいるとその傾向がより強くあります。 独立というと会社の鎖から解き放たれて自由に動き回れると想像しがちです。僕もそう考えた時期がありました。人は…独立した人、サラリーマン関係なく、僕に対して独立を薦められることがあります。そのときに出る共通したキーワードは「実力があるからできる」。 しかし、自分自身が今取り組んでいるビジネスは独立しないとできないことなのかと考えたとき、必要性が低いことがわかってきました。自分自身が今やりたいことはできているし、独立すると逆に実現が難しくなる。十分な理由でした。 ■独立すると別の苦労があるはずだ 独立した人に、独立後どの辺で困ったことがあるか聞いたことがありました。一番多かったのは、帳簿の話です。会社に勤めていると、会社のお金の出入りは経理の人がやってくれます。しかし、独立すると先ずは自分でやらなくてはなりません。税理士さんに頼む人もいるのでしょうが、今度はお任せするためのお金がかかります。 続いて、資金調達のことでした。蓄えがあったとしてもいつかは無くなりますから、定期的に売り上げがあがるようにお客様を掴まなくてはなりません。おおっと、そうすると今度は営業活動が必要です。つてがあればいいでしょうが、無ければ飛び込み営業も辞さない構えです！ でも、こんなことはおそらく小さなことなのかもしれません。本当にやりたいビジネスがあれば、乗り切る精神力が自分にみなぎってくるんじゃないかと考えたからです。少なくても、独立する気になって大きなリスクと感じるポイントにはなりません。 そんな中、僕が最も気にしたのは、仲間です。 Co-Founder がいるかどうか、そしてその後は名も無くどこの骨かもわからない会社に勤めてくれる人が果たして現れるのか。今、中小企業に勤めている時点で非常に困っているのに、独立なんてしたら尚更大変になることは目に見えています。 ■会社という環境を見返してみる 会社に勤めているサラリーマンである僕は、会社という傘に守られています。まず、定期的に払われるお給料や健康保険をはじめとした福利厚生があります。続いて、仕事をするための道具、僕なら什器とコンピュータが備え付けてあります。そして、自分ではできないことを支えてくれる仲間がいます。 仲間というのはとても重要で、自分だけでは手が回らない部分、そして自分ができないことをやってのけられる人です。それは、相手にとっても同じこと。そんな中で会社という組織の中で決めた目標に対して、おのおのが分担し、時にはずる賢く使うことで事に当たります。仕事をするにあたって当たり前のことは、会社だから容易にできるのです。 しかし、まわってきた仕事の中に自分の会社では担当できる人がいないこともあります。そんなときは、パートナーとなる会社とともに活動することも選択することができます。そのときに使うのは、会社が培った信用と、実績です。もちろん、相手のその部分を見て来ます。それを構築する一旦は、自分が担うのです。 ■アグレッシブ<a href="http://www.koemu.com/blog/2011/01/21/be-proud-of-white-collar-worker/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■僕にはやりたいことは無い</strong></p>
<p>普段、僕はIT系の中小企業に勤めています。</p>
<p>僕には、明確な目標や、興したい事業というのは特にもっていません。どちらかというと、自分の所属している組織のリーダーの想いをよく理解するようにして、それに対してどうやれば自分が貢献できるのかを考えながら働くことをモットーとしています。そんな生活が一つの幸せであります。</p>
<p>これは一人で活躍できないことを自分で肯定しているのですが、別の側面で考えると、組織の中で押さえるべきところを押さえる自信が自分の中に定着してきたことを肌で感じているのです。</p>
<p><strong>■独立する気は今は無い</strong></p>
<p>積極的にビジネスをやろうとすると、すぐに「独立」というキーワードが出がちです。特に、IT業界にいるとその傾向がより強くあります。</p>
<p>独立というと会社の鎖から解き放たれて自由に動き回れると想像しがちです。僕もそう考えた時期がありました。人は…独立した人、サラリーマン関係なく、僕に対して独立を薦められることがあります。そのときに出る共通したキーワードは「実力があるからできる」。</p>
<p>しかし、自分自身が今取り組んでいるビジネスは独立しないとできないことなのかと考えたとき、必要性が低いことがわかってきました。自分自身が今やりたいことはできているし、独立すると逆に実現が難しくなる。十分な理由でした。</p>
<p><strong>■独立すると別の苦労があるはずだ</strong></p>
<p>独立した人に、独立後どの辺で困ったことがあるか聞いたことがありました。一番多かったのは、帳簿の話です。会社に勤めていると、会社のお金の出入りは経理の人がやってくれます。しかし、独立すると先ずは自分でやらなくてはなりません。税理士さんに頼む人もいるのでしょうが、今度はお任せするためのお金がかかります。</p>
<p>続いて、資金調達のことでした。蓄えがあったとしてもいつかは無くなりますから、定期的に売り上げがあがるようにお客様を掴まなくてはなりません。おおっと、そうすると今度は営業活動が必要です。つてがあればいいでしょうが、無ければ飛び込み営業も辞さない構えです！</p>
<p>でも、こんなことはおそらく小さなことなのかもしれません。本当にやりたいビジネスがあれば、乗り切る精神力が自分にみなぎってくるんじゃないかと考えたからです。少なくても、独立する気になって大きなリスクと感じるポイントにはなりません。</p>
<p>そんな中、僕が最も気にしたのは、仲間です。 Co-Founder がいるかどうか、そしてその後は名も無くどこの骨かもわからない会社に勤めてくれる人が果たして現れるのか。今、中小企業に勤めている時点で非常に困っているのに、独立なんてしたら尚更大変になることは目に見えています。</p>
<p><strong>■会社という環境を見返してみる</strong></p>
<p>会社に勤めているサラリーマンである僕は、会社という傘に守られています。まず、定期的に払われるお給料や健康保険をはじめとした福利厚生があります。続いて、仕事をするための道具、僕なら什器とコンピュータが備え付けてあります。そして、自分ではできないことを支えてくれる仲間がいます。</p>
<p>仲間というのはとても重要で、自分だけでは手が回らない部分、そして自分ができないことをやってのけられる人です。それは、相手にとっても同じこと。そんな中で会社という組織の中で決めた目標に対して、おのおのが分担し、時にはずる賢く使うことで事に当たります。仕事をするにあたって当たり前のことは、会社だから容易にできるのです。</p>
<p>しかし、まわってきた仕事の中に自分の会社では担当できる人がいないこともあります。そんなときは、パートナーとなる会社とともに活動することも選択することができます。そのときに使うのは、会社が培った信用と、実績です。もちろん、相手のその部分を見て来ます。それを構築する一旦は、自分が担うのです。</p>
<p><strong>■</strong><strong>アグレッシブ サラリーマン</strong></p>
<p>「会社じゃ足かせが一杯ある」って思いがちですが、どの会社にも独立するよりアドバンテージになることは必ず存在しています。この点、独立を促そうとしている人が余り語らない点でもあります。</p>
<p>僕は、会社の傘の中で最大限自分が楽しんで取り組める、そして仲間と貢献し合える仕事をやることに集中するようにしています。これは、一人では何にもならないマネージャ職についている人はこの点を強く感じていただけるはずです。そして、中小企業に勤めていることを利用して、より自由な選択肢を自分の中に作ることができています。今年の春から大学院に通いながら仕事をする選択肢もその一つ。やることはやる、そしてそのぶん自分の希望も通す。強い権限の人にすぐにリーチできる中小企業だからこそスムーズにできています。</p>
<p>少なくても、20〜40代の時代は、こうして自分の活動をベースにして、上長、ひいては会社の経営層に対して緊張感をお互い保ちながら仕事ができます。名実共自分自身の必要性が確認されれば、会社の経営層はポジションを作らざるを得ません。もし、作られなかったら別の会社に行くだけです。逆の場合は、大変ですね。両者緊張感が必要なんです。そういえば、日経新聞の「私の履歴書」へ執筆される経営者の方は、サラリーマンからの叩き上げの方が多いですよね。</p>
