「みどりっ子クラブ」という放課後教室にお邪魔してきました – プログラミング教育のまた一つの形

5月6日、ゴールデンウィーク最終日に、東京都 墨田区立 緑小学校で行われている放課後教室「みどりっ子クラブ」にお邪魔してきました。今回は、その中で催されている「Viscuit」教室を催されている勝沼さんのもとへお伺いし、教室で取り組まれている様子を拝見するためにやってきました。

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■みどりっ子クラブとは

「得意なことや興味のあることを大いに伸ばし、苦手なことにも進んで挑戦する心」を育む事を目的に創設されました。週休5日制となった際、土曜日の有効活用を行うことがきっかけとのことです。また、文科省の「放課後子ども教室推進事業」のモデル校の一つとしても参加されています。先生役は、「引退された先生方」(※1)「地域の皆さん」そして「保護者」の方が担当されるという、地域密着型の運営をされています。

開講している内容は、ドッヂボール等のスポーツはもちろん、工作等の創作活動、学校の計算機室でプログラミングを楽しむViscuit教室もあります。なかなか多様な放課後教室であります。

■この日の様子

先生の勝沼さんと、小学校低学年の子 2人(男女それぞれ1人)がVisucuitによるプログラミングに取り組まれていました。平日の放課後ですと常時10人以上いるそうですが、さすがに連休という事もあり、この日は出席者が少なかったようです。

まずは、男の子が作っていた、深海の絵。みんなで絵を書くと、先生が映し出しているプロジェクタに全員分の絵が映し出されます。コリジョン判定(Viscuitでは「ワイルドカード」といいます)等をつけたりすると、更に面白くなるんですよ〜

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女の子は、UFOキャッチャーを作っていました。ちゃんと吊り上げると、「やったー!」というメッセージが表示されます。丁寧にプログラミングされていました。

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僕ですか?僕は、この教室で初めてプログラミングをする子たちが取り組む練習問題を解いた…いや、一緒にいた女の子に教わりながら取り組んだ後、男の子がやっていた深海の生物づくりに励んでいました。おっと、そこのあなた、「斎藤さん、小学生と一緒ですね〜」って言ったでしょう(笑)。一緒どころから、彼らの方が上手ですってば :-p

でも、ここで驚くのはまだ早いのです。僕は、最後にものすごく印象的な出来事に遭遇したのです。

■シンボルとインタラクションがここにあった

最後に、勝沼さんから「チームで、新1年生向けにViscuit教室の紹介をViscuitでつくろう!(※2)」という課題が出されました。早速、2人でコンセプトの設計が始まりました。一方、勝沼さんはぎりぎりまでファシリテーションには入らず、僕はニコニコしながら見守るだけです。

僕はここですごいなと思ったのが、その開発プロセスでした。男の子がコーディングしながら、女の子に「これすごいだろー!どうだー!」と言いつつ、女の子がきれいに「ここ、不自然だからこうしたほうがいいよー」とツッコミを入れつつ、説明の完成度を上げていくのでした。まるで、スタートアップの会社がWebサービスを開発している時のように、完成品という「シンボル」を通じて、関係者同士が「インタラクション」をして開発して行く姿が、ここにあったのです。

そう、僕がソフトウェア開発者育成で重要視している「ソフトウェア開発に必要な「コミュニケーション」は 成果物をもとにインタラクションを行うこと」が、自然と、そして積極的に行われていたのです。

小学生の頃、ドッヂボールでローカルルールを作られたりした方、いらっしゃるかと思います。その時に、みんなで話し合いませんでしたか?シチュエーションを想定しながら、よりよいゲームになるよう働きかけませんでした?まさにそれと同じ事を、 Viscuit を通じたソフトウェア開発で行っているのです。遊びと一緒なんですよ。

こんなに単純な事なのに、大人になると忘れてしまうのですね。

■勝沼さんたちの想い

帰り道、勝沼さんと途中までご一緒させていただきました。みどりっ子クラブの興り、運営の苦労、そして今後の取組についてお話を伺いました。その想いは、この1つのツイートに凝縮されているように思います。

