2003年皐月の編集後記

2003/05/23

相手の挙動って、気になりますよね。でも、気になるポイントは人によって違うと思います。
僕が気になるのは、ほんの一瞬の間に見せた「挙動」が非常に気になります。それは、継続的に見せた「行動」よりもです。
その、ほんの一瞬に見せた「挙動」って、そのときの感情や考えが凝縮されて強いメッセージが発せられていたように見えるのです。そして、そんな「挙動」は何かのキリがついたとき、たとえば別れ際なんかによく見ることができます。

そうそう、最近うちの車の機嫌が悪いです。メカ自体の調子はいいのですが、乗るたびになーんか変なことが起きます。
道具って不思議なもので、感情のようなものを持っていますから、これで何かを主張しようとしてるのかもしれません。
そういえば、僕の運転が荒くなってきているから(!)、それで腹立ててるのかもしれません。あと、最近は気持ちよい道をあまり走ってないから、うっぷんがたまっているのかもしれません。うーん、少し考えただけでも、色々問題がみつかりました。
もうすぐ、「夜明けのドライブ」のシーズンが来ますね〜。また初心者の時のように、朝の道をゆっくり気持ちよく走ってリフレッシュしなきゃ。

去年の初冬に西湘バイパスで撮った写真


2003/05/20

今日から会社生活に戻りました。通勤電車がいつも以上にきつく感じます…。
今日はお世話になった先輩が会社を辞める日だったそうで(オー間に合った〜)、送別会を開いていました。
その際、なぜかこのコーナーの存在が発覚していることが判明しました。なるほど、寄せ書きのお返事の際、うちのサイトのアドレスが書いてあったせいで見つかってしまったようです。アドレスだけは知っている人は以前からいたのですが、まさか見つけだす人がいるとは思わず驚いています。
最近は、ここには自分のためだけに書いているので、他人から見られると変な気分です。といっても、別に悪いことを書いているわけではありませんので、今まで通りこのコーナーは続けようと思います。

そうそう、ここに何かを書くときは、準備があります。
まず、今日やる必要のあることを全て終わらせます。
次に、自分の部屋にこもって、部屋の電気を全て消して、机の電球とノートパソコンの明かりだけにします。
病院内だと、消灯前後に、自分の周りのカーテンを閉め、スタンドの電気とノートパソコンの明かりだけにしていました。
その後、じっくりと物思いにふけります。
そして、何か文が出てきたら、それをそのときの思考と感情に任せて、どんどん書き上げていくのです。

ここに文を書く事って、自分の気持ちに整理をつけるのにとてもよい場所なのではと考えています。さらに、あのとき自分はこう考えていたんだ、という軌跡をたどるためのポイントにもなります。
そして、これは日記とは少し違います。日記は「その日の出来事」がほぼ全てなのでしょうけど、ここは「その日の出来事」がどう自分自身に影響したのかが残ります。
ただ、なぜオープンにしているのかは、今でも答えが出ません。一つだけ言えるのは、こうすると自然に「人に見せてもよい程度の文に仕上げよう」と自分に言い聞かせることができるからかもしれません。


2003/05/19

入院生活10日目。本日で退院。
明日から、普通の生活が始まります。はっきり言って「不安」が先行しています。育児休暇を取った女性も同じような境遇になるのだそうですが、僕はたった十数日休んだだけでこれですから、そんな人たちから笑われそうです。
さて、今の生活に戻って、早速面倒なことが怒りました。それは「食事」です。病院にいると、ほぼ同じ時間、自動的に健康的な大盛り飯が出てきたのですが、もうそれはありません。飯だけでも病院で食べたい気分です。他ではなかなかあんな健康的な飯は食べられません。
家に帰るだけでも、疲れがどっと出ました。体力が落ちてしまっているようです(しかし体重は術前と同じ)。明日からの仕事、これで耐えられるのかかなり心配になってきました。

でも、鼻の調子はもう抜群。空気がたくさん吸えるようになったし、何よりも耳の通りもよくなりました。きちんと結果が出てよかったと思います。
病院のみなさん、どうもありがとう。これからも他の人にもよい結果が出せるよう、がんばってください。