<p>だから、会社の傘に守られていることはあっても、決して盾にしてはいけないのです。</p>
<p><strong>■僕は中小企業がいい</strong></p>
<p>会社は会社でも、大企業だと、確かに組織の傘が手厚い代わりに、自分の選択肢はかなり制限されます。やることが先鋭化されているともいえますし、そうして行くうちに自分の力が枯れる方向に向かうのではという危機感があります。守られすぎて、安住してしまうのでしょう。</p>
<p>だから、僕は積極的に中小企業に勤めるようにしています。トップとの距離も近いし、自分の活動の場もある程度コントロールしつつ自由が利きます。あわよくば、部分的に主導権を握れます。中小企業にいて、上長や経営層の言いなりで終わるのは、本当にもったいないと思います。経営方針を逸脱しない範囲で結果を出すべく自由に活動できる環境があるのだから。</p>
<p>もし、会社の制約がきついとしたら、それはスタッフ全員の価値観が会社組織の中で統一に向かっていないのでしょう。大企業のような多種多様な人がいるところならいざ知らず、中小企業で起きるとしたら悩ましい問題ではあります。でも、それに対して働きかけができるのも中小企業の良さです。僕も何度となくやりました。価値観が近ければ、ルールは最低限でいいのです(※1)。</p>
<p>全部が全部自由なんて世界は無いでしょうし、もしあったとしたらそれはそれ相応の義務が降り掛かってくるはずです。少なくても、独立は自由を手に入れる手段じゃないという理解です。</p>
<p><strong>■僕の考えはまだ枯れていない</strong></p>
<p>今の話、具体的な話はまだ多くありません。今、まさに取り組んでいるところだから、中身が枯れていないのです。ポジションが明確になるということは、それはもう枯れ始めているともいえます。分かりにくい話になってしまっているのですが、頭の中を引っ張り出すとこうなっていました。</p>
<p>極端な話をすれば、明日、気が変わって独立を選択するかもしれません。</p>
<p>その反面、変わらないものとして、全ての判断は過去の判断から続いてきていて、明日もその判断の連続が続きます。生まれ変わったように判断の連続が断絶することはありません。過去の選択の結果が今であって、今の選択が明日を決めています。そう考えたら、緊張感は常にもてます。</p>
<p>※1 あえて約束しているルールがあり、それは「&#8221;お金&#8221;, &#8220;人員&#8221;, &#8220;失敗&#8221; については必ず相談・報告する」ことです。シンプルですが、ビジネスで判断を迫られる際に必ず出てくる要素です。</p>
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		<item>
		<title>2010年の師走は催しづくし！ &#8211; 立ち位置を見い出せ</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2010/12/30/more-events/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2010/12/30/more-events/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 30 Dec 2010 02:00:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[催し]]></category>

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		<description><![CDATA[今年の年末は、例年にないイベントづくしの時期となりました。ワイワイガヤガヤ、年末ならではの楽しみですよね。 ■これだけイベントがあったけど… 参加したイベントは4つあります。 1981忘年会 #4 hbstudy #18 (発表は「写真で見るGPGPUサーバの選び方」) Facebook 忘年会 (LTの模様は、Ustreamの録画 をご覧ください) 第1回 MongoDB JP &#38; CouchDB JP 合同勉強会 in<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/30/more-events/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今年の年末は、例年にないイベントづくしの時期となりました。ワイワイガヤガヤ、年末ならではの楽しみですよね。</p>
<p><strong>■これだけイベントがあったけど…</strong></p>
<p>参加したイベントは4つあります。</p>
<ul>
<li><a href="http://yusukebe.com/archives/10/12/06/105158.html" target="_blank">1981忘年会 #4</a></li>
<li><a href="http://heartbeats.jp/hbstudy/ " target="_blank">hbstudy</a> #18<br />
(発表は「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/12/hbstudy18/">写真で見るGPGPUサーバの選び方</a>」)</li>
<li><a href="http://www.facebook.com/#!/event.php?eid=161879623842934" target="_blank">Facebook 忘年会</a><br />
(LTの模様は、<a href="http://www.ustream.tv/recorded/11501433" target="_blank">Ustreamの録画</a> をご覧ください)</li>
<li> <a href="http://d.hatena.ne.jp/doryokujin/20101118/1290025591" target="_blank">第1回 MongoDB JP &amp; CouchDB JP 合同勉強会 in Tokyo</a><br />
(こちらも <a href="http://www.ustream.tv/discovery/recorded/all?broadcast=6502808" target="_blank">Ustreamの録画</a> があります)</li>
</ul>
<p>ただ、本当は行きたかったのだけれど、参加を断念したイベントもいくつか。</p>
<ul>
<li><a href="http://xbrl-study.pbworks.com/" target="_blank">XBRL勉強会</a> #16</li>
<li>自然言語処理研究に関わる人の忘年会</li>
</ul>
<p>この12月は体調を3回も崩してしまい、全てに参加することができませんでした。今年は仕事とMBA受験を平行して進めていたせいでしょうか、ほっとしたこの時期に一気に体調不良が出てしまったのかなと反省しております。体を鍛えて、体調管理を万全に整えた上でこれですから、全部行けなかったことに少し悔しささえあります。</p>
<p>(出られなかったイベントの幹事さん、すいませんでした…。)</p>
<p><strong>■空前のイベントブーム</strong></p>
<p>Twitter 上を始め、多くのところで「最近は勉強会・イベントが非常に多いよね」という話を聞きます。IT系の仕事に携わる人が集う催し自体はずいぶん前からありますが、イベント予約システムである <a href="http://atnd.org/events.rss" target="_blank">atnd の RSS</a> を見ていると、同じ日にいくつものイベントがあることがよくわかり、なるほどと頷くばかりです。</p>
<p>これだけイベントが催されていますと、このブログをご覧頂いている方も少なくても一つは足を運ばれていると思います。でもなぜ、こんなにイベントが催されているのでしょうか。</p>
<p><strong>■会社内のコミュニティだけでは限界がある</strong></p>