確かにコードで世界を変える事はできます。ただ、それを一人でやるのと、みんなでやるのとでは、そのスケールが変わってくるのは容易に想像できます。一方、ソフトウェア開発チーム運営の問題は尽きません。そこに、みどりっ子クラブの子たちはとてもストレートな事例を僕に示してくれたのだと思っています。このことは、プログラミングに限らず、人生を通じて大切な経験となって行くのではと信じています。

また、ここまで熱意を持って取り組まれている地域組織は、他に類を見ません。勝沼さんの活動内容は、子供会の幹事役のようなもの。そして、周囲…行政さえも巻き込んでより活発に運営されている旗振り役です。こうやって地域コミュニティが活発になっている事例も非常に興味深い事ではないでしょうか。

■プログラミング教育のまた一つの形

ここ数年、初等教育におけるプログラミング教育が動き始めているように感じます。先日も取り上げた TENTO をはじめ、サーベイするといくつか出てきます。今回は放課後教室、それも子供会のようなスタイルで運営されている事例でした。多分、どの方法も良い結果を生むと信じています。

そして、今の僕ができる事は、まずは皆さんの活動を知り、若い彼ら・彼女らにプログラミングの楽しさを伝え、そして研究成果に活かす事だと考えています。

みどりっ子クラブの生徒の皆さん、墨田区立 緑小学校の先生方、そして勝沼さん、この度はお世話になりました。また、祭日にお伺いします。ありがとうございました。

※1: 立ち上げ時、引退された先生方の力に支えていただいた、との事でした。

※2: Viscuitには動く紙芝居を作るモードがあります


筑波大学 社会人大学院(GSSM)を無事修了しました

2013年、この春に社会人大学院である筑波大学 大学院 ビジネス科学研究科 経営システム科学専攻(GSSM)を修了し、修士(経営システム科学)の学位を取得しました。2010年から始めた「修士号 飛び級の道」、ここにゴールを迎えました。

簡単ですが、私なりのGSSMのお話…いわゆる体験記を、「GSSM ≠ 教わる場所」「2年間の流れ」そして「研究プロセスそのものが学び」の3点にまとめて書きたいと思います。

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■GSSM ≠ 教わる場所

GSSMは、教わりに行く場所ではなく、自ら学びを深める場所です。

MBAをはじめとする多くの社会人大学院・ビジネススクールは、「スキルを教える」ことを押している所が多いのでは思います。しかし、GSSMは違います。カリキュラムの形態は通常の大学院に近いものがあります。教わるための講義もしっかりありますが、それ以上に論文を書く事を通じて自ら学ぶ場所なのです。

MBAというと「ケーススタディ」という一種のシミュレーションを通じた「訓練」を行うことが多いはずです。しかし、GSSMは違います。目の前に存在する課題に対し、多くの知見を自分で噛み砕きながら、分析・実験を通じて新しい姿をモデリングする過程を体得して行く場所です。

MBAの一部の大学では、ストレート…社会人経験がない学生さんがいる所もあります。しかし、GSSMは違います。社会人経験を積み、一定の結果を上げた各分野の腕利きのビジネスマンが集まり、研鑽を行う場所です。

もし、GSSMをリカレントエデュケーション(社会人ための再教育)の場として考えていらっしゃるようでしたら、「教わるのではなく学びに行く」ことを踏まえて検討していただけると嬉しいです。

■2年間の流れ

GSSMは、自分の仕事やプライベートのペースに合わせて、カリキュラムを組み立てる事ができます。ただ、私を含め、次のパターンで取り組む方が多いかなと思います。注意点がありまして、2013年度から筑波大学は2学期制になったので、組み方が少し変わっている可能性があります。ご了承ください。