2003/05/18

入院生活9日目。
この夜を越えれば、退院です。この10日間、長いと見るのか、短いと見るのか。状況を洗い出してみましょう。

まず、この病院は比較的きちんとしている病院であるということを知ったこと。スタッフも丁寧だし、治療もとても順調に進みました。両方の相乗効果があってこそ、本当の「サービス」(ここでは「医療」)が提供できるのでしょうね。大きな組織だと大変だと思うのですが、その辺もうまくやっていらっしゃるようです。
次に、女性を見慣れて目が普通の感覚に近づいていると実感します。強い影響を受ける時代に、男子校の高校、そしてPG/SEという女っ気が全くない環境で育ってしまった自分にとって、非常によい「治療」の機会でした(笑)。
3つに、非常に「たまる」事。この年の男なら数日に一回は「抜いている」はずですが、入院中は環境のせいで全く「抜け」ません。まるで、高校生時代に「何日耐えられるか」なんて言う妙なラリーをやっているのと同じ状態です。ある意味キツいものがあります。

そして、この夜にひどい悪夢を見ました。意識はあるので夢ではないですね、非常に強烈な悪い「幻覚」といったほうがいいかもしれません。
いったいなぜ、あのタイミングで出たのかはわかりませんが、非常に恐ろしく、そして印象に残るものです。後頭部が痛くなるほどです。
自分のみにいったい何が起きているのか、いよいよわからなくなってきました。


2003/05/17

入院生活8日目。
同じ事の繰り返しになってきました。唯一の違いは、午後に大学生(大学付属病院なので)の管弦サークルがリサイタルを開いていたくらい。

この大病院にしばらくいると、今いる会社とは違う「俗世」の縮図が、少しずつではあるけど伝わってきそうです。
ただ、その環境というものに抵抗感を感じ始めています。そうですね、今いる会社の環境が「特殊」だからでしょうか。
というのは、今の会社の環境は「鍛えられる」場所であるということが、ここ数日で認識できたからからです。

この意味は、自分の「心の器」を広げるような目標を定め、これを達成するべくただそれだけを考えて行動するというものです。
行動中、とてつもない痛みが襲いかかります。そう、今回の手術・処置時にきたような痛みが、心に対する痛みに取って代わったように襲いかかってくるのです。
これを乗り越えた人たちのみ、求めた「目標」に対する「結果」に近づけるのです。
達成できる確率は、手術・処置と同じで100%ではありません。その内容と状況によって、様々です。でも、目標に向かって進み続けるのです。

でも、普通の環境というのは、今いる環境とは違って「目標」に向かうエネルギーを発している人たちを見ることが少ないのです。
人間は「人」と「人」同士が共鳴し合うと、それはすごい力になるというのは、みんなの知るところです。でも、ここにいると今まで共鳴し合っていた力が、だんだん衰えていく気がするのです。
これが、僕の「抵抗感」につながっているのかもしれません。


話は変わり、暇なのを利用して「今日の必ずトクする一言」のアーカイブを読破しています。(山本氏のサイトは僕がインターネットを始めた1997年10月頃より読んでいたので、閉鎖はとても残念に思います。今まで本当にありがとうございました。)
実は、サイト閉鎖前に「この貴重な情報を取っておかない手はないだろう」ということでコンピュータに保存していたのです。それが今回、たまたま運良くノートパソコン内にコピーを置いていたために読むことができました。
山本氏の話は、よくよく読み解くと必ず一つの点にたどり着けそうな気がするのです。そのポイントは、山本氏の言葉を借りると「B級テクノロジー」や「風水」という言葉で表現してもよいかもしれません。
通常、ほとんどの人は物事を難しく考えすぎてしまう、または難しく考えるようなバイアスが働いているばかりに、その結果往々にして変な方向へ向かってしまうのでしょう。
しかし、山本氏のような方々はそれを見破って、物事をきちんと「単純」にみるようにしてそれに立ち向かっているのです。僕の会社でも、分野こそ違いますが、やはり物事を「単純」に見てみようとお客様に話しています。
この「単純」を見つける感覚を身につけるには何が必要か、この先、時間をかけて見つけていきたいと考えています。