<p>僕は、IT系ベンチャー企業というと聞こえがいいですが、いわゆる中小企業に勤めている身です。人とつながれるにしても社内の数十人と取引先程度、新しいことを始めるにしても情報収集する範囲に限度があります。大企業ですと、プロジェクトが変わる度に新しい人に出会えますし、情報収集もそれぞれの専門家が割り当てられていますから余り苦労することもありません。</p>
<p>そこで、社外の有志や、特定の企業が手弁当で催しているイベントに参加することで、より自分の交流範囲や知見を広めて行こうと考えて参加するようにしています。実際、催しは似たようなことを考えて足を運ぶ人がたくさんいらしていて、行く度に感化されるものがたくさんあります。その中で、中小企業に所属されている方もさることながら、個人で独立して活動されている方ともよく出会います。存在感も後者の方が強い気がします。</p>
<p>こんな形で考えている人が増えているのかなと想像しています。</p>
<p><strong>■そして自分の身を立てる</strong></p>
<p>イベントはとても楽しいです。当初、社外のイベントに参加し始めた頃(「<a href="http://www.koemu.com/blog/2007/12/23/warasibe2/">続・わらしべ長者理論‐5つの実践</a>」もご覧ください)は多くの方と出会ってワイガヤすることが中心でした。しかし、その考えも今年になって変化してきました。</p>
<p>僕の現実は、生き馬の目を抜くようなITビジネスの厳しい環境から逃れることはできず、何らかしらの形で自分の身を立てなければなりません。世間では人材情報サイトをはじめとして求められる人材はああだこうだと喧伝されています。そんな中、仕事を通じて人様に貢献するにあたって自分がどのように行動できるのか。これを自分一人で導くことは極めて難しい課題です。</p>
<p>そこで、様々な人との交流を通じて相対的に自分の立ち位置を推し量るようにしています。物事を成し遂げるにあたって、1つの能力だけで進められることは大変稀です。また、突出した1つの能力を勝ち得るのもなかなか難しいものがあります。その中で、数ある能力をどう掛け合わせれば自分の立ち位置があるのか、日々確認と調整を続けるのです。その能力は、もちろん多くの人が知るもの…例えばプログラミングの能力というものもあるでしょうし、そもそも能力と人が認定される前に自分で発見できるものもあるかもしれません。お世話になった方が書かれた blog 記事「<a href="http://d.hatena.ne.jp/S-YOSHIHARA/20100202/1265211455" target="_blank">ウォーズマン理論 &#8211; 一匹狼の作法　〜　不入虎穴 焉得虎子　〜</a>」を読んでいてよりそれを強く確信しました。</p>
<p>これは決して何でも屋になるという訳ではなく、人と違う「何ができます」を明確にできる一つの手法であるとも思っています。言い換えれば「差別化」です。</p>
<p><strong>■参加者でもいいけど幹事はもっといいよ</strong></p>
<p>イベントは先ずは参加することに意義があります。もし、余裕があったら幹事もやってみてください。幹事といっても一人でやるのではなく、既に幹事長になっている人のヘルプでもいいのです。イベントが、また違った視点…それも広く見渡すことができます。僕は昨年に続いて今年も1981忘年会の幹事団の1人として動きましたが、最中は慌ただしい時間になりつつもイベントそのものをより幅広く楽しむことができるのは、何事にも代え難い楽しみです。</p>
<p>ただ、一つ勘違いはしないでほしいのは、幹事になっていたとしてもイベント内で目立てる人になれるかというとそれは違うということです。もともと yusukebe や amachang のように既に知名度があったり、その場を一気にもって行けるようなキャラ… Facebook 忘年会での<a href="http://blog.sscr.jp/2010-12-23/facebook-year-end-party-in-tokyo/" target="_blank">ささくれさん</a>のような強いインパクトがあればこそ多くの人のアテンションを引けるのです。最近「<a href="http://d.hatena.ne.jp/isshoku/20101209/1291898894" target="_blank">幹事力をフルに発揮するためのわたしの10か条 &#8211; Navier-Stokes</a>」という blog 記事を読みましたが、この裏方としてどう活躍するかという考え方に僕は強く共感しています。</p>
<p><strong>■固くならない でも目的は大事</strong></p>
<p>イベントに出席するにあたり、遠慮したり固くなることは全くないと思います。ただ、1つでもいいから目的をもって参加すればとても有意義な時間になるはずです。</p>
<p>来年4月からは大学院に通うことになり、イベントの参加自体が難しくなります。ですから、3月までの間にできる限り積極的に参加を続けようと考えています。もし、イベント会場で僕を見かけたら、いろいろお話を聞かせてください。よろしくお願いします。</p>
<p>イベントの幹事さん、出会った皆さん、どうもありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。</p>
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		<item>
		<title>hbstudy#18 で GPGPU サーバの選び方についてLTしました</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2010/12/12/hbstudy18/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2010/12/12/hbstudy18/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 12 Dec 2010 13:45:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[インフラ]]></category>
		<category><![CDATA[催し]]></category>

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		<description><![CDATA[11日は、株式会社ハートビーツさんが主催する 「hbstudy」 のLTにて、『写真で見るGPGPUサーバの選び方』を発表してきました。 写真で見るGPGPUサーバの選び方 View more presentations from Yuichiro Saito. ■資料の補足 最近、グラフィックボードをベクトル型コンピュータのように活用するGPGPUという言葉が聞かれるようになりました。もともとGPUは3D描画を支援するハードウェアとして、主にゲーマーの方々に普及していました。3Dは単純な繰り返しの計算が非常に多いのですが、これは物理演算や類似検索を行う時も同じ。そこで、 CUDA などのAPIの整備とともにGPUを安価なベクトル型計算機として用いることが盛り上がっているようです。 さて、最近のCPUで100Wを超えるTDPになるものはハイエンドのものばかりですが、GPUはミドルレンジも100W台のTDPであり、結構な電力量と発熱量があります。そのため、ただ単にPCI Expressの拡張スロットに挿そうとしても、すんなり行かないことは珍しくありません。 そこで、私が GPGPU のシステムを構築する際にいろいろ悩んだ部分の一部をLTにまとめて、 GPU<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/12/hbstudy18/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>11日は、<a href="http://heartbeats.jp/" target="_blank">株式会社ハートビーツ</a>さんが主催する 「<a href="http://heartbeats.jp/hbstudy/" target="_blank">hbstudy</a>」 のLTにて、『<a href="http://www.slideshare.net/koemu/hbstudy18-lt" target="_blank">写真で見るGPGPUサーバの選び方</a>』を発表してきました。</p>