講義 研究
M1 4月 入学
M1 1学期 基礎科目中心の講義を受ける。 先生の人となりを知る。
M1 1学期末 単位の 2/5 を取る。 配属研究室 決定。 (希望はだいたい通ります)
M1 2学期 専門科目中心の講義を受ける。 研究テーマを考え始める or 論文のサーベイ(洗い出し)を始める
M1 2学期末 単位の 4/5 を取る。 ゼミ等がどんどん入り、研究モードにシフトし始める。
M1 3学期 専門科目、気合いがある人は博士の輪講科目に混ざって講義を受ける。 少しずつ研究計画が明らかになって行く。
M1 3学期末 だいたい単位を取り終える。 研究概要発表。M2で取り組む研究の計画がだいたい固まる。
M2 1学期 M1の頃に受けたくても受けられなかった講義を受ける。 論文のサーベイ・データ分析・実験実施などなど バシバシやる。
M2 2学期 (2年で修了を諦める人が出てきて、少しさみしい話をしたりする。) 中間発表。研究の進捗をまとめ、修士論文の執筆に備える。
M2 3学期 (講義を受ける余裕なんてない。) 修士論文執筆。死にものぐるいでやる。有休を取ったり、会社の勤務時間をずらす人もいる。
M2 最後 (みんなで思い出を語り始める。) 修士論文提出。学会発表に取り組む人もいる。そして、修了!

スケジュール、かなり濃密です。仕事とよく両立できたな…いや…同僚や上司の理解あってのことです…という状況です。研究を2年でまとめるのは、かなり短い時間です。GSSMに入って取り組む内容を決める時は、所属した研究室の指導教授とよく相談して、自分の研究のスコープをしっかりと絞って取り組むことが大切です。

■研究のプロセスそのものが学び

GSSMの醍醐味は、研究に取り組める事です。そして、研究プロセスそのものが学びにつながります。僕なりに、研究を通じて得た物は何かを5つ挙げてみます。

  1. 先行事例を「調べる」癖と技術がついた
  2. 物事を論理的にまとめて編集するスキルがついた
  3. 自分や他人の研究に対して論理的な視点で批判的に見る癖がついた(クリティカルシンキングに通じる)
  4. 研究者仲間と出会う事ができた
  5. 研究という道を知る事ができた

1は、今まで自分や他人が「常識」と思っていた事が、学術論文のサーベイやデータを取る事を通じて「どうやらそうでもなさそうだ」と知る事ができます。そして、常識で止まっていた自分の知見を越え、新しい知見を自分から見いだす事ができるようになります。しかし、そのためには「どこに」「どのような」情報があり、それを「どのように」探すかを訓練しないとうまく行きません。そこは、指導教授からやり方を盗んだり、教わったりするのです。

2は、これは修士論文を書く事そのものが訓練になります。執筆中は指導教授にずいぶんとダメ出しを食らって悔しい思いをするのですが(笑)、それは多くの人が「自分の知見を他人に説明するスキル」を養うことを普段してこなかったからです。修士論文を書く前後で、文体が変わる人も少なくありません。

3は、「否定する=相手の道を塞ぐ」ことではなく、「批判する=問題点を指摘する・代案を提案する」力がつくのです。1や2のプロセスを通じて、自分や相手が考え切れていない視点を発見し、より良い方向に持って行く力がつきます。これは、ビジネスのシーンでもすぐに使えそうなスキルですよね。

4は、同じ志を持つ研究者仲間と出会えた事です。これは、自分の研究を深める事をより大きく後押ししてくれました。これは、僕が指導教授としてお世話になった久野先生のご縁も大きかったと思います。最近は「あれっ、斎藤さん、博士課程に行かないの?」なんて冗談を言われるようになりました(笑)。

5は、ビジネスの世界にいると、どうしても仕事で結果を出そうと考えがちです。そんな中、GSSMでの学びを通じて研究という「究めて新しい知見を世に広める」取組みを行う…それも楽しい分野がある事を知りました。これを知って、博士課程に進んだクラスメイトが何人かいます。

スキルを獲得することに重きを置いた教育もよいでしょう。ただ、今のビジネスに自分を最適化するのと、自分から新しい分野を開拓している事のどちらが楽しいかと聞かれたら、僕は後者です。

■大学院を修了して

大学院の2年間を使って書き上げた修士論文が、つくばリポジトリ(筑波大学公式論文DB)にアップされています。よろしかったらご覧ください。128ページありますので、心して…どうぞ。