2003/05/16

入院生活7日目。
本日も、朝から術後処置。先生的には「うーん、No problem. すばらしい回復だ。」だそうです。術中にだべっていたのが功を奏して、うまいことやってもらえた結果でしょうか(謎)。
一緒に「アレルギーコントロール」の治療(毒をもって毒を制する治療)を相談しましたが、まれにショック症状などが発生するなどの危険なリスクと、大きな病院でしかできないと言う問題で、やらない方がいいという結論になりました。仕方ありません。
退院日も決まり、気になる費用を聞きにナースセンターへ。その費用、なんと「17万」するそうです。この費用、安いと見るのか、はたまた高いと見るのか。
ネブライザーを2セットこなし、飯もいつも通りの全部大盛り、そして規則正しい生活。これ以上いると人間だれそうな気がするのは、僕だけではないはずです(笑)。

今回の手術で、鼻が以前に比べて見違えるほど通るようになったのはうれしいことです。おかげで集中力が上がった気がします。
そして、規則正しい生活とよい食事のおかげで、疲れていた体と心も回復しだしているようです。
さらに、普段とは違い女性に囲まれているので、女性に対する目の感覚がどんどん慣れてきたというのもいいことです。
なんてことでしょう、期待以上のすばらしい治療成果が上がっています(爆)。
でも、最後まで気を抜かないようにしなければ。


2003/05/15

入院生活6日目。体力がだんだんと回復してきたので、今まで起きたことを整理してみます。

[2003/05/12] 3日目・手術日
朝一番から手術。食事がとれず空腹に耐えつつ臨みます。
まず、麻酔から。診察室にある耳鼻科ならではの椅子の上で、神経に麻酔薬を直接「串刺し」にします。この世のものとは思えない激痛が走ります。そして、神経を刺激しているから、大泣きしたときのように涙が出て、一緒に足がじたばたとふるえます。でも、声には出さないと固く誓って…(というか声にならないくらい痛い)。先生的には「うーん、よく効いてるね〜」とのこと。
その後、串は抜き取り、麻酔を含んだ脱脂綿を鼻腔いっぱいにして、さらに訳のわからない薬(睡眠薬か何かだったはず)を飲んで手術室へ。
手術室に、Jamiroquaiの"Cosmic Girl"が流れる中、手術がスタートします。最近の手術は、昔と違い淡々はしてなくて、こんな雰囲気でやるそうです。
手術は鼻の骨の調整と鼻腔内の軟骨を削り取り、最後に神経を切るという珍しいものです。そのせいか、術中は「ごりごり」や「こん!こん!」など普段聞こえないような音が聞こえてきます。
ま、僕はそんなのをそっちのけにして先生とだべりながら受けていた気がします。車がどうとか、その話は酒の席の方がいいとか…。先生的には「大した患者さんだねぇ、だべる余裕見せてるよ。普通の人痛がるだけなのに。」だそうです。最後に、鼻腔にタンポン(女性が使うものとはちょっと違います)をびっしり入れて、終わり。
その後、安静にしていると親がきました。麻酔のせいで体が余り動かないので、洗濯と買い出しを代わりにしてもらいました。
ひどいのがその夜。手術痕が異常なまでに痛み、鼻血が鼻からにじみ出てきます。鼻の穴の手前にあるガーゼを頻繁に交換しながら、鼻の痛みに耐える。そして、その痛みは後頭部に響き渡る…。結局、朝まで寝ることはできませんでした。

[2003/05/13] 4日目
飯は重湯から、3部粥…という感じでどんどん固くなっていきます。しかし、普通の量ではおなかが減るためお粥大盛りを申請。看護婦さんに笑われましたが、その後本当にお粥が大盛りになりました。これは驚きです。
鼻出血は収まりつつあるものの、痛みは依然引きません。抗生剤と止血剤の点滴も続いています。熱も38度前後を行き来する状態です。早く楽になりたい…。
こんな状態のため、この日も夜は寝ることができませんでした。