<div id="__ss_6079603" style="width: 425px;"><strong style="display: block; margin: 12px 0 4px;"><a title="写真で見るGPGPUサーバの選び方" href="http://www.slideshare.net/koemu/hbstudy18-lt">写真で見るGPGPUサーバの選び方</a></strong><object id="__sse6079603" classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" width="425" height="355" codebase="http://download.macromedia.com/pub/shockwave/cabs/flash/swflash.cab#version=6,0,40,0"><param name="allowFullScreen" value="true" /><param name="allowScriptAccess" value="always" /><param name="src" value="http://static.slidesharecdn.com/swf/ssplayer2.swf?doc=hbstudy18lt-101208110003-phpapp02&amp;stripped_title=hbstudy18-lt&amp;userName=koemu" /><param name="name" value="__sse6079603" /><param name="allowfullscreen" value="true" /><embed id="__sse6079603" type="application/x-shockwave-flash" width="425" height="355" src="http://static.slidesharecdn.com/swf/ssplayer2.swf?doc=hbstudy18lt-101208110003-phpapp02&amp;stripped_title=hbstudy18-lt&amp;userName=koemu" name="__sse6079603" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object></p>
<div style="padding: 5px 0 12px;">View more <a href="http://www.slideshare.net/">presentations</a> from <a href="http://www.slideshare.net/koemu">Yuichiro Saito</a>.</div>
</div>
<p><strong>■資料の補足</strong></p>
<p>最近、グラフィックボードをベクトル型コンピュータのように活用するGPGPUという言葉が聞かれるようになりました。もともとGPUは3D描画を支援するハードウェアとして、主にゲーマーの方々に普及していました。3Dは単純な繰り返しの計算が非常に多いのですが、これは物理演算や類似検索を行う時も同じ。そこで、 CUDA などのAPIの整備とともにGPUを安価なベクトル型計算機として用いることが盛り上がっているようです。</p>
<p>さて、最近のCPUで100Wを超えるTDPになるものはハイエンドのものばかりですが、GPUはミドルレンジも100W台のTDPであり、結構な電力量と発熱量があります。そのため、ただ単にPCI Expressの拡張スロットに挿そうとしても、すんなり行かないことは珍しくありません。</p>
<p>そこで、私が GPGPU のシステムを構築する際にいろいろ悩んだ部分の一部をLTにまとめて、 GPU はどういうものがあって、サーバはどういう構造がある、だからこういう点に気をつけて機材を選んでみてください！という発表をしてみました。 GPGPU を始めてみたいけど、どういったサーバを用意すればいいのだろうとか、 1U/2U サーバでどうやったら GPU は搭載できるのだろうか検討してみたいという方の力になれば幸いです。</p>
<p>ちなみに、大規模かつハイエンドの GPGPU コンピューティングを行う場合はこの資料では対応しきれないもっとディープな話がたくさんあります。例えば、科学計算のクラスタや、レンダーファームの構築を行う場合は、この内容だけでは対応しきれません。その際、設計する方は、データセンターのファシリティからアプリケーションの実装の癖まで、しっかり垂直統合して考えて行くことが求められます。</p>
<p><strong>■頂いたお話</strong></p>
<p>「 <a href="http://twitter.com/hagaeru3sei/status/13553841068838912" target="_blank">GPGPU のプログラミングができるエンジニアはどれくらいいるのか？</a>」。根本的な問題を指摘されてます…。本格的にやろうとするとバッドノウハウがいろいろありなかなか難しいのですが、 NVIDIA のこの2〜3年くらいに出た GPU (GeForce 9800とかで十分)を搭載したマシンで単に CUDA の API を叩く…例えば自然言語処理でよく用いられる TF/IDF を求める計算を行ったりすると、その威力を身近に感じることができるはずです。また、いい例かは悩みますが『<a href="http://stacksmashing.net/2010/11/15/cracking-in-the-cloud-amazons-new-ec2-gpu-instances/" target="_blank">Cracking Passwords In The Cloud: Amazon’s New EC2 GPU Instances ? stacksmashing.net</a>』も GPGPU を要領よく使った例の一つです。</p>
<p>最近の GPU は、ストリームプロセッサ(計算部分)数が安いものでも 100 個程度、ミドルグレードなら 400 個以上あります。単純比較はできませんが、 Core i5 の同時4スレッドなんてのは「屁でもない」パフォーマンスを叩き出します。取り急ぎ始めてみる場合は、外部電源端子接続不要な GeForce の 1万円台のものをポンと買ってきてちょちょいと取り付けるのが一番手軽だと思います。</p>
<p><strong>■勉強会の様子について</strong></p>
<p>今回はライブドアの伊勢さんによる『インフラエンジニアに一言』がメインセッションでした。インフラに関する特殊な技術を解説するという形ではなく、どちらかというとこの20年くらい、伊勢さんの経歴をなぞりながらテクノロジーがどう遷移しているか、おさらいをするようなセッションだったのが印象的です。3Dの話もあったのですが、その際にレンダーファームの話題もあがっており、LTの際にこんなレベルの話をしていいのかとちょっと悩みました（苦笑）。</p>
<p>LTのセッションは8名もの登壇者がおり、僕は1人目立ったのですが、持ち時間5分ギリギリでした。皆さんも5分を目一杯使って、様々なパフォーマンス（あえてプレゼンとは申しません！）を繰り広げられていました。LTはメインセッション登壇に比べてずいぶんと敷居が低いですし、簡単に登壇申し込みできる場合が多いので、皆さんもぜひ挑戦してみてください。5分に凝縮して話すのは、意外に知恵がいりますよ！</p>
<p>あと、いちびりな方へもう一言。100人に名刺交換をするより、1回のLTのほうが、自分の存在を広く伝えやすいです。</p>
<p><strong>■最後に</strong></p>
<p>はじめての参加でしたが、ハートビーツの皆様に大変お世話になりました。また、セッティングおつかれさまです。どうもありがとうございました。</p>
<p>・<a href="http://togetter.com/li/78048" target="_blank">Togetter &#8211; 「hbstudy#18　「インフラエンジニアに一言」　ライブドア 伊勢 幸一さん」</a><br />