ここまで、「GSSM ≠ 教わる場所」「2年間の流れ」そして「研究プロセスそのものが学び」の3点についてお話ししてきました。GSSMで学んだ事はすぐに使えるスキルを積極的に学ぶ内容ではなかったので、直ちに成果が出ている感触はありません。いや、ひょっとしたら、学んだ成果は、自分では気づいていないほどに自然に活かせているのかもしれません。それは、人が僕に下す評価を聞いていると感じます。そして、今後10年、20年を通じて、徐々に学びを通じて獲得した力が生きてくるのではないかと考えています。その時、初めて学んだ事が活きていると自分で実感できるのかもしれません。

また、2年で修了できたクラスメイトは、30数人中、18人でした。例年、6〜7割程度だそうで、残りは遅れて修了するか、脱落するかです。遅れて修了するのは決して恥ずかしい事ではなく、仕事やプライベートのバランスを取った結果がそうだっただけなのです。とはいえ、2年で終える事は非常に大変なのにはかわりありません。

■クラスメイトの取材記事もご覧ください

クラスメイトが、社会人大学院に関する情報誌・Web記事の取材を受けていまして、その記事が掲載されています。みなさん、有名企業の前線で活躍している敏腕ビジネスマンです。ぜひご覧ください!

また、お近くに修了生の方がいらっしゃいましたら、あわせてお話を伺ってみてください。人それぞれの「目的」を持って通っていらっしゃる事が、わかるかと思います。

■最後に

僕はこの10年、学歴にコンプレックスを持ちながら生きてきました。ただ、ちゃんとした国立大学の研究型 社会人大学院に入る事ができた後は、「なんだこんなもんか」と徐々にその気持ちも薄れました。そして、今は晴れ晴れした気分で、毎日を過ごしています。

そして、僕が大学院に飛び級して修士号を獲得できたのは、勤めている会社の同僚・上司の理解あってこそでした。こうして僕に大切な機会を与えてくれた皆さんに、深く感謝します。どうもありがとうございました。また、この話が、リカレントエデュケーションに興味を持つ人たちの参考になれば、幸いです。

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VoiceLink でデジタル一眼レフカメラの買い方についてお話ししました

4月27日(土)に、VoiceLinkという”オンライン朝まで生テレビ”システム(詳細は「僕がチャットが嫌いな理由 そしてVoiceLinkを好きになった理由」をどうぞ)を使って、デジタル一眼レフカメラ(以下、デジイチ)を買う際のポイントについてお話ししました。

「初めて持つ1台を選ぶなら、3つの選択肢があるよ!」という内容です。

■きっかけ – 購入の相談に乗る事が増えた

僕は、趣味の一つとして、デジイチやフィルムの一眼レフカメラを使って写真を撮っています。自分で進んで風景を撮る事もあれば、頼まれてライブ等のイベントを撮影する事もあります。

そうしていると、1台目のデジイチを買いたい友人・知人から、「デジイチを買いたいけどどうすればいい?」という相談を受ける事が増えてきました。

約10年前…僕がデジイチを買った時、入門機の選択肢は初代 EOS Kiss Digital(「2004年1月の記事」をどうぞ)1本でした。しかし、今は入門機だけでも1メーカーから数種類、レンズも随分と増えました。カメラ系の大型量販店の店頭に立ったとき、初心者が自信を持って選ぶにはなかなか難しい状況です。

そこで、僕が普段、友人・知人に話をしている内容を短くまとめて、今回 VoiceLink で説明をしてみた、ということなのです。

■なぜ3つなのか

一家言ある方なら、もっと選択肢があるはずだと言われる事でしょう。しかし、今回はあえて3つに絞りました。

  1. 人間は3つくらいがちょうど選びやすい
  2. 店頭で直接自分がアドバイスできる訳ではない
  3. 買いたい動機がだいたい見えてきた

1点目ですが、「3つ挙げた理由」の説明はこれで終わりですね(笑)。でも項目を出した理由を説明したことにはなりません。

2点目ですが、買う人が持っている「要求」をじっくり聞いてあげることができれば、もっと複雑な選択肢を加える事が可能です。例えば、今回のスライドには挙げませんでしたが、予算が15万円以上あるなら EOS Kiss X7 + EF-S18-200mm F3.5-5.6 ISをチョイスすることもできます。ただ、これだと多くの人は「15万円もするの!」となり、購入をためらう事でしょう。ですので、予算10万円前後に据え置いた、できる限りわかりやすい選択肢を作るよう意識しました。

3点目ですが、僕の周囲の動機は大きく「とりあえず始めたい」「子供の写真を残したい」そして「写真がうまくなりたい」の3つくらいがあることがわかってきました。

その上で、3つの選択肢から選んで買ってもらえるように、説明をしてみました。ちなみに、僕の一押しは「写真がうまくなりたい」で挙げた、EOS Kiss X7 + EF 28mm F2.8(中古) のセットです。

■実際どうよ?