[2003/05/14] 5日目
本日は、朝から鼻腔内のタンポン抜き取りです。抜くのは思ったより痛くなかったものの、その後大出血してこれが痛い。10分くらい血が止まりませんでした。
今日から1日2回のネブライザー(吸入)がスタートします。1回目はめちゃめちゃ「しみて痛い!」。10年やってますが、こんな痛いのは初めてです。その後は普通通りです。
点滴も続いています。ただ、この日は点滴のパイプ(今は腕の血管にパイプをさして、そこから点滴します)の調子が悪くなり、再挿入。おかげで、失敗を含めて点滴痕が5つにもなってしまいました。(手術前に2回、今回1回失敗)
夜になるとようやく痛みも引き、久々にぐっすり眠ることができました。

[2003/05/15] 6日目
会社のメンバーからインターネット寄せ書きが届きました。こういうのをいただくと、とてもうれしいものです。
大盛り飯復活。メンチカツなら2つ、魚なら2枚。とっても健康的な食事です。
点滴最終日。ようやく左腕からじゃまなパイプが取り払われました。
あとは、回復に向けての治療を進めるのみです。
朝は鼻腔内の膿を吸引機で吸い取ります。膿がでかくて吸引口が詰まったりします。そのとき治療していた教授と居合わせた先生に言わせれば「うーん、すばらしく順調だね!」とのこと。
夜に「教授回診」なる「大名行列」が僕の所にきました。その際、治療についての相談をしています。最後の最後(それも後で教授だけなぜか来て)で、「医局のコンピュータがね〜」とのこと。見るのはいいけど、その分治療費を安くしてほしいと思います。
夜も平和に寝ています。

後になると、治療そっちのけで、僕自身のどうでもいい問題が増えてきた気がする。ま、これも直っている証拠かな。


2003/05/11

入院生活2日目。
まだ手術していないので、体調は普段通り、またはそれ以上かも。21時就寝(僕が寝たのは看護婦さんの巡回後でしたが)、6時起床という今までは考えられないくらい「健康的」な生活がそうさせているのかもしれません。
飯が少ないなー、と話したら今日から大盛りになっていました。普通の定食屋ならわかりますが、病院の食事が大盛りになるとは夢にも思っていませんでした。
明日は手術で、その後の2〜3日はまともな食事ができませんから、大盛り飯で今のうちに体力を付けておこうと思います。

最近、村上春樹の小説を読んでいます。
読んでいて考えていたのは、僕の周りに現れて去っていった何人かの女性は、まるで村上春樹の小説を元にした台本を元に生きているような女性ばかりだな、ということです。
話す内容や生い立ちとかの話などを、本の内容と照らし合わすと、不思議と構成が似ているのです。そして、僕は小説の主人公のような立場になっている・・・?
はっきり言って、どっちが「小説」でどっちが「現実」なのかわからないような世界だったのです。
(ちなみに、「ノルウェイの森」のように"抜いて"もらったようなことだけはなかったです。これだけはうらやましい?です。)

今まで、とある一人の人とつきあってから、その後は女性関係でうまくいかなかったと僕は話しています。
これは、多分僕自身で潜在的に「まるで小説に出てくるような女性」を求めているからなのかもしれません。
だから、その子たちではある意味「満足」できず、気持ちが自然と離れて行ってしまったから、結局その子たちには手を出すことはなかったのでしょう。

村上春樹の小説に出てくる男の主人公は、いろいろな場所でいろいろな自己分析をしています。いろいろな手段で、相手と対話しようとしています。そして、解決へ向かう努力をしています。
そして、ある先輩から、分析には「文を書く」ことがいいと教えられました。
今の僕には、十分すぎるくらいに時間があります。試しにこういう形で使って自分がいったい何を考えているか、少しずつ整理していきたいと思っています。


2003/05/10

こんばんは。おひさしぶりです。覚えていらっしゃいますか?

