ペンを持つということ

 手抜きな題である。まあ、書くとする。
 いつもこのコーナーを書き進めようと思うのだが、いざテキストエディタを開いてキーボードを打とうと思うと頭の中が真っ白になる。皆さんも似たような経験はされたことはないだろうか?
 これは友人に手紙を書くときもそうである。自分は手紙は送られたほうと同じ書き方(ワープロだったらワープロ、手書きだったら手書き)で書くのだが、ペンを持つか、ワープロソフトを開いて何か打とうと思うと、これまた頭の中が真っ白になる。何度も顔を合わせてしゃべっていたり、なんかやっとった仲間うちだから、何か書くことはあるはずだし、近況を書こうと思えば書けるはずである。しかし、書けない。
 ソフトを作るときにプログラム文を打つ(当然か)が、そのときはすらすら文が出てくる。わからなければ英語のWin32SDKを見て英和辞典を見る。しかし、手紙を書くときはそのときの感覚とはぜんぜん違う。なぜか、書こうと思っても頭が真っ白になる。
 これは、転勤した人にしかわからないのかもしれない。限られた数年という間、共に過ごしてきた仲間に手紙を書くわけだが、書くときに不安が生ずるわけである。だから、書けない。
 不安というのは、「1.自分が引っ越してから、送る相手はどのように変わったのかがわからない」「2.送り先の環境がどのように変わったかがわからない」「3.本当に自分のことを覚えているのかがわからない」の「わからない」づくしだからである。ものすごい不安に駆られる。
 まず、1から言わせてもらうと、これは文に表せないほどの恐怖が付きまとう。これを考えると、怖くてペンが(キーボードが)手につかない。「何だ、そんなこと考えずに書けばええやん」と思われる方がいらっしゃると思うが、それはこちらとしてはむちゃくちゃである。なんせ数年前までいっしょに時間を過ごしてきた人に、何も考えず手紙は書けない。何も考えないということは、それだけ付き合いが短い、逆に、長いとほんとに手がつかない。
 2だが、これは自分が新興住宅地ばかり住んでいたせいかもしれない。昔自分は佐倉市のユーカリが丘というところにすんでいたが、そこは僕が引っ越してから4年の間、ものすごく変わったそうだ。これは案外考えなくてもすむのかもしれない。
 最後に3、これは一番大きい。しかも何年も経てば人は変わる。当然手紙を送ってきた人は今の自分なんて知ったことではない。逆に、送る自分も然りである。さらに、書けなくなる。文が出てこない。

 こんなことを考えるのも、今時分がとんでもない環境に立たされているからだろう。それまで、東京、名古屋、大阪と大きな都市で、それなりに自分の能力が他人に認められ、それを更なる飛躍の糧として自分は生きてきたわけである。
 しかし、福岡は違った。自分を認めなかった。逆に「反逆者」として冷たい視線を食らっているところである。まあ、福岡の人は大阪の人を嫌う(自分は大阪生まれ)のもあるのだろうが、自分はどうも高校生らしくないらしい。
 そう考えると、3大都市圏の友人やその辺の学生はWeb Siteを持ったり、自分の持つ力を存分に発揮している(ように今見える)。しかし、今住んでいるところはどうだ?周りにWebをやっているやつはいるか?自分の持つ力を存分に発揮している奴らはいるか?どちらかというと集団行動型の人たちが多い(ように今見える)。

 この、「自分を認めてもらえない」というのは、耐えがたい苦しみと、悲しみと、屈辱と、怒りというものを覚える。
 この前甲子園に行ったわけだが、そのとき当然大阪(詳細には兵庫県西宮市甲子園)にいたわけである。そのとき本当に阪神電車に乗って大阪に逃げよう、そしてまともに自分の力が出せるところにいよう、とまじで思っていた。
 本州にいると、気持ちが落ち着く。関門海峡を超えると、遠くの異朝にきたような孤独感に襲われる。話が反れた。

 ということで、話が反れた、すいません m(_ _)m。
 もし、引っ越した友人などに手紙を送られる方がいたら、ぜひ「おまえのことは覚えているよ〜ん」や「またこっち来い・そっち行くわ」とかうそでもいいから書いてやってください。書かれるだけでもぜんぜん違いますから。
 自分の能力がうまく認められるのは、いつなのだろうか。いつまでがんばればいいのだ、いつまで耐えればいいのだ、いつまで悲しめばいいのだ、いつまで苦しめばいいのだ、いつになったらまた楽しく友人とべらべら気の合う話ができるのだ(話すの好きなもんですから)、それとも、本州にいたころのことは夢だったのか?

 電子メールを送ってくれる友人がいます。ほとんど毎日なんです。今は楽チンになるのはそいつが書いたメールを読むときだけかな。たまに涙が出そうになるけど(涙もろいんです)。昔名古屋にいたころをしのびながら、今の苦労を押しつぶしながらよむんです。せめて、せめて、その時間だけでも、と思うんです。バイトして金でもたまれば遊びに行ってやろう、と思います。



[6.html 1997年04月05日更新]


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