実は、次の日にある知人夫婦のデジイチ購入に立ち会う事になりました。その結果、下記の物を揃えました。

私も驚いたのですが、一通り揃えて7万円を越えませんでした。X50は2世代前のデジイチとはいえ、旅のお供に使う(※1)分には全く不足はありませんし、レンズキットで3.5万円で買えてしまうとは驚きでした(※2)。そして、奥様の方が写真撮影に積極的な事もあり、余った予算でせっかくだから中古で単焦点もどうですか?と促して、同時にEF 24mm F2.8を買ったのです。スライドで言うと、1番目と3番目が合わさった選択をした事になります。

1〜2世代前の入門機がこの値段で売られている時期がいつまで続くかわかりませんが、こんな選択もあるので参考にしてみてください。

なお、単焦点のEF 24, 28, 35mm はIS(Image Stabilizer:手ぶれ防止機能つき)つきの新型が売られていますが、これは新品の定価差が旧型の倍程度あります。新品にこだわりがなければ、2万円前後で買えるISなし中古を選ぶことをおすすめします。

■カメラの使い方・選び方には個人差があります

ひょっとしたら、この内容に反論がある方がいると思います。せっかくなので回答します。

  1. なぜNikon(または他社)ではないのか
  2. ミラーレスでもいいじゃないか
  3. 単焦点とかヲタだろう

1点目ですが、これはたまたま僕がCanonのカメラを使っており、Canonの機材の説明がしやすかったからです。もし、Nikonから使い始めていたら、Nikonを挙げていた事でしょう。また、CanonとNikonで近いラインナップがあるはずですから、Nikonが好きな人・薦めやすい人はそれを買えばいいかと思います。他のメーカーでも同様です。

2点目ですが、これはスライド中でも説明しましたが、デジイチは「カメラを撮る気合いが高まる」「レスポンスが良い」そして「レンズの選択肢が多い」のです。それが不要なのであれば、ミラーレスでもいいのではないでしょうか。強制するつもりはありません。

3点目ですが、単焦点は確かにヲタの要素がある事は認めます。一方で、ズームに頼りすぎると、構図を作る癖がつきづらくなり、自分自身の画づくりが固まらないのではと考えたのです。ですので、スライド中で紹介している物は、標準の焦点域の廉価な物を挙げています。

言い出せばきりがないことですが、僕は上記の3つのポリシーを持って書いているという事になります。

■ご参考まで!

この話が、デジイチを買う時の選択に悩まれている方の一助になれば幸いです。リクエストがあれば、改めて VoiceLink でお話しします。また、気が向いたら続編もやろうと思います。

※1: 旅行で使いたいと話が挙がっていました。

※2: ボディ単体だと3.4万円でして、レンズキットとして買った方が明らかにオトクでした。


ロジカルプレゼンテーション・ディベート入門講座を受講してきたよ

4月12日(土)・13日(日)になりますが、N&Sラーニングさん主催の「ロジカルプレゼンテーション」(12日)・「ディベート入門」(13日)講座を受講してきました。講義の事を、「きっかけ」「講座の内容」そして「活かせそうな所」の3点にまとめてお話ししてみたいと思います。

■きっかけ

春に大学院を修了したのですが、修士論文を書いていて痛感したのが「論理的に話をまとめるのが苦手」ということでした。これは議論の時も同様で、どうも都合が悪くなると違った話にそれてしまう癖がありました。そこで、論理的に話をまとめる力を集中してつけられる機会を設けようと、ディベートの講座を受けようと決めました。