今、僕は市川のとある大病院に入院しています。
といっても、大病を患ったわけではなくて、今まで問題になっていた鼻アレルギーの対策手術をするために入院しています。
はっきり言って退屈してます。ノートパソコンと文庫本がそれを何とか紛らわしてくれているという感じですね。
院内を散歩していたりもしてます。僕のいるフロアは眼科、耳鼻科や歯科なので比較的のんびりしています。しかし、たまたま他のフロアに足を踏み入れたときに、よくドラマである「危篤」のチャイムが鳴って、スタッフがあわただしく作業していたんです。
そこで僕は、そこに「生と死」があるということが怖いほどに感じられました。


僕はあれから、1年くらいあの会社に行った後、とあるベンチャー企業に転職しました。社員は20人前後です。

その会社はベンチャーですから当然厳しいのですが、その内容が尋常ではないんです。
社長は「自分で考えることが好きな、実行力のある人であれば、天国に近い(=自分の力を制約されずに存分に発揮できる)環境」と話しています。これに間違いはないのですが、いかんせん普通の人は今まで「与えられた軌道を進んでいた」人ばかりで、理想だけで入ってきたばかりに1ヶ月、ひどい場合は1日たたずに玉砕してしまうような環境です。
そんな環境で、僕はとある有名国立大学の法学部を出てとある都市銀行を蹴って入ってきたマネージャと、とある有名国立大学の数学科を出てとあるシンクタンクを蹴った先輩と3人でシステム部をきりもりしています。

もちろん、僕もその渦の中で、今でももまれながら働いています。彼らの要求するレベルというのは今まで無かったぐらいに高く、そして結果を求められます。
そんな状況ですから、もちろん衝突もありますし、辞めるなんて3回ぐらい言ったかもしれません。ただ、そのたびにいつも止められたんですね。「君にとって、もう少し続けてみる価値はあるんじゃない?」ってね。
そんなことも経て、今では先輩の補佐役として提案したり、一緒に討論したりしています。
それに、今まで学べなかったこと、たとえば提案書や設計書などの書き方をとても丁寧に教えていただいています。設計書なんて、1回目はたいてい赤がびっしり入って返ってくるんです。最初その赤の量に悲しくなりますが、書き直して「よし、OK!」をもらうとうれしいものです。そして、それは日本ではなかなか学べない文の書き方をどんどん覚えるいい機会になっています。

あのころは、こんな「雲の上の人」と関わることなんて一生無いと思ってました。少なくても、僕の学歴でこの境遇になれる人は今までの時代はほぼいなかったはずです。
でも、今は違います。社会的・能力的にレベルが高い人たちと同じ目線で仕事ができます。それは、価値観や時代の流れが変わりだしている事についての、一つの現象が僕の目の前で繰り広げられていることなのでしょう。
その中で、僕はその人たちに鍛えられて、支えられて、どんどん力が伸ばせていることがとてもよく実感できます。
多分、これを「幸せ」とよんでもいいと思います。

僕は、あなたが最後に言ってくれた言葉について、今でもずっと考え続けながら生きています。
何かがわかるまで、とても苦しかったです。いい加減なことを言わないで、と怒っていたことも少なくありません。
でも、今はだんだんとその意味がわかり始めてきたような気がします。少なくても、徐々にですが結果が出始めてきています。

そのことを、今伝えてみようと思ったんです。
そして、その結果を伝えることが、あなたに対しての最大限のお礼だと僕は考えたから。

ただ、一つ心残りなのが、このメールがあなたに届かなかったと言うことです。
だから、あなたが読んでくれることを待っていようと思い、こうしてWeb上に載せています。

最後まで読んでくれてありがとう。
今日もお疲れですよね?ゆっくり休んでください。


2003/05/05

今、自分に対して、自分は何を求めて生きていますか?
今の今まで、コンピュータの前で「1行目に何を書こうか」と考えて、やっと出てきたのがこの言葉です。
この質問に、僕は「今思いつけない、いや多分明確に考えてなかったんだろうな。」という回答しか出ませんでした。
「〜がほしい」や「〜になっていけばな」という自分以外に対して求めることは数多くあるのです。しかし、一番身近なはずであるの自分に対して、明確に求めてはいなかったのです。
この事実に対して、僕はどうすればいいのだろうと、考えています。





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