・<a href="http://togetter.com/li/78051" target="_blank">Togetter &#8211; 「hbstudy#18 LT~懇親会」</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>飛び級で叶えるビジネススクールへの道</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Dec 2010 20:30:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[MBA]]></category>
		<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[今年の春にMBA取得に向けビジネススクールの受験を始めて(「MBA取得を目指すことにしました」をご覧ください)はや半年。高卒だったため通常のプロセスよりより多くの選考過程をくぐり抜けなければなりませんでしたが、無事、筑波大学 大学院 ビジネス科学研究科 経営システム科学専攻 博士前期課程 (GSSM) に合格し、通学することを決めました。 今回の受験は、大学受験のときとは比べ物にならないくらい多くの方の支援と、事前の情報収集がありました。10年前に大学受験に失敗した時に比べ、自分自身の意識もさることながら、受験に臨むための準備の仕方により形勢がずいぶん変わることを体感しました。 そこで、今後国内MBA取得のためにビジネススクール受験の（筑波大学 GSSM をビジネススクールというとちょっと誤解があるかもしれませんが）準備を始める方、特に高卒から飛び級して取り組もうとされる方に向けて、また応援していただいた方への感謝をこめて、本エントリをしたためます。 ■流れ まず、僕が取ったビジネススクール受験のための準備の流れは次の通りです。 周囲への説明 &#8211; 1〜3月 受験校選定 &#8211; 5月, 8月<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今年の春にMBA取得に向けビジネススクールの受験を始めて(「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/05/07/road-to-mba1/" target="_blank">MBA取得を目指すことにしました</a>」をご覧ください)はや半年。高卒だったため通常のプロセスよりより多くの選考過程をくぐり抜けなければなりませんでしたが、無事、<a href="http://www.gssm.otsuka.tsukuba.ac.jp/" target="_blank">筑波大学 大学院 ビジネス科学研究科 経営システム科学専攻 博士前期課程</a> (GSSM) に合格し、通学することを決めました。</p>
<p>今回の受験は、大学受験のときとは比べ物にならないくらい多くの方の支援と、事前の情報収集がありました。10年前に大学受験に失敗した時に比べ、自分自身の意識もさることながら、受験に臨むための準備の仕方により形勢がずいぶん変わることを体感しました。</p>
<p>そこで、今後国内MBA取得のためにビジネススクール受験の（筑波大学 GSSM をビジネススクールというとちょっと誤解があるかもしれませんが）準備を始める方、特に高卒から飛び級して取り組もうとされる方に向けて、また応援していただいた方への感謝をこめて、本エントリをしたためます。</p>
<p><strong>■流れ</strong></p>
<p>まず、僕が取ったビジネススクール受験のための準備の流れは次の通りです。</p>
<ol>
<li>周囲への説明 &#8211; 1〜3月</li>
<li>受験校選定 &#8211; 5月, 8月</li>
<li>受験勉強 &#8211; 4〜10月</li>
<li>研究計画書作成 &#8211; 5〜8月</li>
<li>受験資格審査対策 &#8211; 5〜8月</li>
<li>受験本番 &#8211; 9〜11月</li>
<li>結果発表 &#8211; 10〜12月</li>
<li>周囲への説明 &#8211; イマココ</li>
</ol>
<p>これを、今年の1月から12月まで行う1年勝負でした。従いまして、もしこの記事をアップした時期にご興味を持たれた方は、ぜひ今から情報収集をはじめてください。「受験校選定」〜「受験本番」については、この後に別エントリを起こしつつお話をして行きます。特に「受験勉強」「研究計画書作成」「受験資格審査対策」は平行で進むことを覚悟する必要があります。</p>
<p>僕の今のステージは最後にある「周囲への説明」です。最初にも「周囲への説明」がありますが、これはtypoではありません。国内のビジネススクールへ通うことは勤労学生になることを意味し、家族・勤務先に自分自身の決意の背景と影響に対して説明および相談をすることが必要になります。アラサーにもなりますと、ある程度責任ある立場になる人も少なくないと思いますし、事実自分がそうです。</p>
<p>はじめの「周囲の説明」は「<a href="../2010/05/07/road-to-mba1/">MBA取得を目指すことにしました</a>」のエントリそのものなので、良かったら参考にしてください。ただ、目的は人それぞれのはずですので、とらわれないようにしてください。</p>
<p><strong>■受験校選定〜受験勉強開始</strong></p>
<p>高卒・専門学校・短大卒でビジネススクールを目指す場合、必ず通らなければならない道として「受験資格審査」があります。この制度が設けられているかどうかを示す情報が、入試要項に書かれています。</p>
<blockquote><p>(2) 本学大学院において行う個別の入学資格審査により,大学を卒業した者と同等以上の学力があると認められた者で,22歳に達したもの及び平成23年3月までに22歳に達するもの<br />
ア. 高等学校・短期大学・高等専門学校・専修学校・各種学校の卒業者,外国大学日本校, 外国人学校その他の教育施設の修了者で,個人の能力の個別審査により,本学大学院において,大学を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者等</p>
<p style="text-align: right;">平成23年度 筑波大学 ビジネス科学研究科<br />
経営システム科学専攻 博士前期課程 募集要項</p>
</blockquote>
<p>これに類する条文を見つけられたら、道が開かれたと言っても過言ではありません。</p>
<p>詳しい話は「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-1/">受験校選定編</a>」に書きましたので、ご覧ください。</p>
<p><strong>■受験資格審査の真相</strong></p>
<p>受験資格審査と一口に言っても、各校全く違う対応です。</p>
<p>実質プロセスが無い所もあれば、純粋に「大学卒業程度」の能力をはっきりと求められる所と、多岐にわたります。大学の試験のようにある程度パターン化されたものではないので、情報戦と今まで培ってきた自分の力のすべてが試される場であります。</p>
<p>こちらも長くなるので「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-2/">受験資格審査編</a>」にまとめました。</p>
<p><strong>■研究計画書作成と本番への対応</strong></p>
<p>ビジネススクールは大学院ですから、受験する場合は「研究計画書」や「エッセイ」と言ったレポートを必ず提出しなくてはなりません。配点も大きいため、これの出来が入試の結果を大きく左右します。試験は研究計画書作成の段階から始まっているのです。</p>
<p>本番の試験は、面接で終わる所もあれば、小論文筆記試験が待ち受けている所もあります。いわゆる、人気校であればあるほど試験過程が厳しくなるといっても過言ではありません。だけど、ここまでたどり着ければ大卒の方達と同じステージに立てているとも言えます。</p>
<p>詳細は「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-3/">研究計画書から本番まで</a>」に書きましたので、大卒の方も参考になればと思います。</p>
<p><strong>■結果</strong></p>
<p>僕の戦績は次の通りでした。</p>
<ul>
<li>明治大学 グローバルビジネス研究科 (MBS) 合格</li>
<li>グロービス経営大学院大学 合格</li>
