なぜ仕事の焦点を絞ろうとしているのか

なぜ仕事の焦点を絞ろうとしているのか

■がむしゃらが通用する状況とは

がむしゃらにやる、というのは非常に聞こえがよいものです。やっているその時は集中力もあがります。その上で、結果が出ればとても幸せな気分になれるものです。また、がむしゃらにやる時は自分の担当範囲は当然やりつつ、それ以上に自分が本来カバーしなくてもよい範囲に対しても積極的に力を注ぐものです。いや、注ぎたくなると言うか。身近な例で言えば、総務の人が忙しい時に、営業の人が代わりにお茶出しをするなんてのも一例です。

しかし、がむしゃらにやりやすい状況は、目標が定まっている時です。身近なものであれば受験勉強、ちょっと大きなものではスポーツの大会で一位になること、更に大きな話であれば高度成長期の日本であったりします。特に、仕事であれば目標に向かって誰よりもがむしゃらに行動して価値提供し結果を出す事が重要であり、そして誇りとなっていたからであります。

僕には、この感覚が深く根付いています。

■がむしゃらが通用しない現在

今の時代は、目標を設定しづらいものです。がむしゃらにやる事が、うまく行く事につながりづらいと言えます。というのも、自分が正しいと信じてやる事は出来ますが、それが正しいかどうかを測る尺度が無いからです。うまく行かなかったとはっきりするならまだよいのですが、ある人からは応援され、またある人からは否定されると言う、引き裂かれる状況に遭遇する事も、珍しくありません。

つい最近までの僕の状況が、これです。

■自分を説明できない

以前「ジェネラリストはまずスペシャリストであること?」で書きましたが、僕は僕自身を簡単に説明できません。人から何をしているのか?と聞かれた時に「私は (10文字程度) を仕事にしています」と言えません。あえて書きますと「私は、元々サーバサイドシステムの開発者ですが、今はプロジェクトマネージャや上流工程のエンジニア、そしてインフラエンジニアをやりながら仕事をしています。」となります。長いですし、そしてこれの意味が分かる人ってどれだけいるのでしょう。

そう、自分の身近にいる人に、僕はプレゼンスを明確に出来ないのです。そうなると、あいつって誰だっけ?存在している理由ってあるの?やたら厳しい事は言うけど、なんか結果を出していたんだっけ?となります。「何でも出来ます」と言うと、何も出来ないと言っているのと変わらない訳です。

■ずっとそうだった訳ではない

僕は昔からそうだったのかというと、そうだった訳ではありません。言い訳をすると、スマートフォン開発が主流になったここ2〜3年、サーバサイドシステム開発から離れざるを得ませんでした。そのため、以前は主軸にしていたサーバサイドシステム開発者というポジションを一旦横に置いて、他に稼げる所で稼がざるを得ませんでした。

そんな中では、僕自身を理解してもらう事は極めて難しい。自分自身が説明できない仕事を、どう人に理解してもらうのでしょう。目立った結果も出ない、人生にはそういう時代もあるんだろうと我慢する毎日です。これはなかなか辛いものがあります。大学院で学ぶ、という別のモティベーションが無かったら腐ってしまったかもしれません。

■インフラエンジニアに注目し始めた理由

最近、「インフラエンジニア」というポジションに注目しています。僕が技術者として仕事を始めた10年前はこの職種はなかったのですが、ここ数年で聞かれるようになりました。インフラエンジニアといいますと、決まった運用作業をこなすサーバオペレータとしての仕事はもちろんの事、サーバ上で動かすソフトウェアの「基盤」となるシステムを設計・構築・運用、そして臨機応変にトラブル解決を行うエンジニアです。

現在のインターネットサービスを動かすためには、単にプログラムを書けば動く事はほとんどなく、ミドルウェア…Webサーバ、データベースサーバ、アプリケーションサーバ等…という基礎となるソフトウェアが無くてはならない時代なのです。10年前、ミドルウェアが雨後の筍のように出始めた時はシステム開発者がまとめて面倒を見ていたのですが、複雑化・大規模化した現在、開発者だけでは手が回りづらくなり分担が必要となってきたのです。

インターネットサービスを動かすための全てのソフトウェアとハードウェアを見通し、お客様に価値を提供する。僕だから出来る仕事なのでは、と考えるようになりました。

■誰もやらない事・やれない事をやる

僕は、いろいろな業務に手を出しているうちに、誰もやらないこと・やれない仕事を担当する事がよくありました。その中の一つが、先にお話ししたインフラエンジニアです。とはいっても、この仕事は僕が今までやっている事と大きくは変わらないのです。インフラエンジニアという言葉を通じて焦点を絞る事で、自分自身のプレゼンスをはっきりさせることができるようになることがわかっただけなのです。また、この言葉で戦う事が出来る時代が来たとも言えます。

確かに、今でも何かサーバサイドシステムの開発を担当してほしいと言われれば出来ます。でも、この仕事は僕よりも優れたエンジニアが周りにたくさんおり、そこで勝負しても僕はその彼らより高い価値を提供する自信はありません。5年以上前から僕を知る人にはサーバサイドシステム開発のお仕事について時々お声がけいただいているのですが、心苦しいと思いつつお断りしているのは先の理由があるからです。

とはいえ、ここまでお読みいただければわかる通り、完全にサーバサイドシステム開発からはなれる訳ではないのです。ぐっと、焦点を絞る戦い方を選んだ、それだけの事です。

■うだつが上がらない時こそ見定める

うだつが上がらない時は、本当に苦しいものです。軸が使えなくなるので、どうにもなりません。たまたま僕は軸以外の仕事も手広くやってきため何とか凌ぐ事が出来ましたが、もしこれまでに軸以外の事をやっていなかったらと思うとぞっとします。

そうしたとき、様々な人と会ったり、違う事に力を注いだり、そして今の状況を静かに見定める事で、次の一手が見えてくるのではと思います。四路五動とはよく言ったもので、止まることがこれほど大切なことなのだと知ることができた、貴重な数年だったと振り返っています。

目標が見えない時代だからこそ、自分のプレゼンスを明確にする。そうすることで、自分がどのような価値が提供できる人間なのか相手に伝えやすくなり、そして志を同じにする人が自然に集まり始まりムーブメントが起きる。そうなれば、またがむしゃらにやればいいのです。

僕は、そう信じています。

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