転勤族という身分

転勤族という言葉が日本にはあります。俗に数年に1回ぐらいのペースで引っ越しをしてあちこち回っている人のことをいうみたいです。
そういう自分も、転勤族なる身分に当たるようですが(自己紹介を参照)、転勤族っていろいろな土地を回れて地理とか覚えられて非常にそういう点では楽しいです。その土地特有の物もゲットできますし。同じ土地にいては味わえないことが味わえます。
それと、よく「引っ越す時ってつらくない?」と友人に聞かれます。もちろん、引っ越すときは、いろいろつきあってきた人と別れるわけですし、自分の場合一度に移動する距離が結構大きいため、確かにそのときはつらいです。別れですからこれは当然です。

しかし、もっと、極限につらいことがあります。
それは、昔いた土地にいる友人と再会するときです。一人の時は大したことはないにせよ、複数の場合は非常につらいです。

最初のうちは昔話に花が咲くかもしれません、最近の流行の話題に盛り上がるかもしれません。しかし、自分がいなくなってから、今までに起きていることに話が移ると、突然自分に対して何ともいえない寂しさと虚しさを感じます。
自分が引っ越してから、その土地でももちろん時が流れているわけで、いろいろな物事が進行しています。そして、その場には自分はいません。何が起こっているか全くわかりません。
こうなれば、当然話にはついていけません。強引につっこんでは逆に変なことにもなりうりません。もう聞いていることしかできない自分がそこにはいます。
もう「彼らの仲間ではない」とも思いますし、「もうこの土地の人間ではなくなった」という現実を突きつけられた気がして、できることならその場を立ち去りたい、できないのならせめて俺に話を振らないでくれ、と。
このときが、「物理的な土地からの別れ」とは違った、「その土地に対する精神的な別れ」なのかもしれませんね。思い残すことはこれで何もありません。僕はね。

もし、引っ越しした友達がいらっしゃって、その方が戻られたときいろいろ話をしているうちに、多かれ少なかれ僕と同じ気持ちを抱いていることでしょう。いや、抱いていない方がおかしい。抱いていなければ、引っ越された方はあなた方の土地や人に対して思い残していることが弱くなってるのでしょう。
それとこれを知ってその人に対し変に優しくもしないで欲しい。相手にするのが難しいかもしれないが、自分も反対の立場になったことがあるので、どうすることもできないことはわかっています。

逆に、そのような事態にあった方もいるはず。もう自分ではこれはどうすることもできない、のかもしれない。
それに、まだ引っ越した手で思い残すことがある人もいるかもしれない。もし思いを断ち切りたいのなら、悪い意味で一度遊びに戻るのもいいかもしれない。
よい思いを抱き続けて、そのままにしたい人もいるはず。自分もそうだった。しかし僕の場合、現実はそれを認めてはくれなかった。これだけ言っておきます。マイナスなことかもしれないが、戻らない、または数十年経ってから戻ってみるのもいいかもしれない。
逆に、今ある新しい生活をもっとエンジョイするのが僕としてはいいと考えます。変に昔を引きずっていまいる友人に迷惑をかけるのも問題がある。新しいことに何かを見つけられるかもしれない。

[tenkin.html 1999年09月23日更新]


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