<li>筑波大学 GSSM 合格</li>
</ul>
<p>なぜ筑波大学を選択したかというと、2点あります。</p>
<p>一つは、「経営とコンピュータサイエンスを同時に学べる」点を重視しました。経営を学ぶのは当初の目的でしたが、僕がコンピュータエンジニアであったことからコンピュータサイエンスもどうしても学びたいと思ったからです。他の2校に比べてアカデミックな学校と言われますが、MBAをとりに行くことよりも、勉強して次の仕事や生活に役立てることが目的ですから、物事を突き詰めるのならその方がいいかなとも考えています。</p>
<p>二つ目は学費でして、国立は私立のビジネススクールに比べ半分〜3割の学費で済みます。また、受験を進めている間に親元の生活が芳しくない状況になりはじめ、そのことを踏まえると私立に行くことは断念せざるを得ない状況になりました。国立大学である筑波大学に合格できなければ、ビジネススクールへ通うことをあきらめたかもしれません。</p>
<p>こうして、僕の理想であった「まとまった勉強の機会」を確保する道筋はたちました。ただ、今後も安泰にできるかというとそうではなく、いろいろな不安もよぎります。もちろんこの事実はとても喜ばしいことなのですが、何もかも忘れてという訳にはならないのです。</p>
<p>いろいろ考えてしまいますが、最後はシンプルに、この結果が自分に「より多くの力」を、そして「より多くの機会」を求めるために加速できる道筋だと信じて、しっかり勉強していきます。多くの人に支えられて作ることができた通り道を、大切に歩くつもりです。</p>
<p>受験前に相談に乗っていただいた方々、受験時の対策を支えてくださった方々、そして応援してくださった皆様、どうもありがとうございました。深く、深く、感謝します。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>飛び級で叶えるビジネススクールへの道 &#8211; 受験校選定編</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-1/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-1/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Dec 2010 20:29:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[MBA]]></category>
		<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[身の上話]]></category>

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		<description><![CDATA[＜＜元の記事に戻る さて、ビジネススクールの受験校選定のお話を書いて行きます。実家の家族や勤務先にビジネススクールを目指す旨の説明を終え、次の段階へ進みました。 ■すぐできる情報収集方法 情報収集方法は次の方法をとりました。 本 インターネット オープンキャンパス 実際に通った人に話を聞きに行く 情報で一番最初にあたったのが本でした。国内のビジネススクールにどのようなところがあるのかは、書店で数多くの情報があります。その中で参考にしたのが次の本です。 前者は、毎年更新され、ビジネススクールに限らず多種多様な大学院があることを知ることができます。一冊持っておくと良いでしょう。後者は、受験中に出版されたので読むのがちょっと遅かったのですが、実際の受験やビジネススクールへ通ったときのイメージを掴むにはいい本だと思います。 続いて、インターネットです。冬の段階では、昨年の募集要項がアップロードされていますが、大幅に書き換えられることはそうそうないはずです。講義のラインナップや、教授の顔ぶれ、そして受験対策に必要となる過去問がアップされていることもあります。少なくても、ここで自分が勉強したいこととそのビジネススクールが用意しているカリキュラムが大きくずれていないかだけは、確認してください。 三つ目のオープンキャンパスは、ぜひ足を運んでください。研究計画書を書く際に参考になる情報はさることながら、特に受験資格審査の中身は何が行われるかは直接聞きに行かないとわかりません。あわせて、模擬授業や実際の授業に混ぜてもらうこともできますので、どんどん参加してイメージを高めるのも大切な過程だと僕は理解しています。 四つ目は、一番大事な話なので次の項目に書きます。 ■話を聞きに行くことが最も大切 上記3つのこと以上に、最も僕にとって助けとなった情報は、実際にMBAを取った方に話を伺うことでした。 まず、海外でMBAを取得された方からお話を伺うことができました。これはたまたまだったのですが、海外MBAで受験した際の経験談を伺い、その後の活動に大いに役立たせていただきました。それは何かというと、学校・教授・OBをはじめとした1次情報源またはそれに近い場所から効果的に情報を獲得することでした。意外とシンプルなのですが、単に聞きに行くだけではダメで、いかに自分がMBAの学位を取得することを通じて何が起こせるのかを説明できることが肝要であること教えていただきました。 その後、実際に受験したグロービス、そして通うことを決めた筑波大学GSSMは、仕事で関わることがある方を頼りにしました。実際の授業の雰囲気や、その後の活躍等の情報を紹介いただける場合さえあります。より、自分が通学時・卒業後のイメージを膨らませることができるのです。 実は、3段階目の情報収集の時点では、筑波大学は僕の受験校の想定には入っていなかったのです。国立大学は始めから無理だろうと、調べる前からあきらめてしまっていたのです。でも、OBの方からお話を聞いて、それが飛んだ勘違いであることがわかったというわけです。7月21日、もう受験が追い込みでしたが望みを持ちつつ挑戦することになったのですが、これも直接話を聞こうとしなければ全くわからなかったことでした。今だから言いますが、よくこのタイミングで準備して合格できたなと思えます。 ■大事なことなので2回言います 高卒で、国内のビジネススクールを目指すにあたって、募集要項に下記に類する条文が必要です。それが無ければ、道が閉ざされます。<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-1/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/">＜＜元の記事に戻る</a></p>
<p>さて、ビジネススクールの受験校選定のお話を書いて行きます。実家の家族や勤務先にビジネススクールを目指す旨の説明を終え、次の段階へ進みました。</p>
<p><strong>■すぐできる情報収集方法</strong></p>
<p>情報収集方法は次の方法をとりました。</p>
<ul>
<li>本</li>
<li>インターネット</li>
<li>オープンキャンパス</li>
<li>実際に通った人に話を聞きに行く</li>
</ul>
<p>情報で一番最初にあたったのが本でした。国内のビジネススクールにどのようなところがあるのかは、書店で数多くの情報があります。その中で参考にしたのが次の本です。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=koemu-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;asins=4794996683" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe> <iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=koemu-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;asins=4502679801" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>前者は、毎年更新され、ビジネススクールに限らず多種多様な大学院があることを知ることができます。一冊持っておくと良いでしょう。後者は、受験中に出版されたので読むのがちょっと遅かったのですが、実際の受験やビジネススクールへ通ったときのイメージを掴むにはいい本だと思います。</p>
<p>続いて、インターネットです。冬の段階では、昨年の募集要項がアップロードされていますが、大幅に書き換えられることはそうそうないはずです。講義のラインナップや、教授の顔ぶれ、そして受験対策に必要となる過去問がアップされていることもあります。少なくても、ここで自分が勉強したいこととそのビジネススクールが用意しているカリキュラムが大きくずれていないかだけは、確認してください。</p>
<p>三つ目のオープンキャンパスは、ぜひ足を運んでください。研究計画書を書く際に参考になる情報はさることながら、特に受験資格審査の中身は何が行われるかは直接聞きに行かないとわかりません。あわせて、模擬授業や実際の授業に混ぜてもらうこともできますので、どんどん参加してイメージを高めるのも大切な過程だと僕は理解しています。</p>
<p>四つ目は、一番大事な話なので次の項目に書きます。</p>
<p><strong>■話を聞きに行くことが最も大切</strong></p>
<p>上記3つのこと以上に、最も僕にとって助けとなった情報は、実際にMBAを取った方に話を伺うことでした。</p>
<p>まず、海外でMBAを取得された方からお話を伺うことができました。これはたまたまだったのですが、海外MBAで受験した際の経験談を伺い、その後の活動に大いに役立たせていただきました。それは何かというと、学校・教授・OBをはじめとした1次情報源またはそれに近い場所から効果的に情報を獲得することでした。意外とシンプルなのですが、単に聞きに行くだけではダメで、いかに自分がMBAの学位を取得することを通じて何が起こせるのかを説明できることが肝要であること教えていただきました。</p>
<p>その後、実際に受験したグロービス、そして通うことを決めた筑波大学GSSMは、仕事で関わることがある方を頼りにしました。実際の授業の雰囲気や、その後の活躍等の情報を紹介いただける場合さえあります。より、自分が通学時・卒業後のイメージを膨らませることができるのです。</p>
<p>実は、3段階目の情報収集の時点では、筑波大学は僕の受験校の想定には入っていなかったのです。国立大学は始めから無理だろうと、調べる前からあきらめてしまっていたのです。でも、<a href="http://twitter.com/koemu/status/19055900015" target="_blank">OBの方からお話を聞いて</a>、それが飛んだ勘違いであることがわかったというわけです。7月21日、もう受験が追い込みでしたが望みを持ちつつ挑戦することになったのですが、これも直接話を聞こうとしなければ全くわからなかったことでした。今だから言いますが、よくこのタイミングで準備して合格できたなと思えます。</p>
<p><strong>■大事なことなので2回言います</strong></p>
<p>高卒で、国内のビジネススクールを目指すにあたって、募集要項に下記に類する条文が必要です。それが無ければ、道が閉ざされます。</p>
<blockquote><p>(2) 本学大学院において行う個別の入学資格審査により,大学を卒業した者と同等以上の学力があると認められた者で,22歳に達したもの及び平成23年3月までに22歳に達するもの<br />
ア. 高等学校・短期大学・高等専門学校・専修学校・各種学校の卒業者,外国大学日本校, 外国人学校その他の教育施設の修了者で,個人の能力の個別審査により,本学大学院において,大学を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者等</p>
<p style="text-align: right;">平成23年度 筑波大学 ビジネス科学研究科<br />
経営システム科学専攻 博士前期課程 募集要項</p>
</blockquote>
<p>で、実際この文面が書かれているビジネススクールでどんな受験資格審査があるのか、自分が調べた結果を簡単ですがまとめます。実際に受験した際の情報は「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-2/">受験資格審査編</a>」で書きます。</p>
<table border="1" cellspacing="0" cellpadding="2">
<thead>
<tr>
<th>大学名</th>
<th>結果</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>明治大学</td>
<td>研究計画書の内容を確認 (実質特別審査なし)</td>
</tr>
<tr>
<td>グロービス</td>
<td>SPIのような試験を課す</td>
</tr>
<tr>
<td>中央大学</td>
<td>事例がないのでわからないとのこと</td>
</tr>
<tr>
<td>法政大学</td>
<td>中小企業診断士の資格 または論文記述力を証明するもの</td>
</tr>
<tr>
<td>立教大学</td>
<td>具体的にはわからないが明治大学に近い様子</td>
</tr>
<tr>
<td>筑波大学</td>
<td>学会での論文発表や本の出版などの実績 (論文記述力の証明)</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>ご覧頂きました通り、ビジネススクール毎に手法がバラバラです。実際に受験する際、それぞれの対策をしなければならないためこれは結構な負担です。ちなみに、早慶はダメですので念のため。</p>
<p><strong>■受験校を3つに</strong></p>
<p>5月の時点で、出願校を「明治大学」「グロービス」の2つに、そして8月に「筑波大学」の1校を加え、合計3校の受験に臨むことにしました。</p>
<p><a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/">＜＜元の記事に戻る</a></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>飛び級で叶えるビジネススクールへの道 &#8211; 受験資格審査編</title>
		<link>http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-2/</link>
		<comments>http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-2/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Dec 2010 20:28:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>こえむ</dc:creator>
				<category><![CDATA[MBA]]></category>
		<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[身の上話]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.koemu.com/blog/?p=1114</guid>
		<description><![CDATA[＜＜元の記事に戻る さて、高卒での受験で最初にくる峠が、受験資格審査です。この審査をパスしなければ、大卒の人と同じステージ、すなわち受験をさせてはもらえません。 ■高卒はイレギュラーである これはどこの大学でも言われますが、「高卒での入学はイレギュラー扱いである」ということです。要するに、本来は大卒ではないと通さないところを、一定以上の能力があるから受けてもいいよ、という審査なのです。普通に試験を受けるより難しい審査に臨むことになることを心してください。 そのためには何をしなければならないかというと、今までビジネスや生活で培った力を存分に発揮することです。受験対策を始めてからでは遅いのです。もし自信があるのなら、自分自身のビジネスの分野でこれまで行ってきたことが人並み以上であることを自分自身で話すことができ、そしてそれを証明しなければなりません。しかも、これはAO入試のようにこれだけパスすればOKなのではなく、その後に通常の試験が待っているのです。 厳しい書き方ではあるのですが、言い換えれば自分自身の能力をプレゼンテーションして相手が認めてくれればいいのです。これをやるのです。 ■パターン1 明治大学 明治大学 MBS のパターンが最もシンプルです。研究計画書を大卒の人よりも早めに（9月入試なら7〜8月頃）送って、事前にその内容が受験するに値するかを審査されます。従って、遅くても梅雨が明ける頃にはスタンバイを始めなければなりません。 このパターンは研究計画書の作成に全精力を注げばよいのですが、大卒の人の経営の知識を凌駕できる内容を記述できなければなりません。本内容は次の「研究計画書から本番まで」に絡む内容なので、ここでは割愛します。 ■パターン2 グロービス 「受験校選定編」に書いている SPI のような試験は何？という話ですが、これはグロービスが独自に作っている経営分野に特化した SPI (GMAP) を解きます。従って、事前に経営の知識があると答案を解くことに困ることはありません。もちろん、読んだ方がいい本はこれ。<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-2/" class="searchmore">Read the Rest...</a><div class="clr"></div>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/">＜＜元の記事に戻る</a></p>
<p>さて、高卒での受験で最初にくる峠が、受験資格審査です。この審査をパスしなければ、大卒の人と同じステージ、すなわち受験をさせてはもらえません。</p>
<p><strong>■高卒はイレギュラーである</strong></p>
<p>これはどこの大学でも言われますが、「高卒での入学はイレギュラー扱いである」ということです。要するに、本来は大卒ではないと通さないところを、一定以上の能力があるから受けてもいいよ、という審査なのです。普通に試験を受けるより難しい審査に臨むことになることを心してください。</p>
<p>そのためには何をしなければならないかというと、今までビジネスや生活で培った力を存分に発揮することです。受験対策を始めてからでは遅いのです。もし自信があるのなら、自分自身のビジネスの分野でこれまで行ってきたことが人並み以上であることを自分自身で話すことができ、そしてそれを証明しなければなりません。しかも、これはAO入試のようにこれだけパスすればOKなのではなく、その後に通常の試験が待っているのです。</p>
<p>厳しい書き方ではあるのですが、言い換えれば自分自身の能力をプレゼンテーションして相手が認めてくれればいいのです。これをやるのです。</p>
<p><strong>■パターン1 明治大学</strong></p>
<p>明治大学 MBS のパターンが最もシンプルです。研究計画書を大卒の人よりも早めに（9月入試なら7〜8月頃）送って、事前にその内容が受験するに値するかを審査されます。従って、遅くても梅雨が明ける頃にはスタンバイを始めなければなりません。</p>
<p>このパターンは研究計画書の作成に全精力を注げばよいのですが、大卒の人の経営の知識を凌駕できる内容を記述できなければなりません。本内容は次の「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-3/">研究計画書から本番まで</a>」に絡む内容なので、ここでは割愛します。</p>
<p><strong>■パターン2 グロービス</strong></p>
<p>「<a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-1/">受験校選定編</a>」に書いている SPI のような試験は何？という話ですが、これはグロービスが独自に作っている経営分野に特化した SPI (GMAP) を解きます。従って、事前に経営の知識があると答案を解くことに困ることはありません。もちろん、読んだ方がいい本はこれ。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=koemu-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&#038;asins=447800496X" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p>あわせて確認されるのが、詳細な職務経歴です。通常のプロセスで提出する者より詳細なものを出す必要があり、特に定量的な形で自分のパフォーマンスを表現する必要があります。コンピュータエンジニアの僕には、この書類作成は少々大変でした。逆に、営業や企画の方は書きやすいのではと思います。</p>
<p>これらより、ビジネスを通じて数字を見てきた人にとっては高いハードルではありません。逆に、そうではない方はマーケティングの分野のところを中心に対策を練ることでクリアすることになります。</p>
<p><strong>■パターン3 筑波大学</strong></p>
<p>ここまで見て「何だ、受験資格審査ってびっくりするほど難しくないんじゃん。」と思ったあなた。筑波大学は難しいですよ。これぞ「ザ・受験資格審査」という内容が待っています。それは、学会への論文発表です。</p>
<p>大学の学卒の人でもなかなかやらない学会への論文発表を、高卒の人間がやります。確かに、これができれば受験資格審査という機会が無かったとしても大卒相当と考えてもらえそうですが、当然簡単には行きません。僕はたまたまコンピュータエンジニアだったので、最新の技術を調べるために論文を読み、自然言語処理の勉強会である <a href="http://www.koemu.com/blog/2008/09/09/iir13/">IIR輪講</a> にも参加していてアカデミックな知識は少々ありました。さらに、個人的に自然言語処理と企業情報のことを追いかけていました。幸運なことに、これらの経験が今回の挑戦のきっかけを作ってくれました。</p>
<p>しかし、論文を書くとなると、これだけでは全く不十分です。そこで、筑波大学 GSSM で学び、情報処理学会での論文発表の経験をお持ちである @<a href="http://twitter.com/nistake" target="_blank">nistake</a> さんに協力をあおぎました。結果は、添削を行ってくれることを了解いただけるという、またとないチャンスを頂けたのです。ここまできたら、もうやるしかありませんでした。</p>
<p>実際に論文を書き始めますと、本当に難しいです。実験を繰り返し、他の論文・技術書のサーベイを行い、書いても書いても真っ赤っかになって返ってくる原稿との戦いです。8月中は仕事を切り上げたら、夜遅くまで毎日ずっとこの戦いでした。もちろん、受験勉強と研究計画書も平行して…。この戦いが今回の受験で僕の中で最も辛く厳しいプロセスでした。今考えますと、よく仕事がまわっていたなと思えるくらいです。</p>
<p>やっとのことで出来上がったのが、情報処理学会「<a href="http://www.bookpark.ne.jp/cm/ipsj/search.asp?flag=6&#038;keyword=IPSJ-IOT10011004&#038;mode=" target="_blank">自然言語処理を用いた企業相関関係の取得</a>」という論文でした。発表のために会社を休んで大阪まで足を運びました。</p>
<p>その後、無事に学会発表が終わり、なんとか受験資格を手にすることができました。</p>
<p>もし、筑波大学を高卒で目指されたい方は、何より最初に学会で論文発表をされておくと良いと思います。</p>
<p><strong>■毎日をしっかり生き抜くことが鍵</strong></p>
<p>受験資格審査は、大学の受験とは全く違い、すぐに対応力を養うことはできません。様々な物事に興味を持ち、探求し、実地で活用する。シンプルなことですが、非常に面倒なことをやり続けてはじめて対応力が養われます。この力は受験資格審査のためにつけているのではなく、たまたま受験資格審査に活用できる力です。</p>
<p>言い換えれば、大卒の人を凌駕する戦いを続けた高卒の方には、自信を持って対応いただける内容なのです。</p>
<p><a href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs/">＜＜元の記事に戻る</a></p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.koemu.com/blog/2010/12/07/road-to-bs-2/" />
	</item>
	</channel>
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