ただ、ディベートやロジカルシンキングの講座って数多くありますよね。ではなぜN&Sラーニングさん、いや、講師である西部さんに習う事にしたかと言うと、ずーっと前にお会いしていたからです(笑)。速読講座の講師をやっている今村さんと共に、ブックトークオフという本を紹介しながら飲むイベントでご一緒していたのでした。そう、知っている人の知っている人だから安心だろう!と、なんていうのが最後の一押しだったのです。

そう、論理的に話すのが苦手な自分が、知人の知人をたどった行き先が、今回の講座だったのです。

■講座の内容

講座は2日間あります。僕なりに理解したポイントは、1日目は「Quick Thinking」、2日目は「争点を押さえる」ことであります。

1) Quick Thinking

1日目は、ロジカルシンキング…即ち論理的思考を鍛えつつ、更にプレゼンテーションを通じて主張する訓練を行います。ここでキーになるのが「Quick Thinking」、素早く思考することです。時間のない相手に、今すぐ2〜3分で論理的に伝えるためには何をしなければならないかを学びます。午前中こそ座学で学んでいましたが、午後になるとワークショップをガンガン行って体で理解して行く流れになります。

論理的思考だけなら修士論文の執筆などで鍛える事ができます。ただ、それを素早くするとなるとまた別の訓練が必要になる事がわかりました。これは、決して拙速という意味ではありません。

2) 争点を押さえる

2日目は、ディベートです。ディベートは、争点を理解し、論理的な議論を通じて主張の優位性を競うゲームです。決して、論理を使って相手を打ち負かすテクニックではありません。議論ですので、当然ですが前日のQuick Thinkingができている事が前提です。さらに、相手が話している論点を記録に頼りながら(そう、記憶ではありません!)攻略して行きます。午前はシミュレーション、午後はガッツリとディベートのワークショップです。

議論には議題が与えられていますが、意外や意外、議論を振り返ってみるとどんどん争点がずれて行くのがわかります(笑)。記録と議題に照らし合わせて、論点が何かを素早く理解し議論できていなかったのが、よくわかりました。これが、僕の弱点だったのです。

以上、ワークショップを通じて、Quick Thinkingと争点を押さえることを学びました。

■活かせそうな所

僕がぱっと思いついた所で、次の3つがあります。

  1. 会議などの議論の場で活かす
  2. 緊急事態(災害・システム障害)での判断力の養成
  3. 小論文などの受験対策

1ですが、これはディベートがすぐに活かせそうな場ですよね。おかしな会議だと、1時間後に「あれ、何の話をしていたんだろう?」というものがあったりします。1時間、無駄ですよねー。そこで、この講座を受講すれば、会議の議題に沿って自分の意見を主張し、まとめていく力を養う事ができるのではないでしょうか。

2ですが、僕はITインフラの構築・運用に携わっている仕事柄、機材故障を初めとしたシステム障害はどうしてもつきものです。そこで、短時間で復旧させるためには今何をすべきか、優先度をつけて判断し、行動するための思考訓練の機会となるのではと考えました。そう、ディベートで培うスキルは、災害等の緊急事態にあたる場合全般に活かせる訓練なのではと思います。

3ですが、打って変わってこれは試験対策ですね。小論文試験は、60〜120分程度の決められた時間に、出題者の意図を理解して、制限された領域(原稿用紙)に論理を展開して行く必要があります。僕も大学院受験時に経験がありますが、いきなりやってもうまく行きません。単に原稿を書くだけでもダメです。もし、小論文試験が苦手だと思う方は、特にロジカルプレゼンテーション講座を受講してみる価値があるはずです。

ロジカルシンキング・ディベートのスキルは、ビジネスばかりでなく、受験にも活かせそうですね。

■まとめ

ここまで、「きっかけ」「講座の内容」そして 「活かせそうな所」の3点についてお話ししてきました。ここで学ぶスキル、特にQuick Thinkingや争点を押さえる力は、ビジネスはもちろん、緊急事態や受験等にも活かせそうなのが良かったです。

2日間、日中目一杯使って講義とディベートを行うのですが、実は結構安いのです。僕の受講時は2万円でした。この手の講座って2桁万円くらいかかるのではと考えがちですが、そんな事は無く、経済的に無理なく受講する事ができました。ただ、ものすごく脳みそに汗をかきます。これは覚悟した方がいいかもしれません(笑)。また、ディベートは継続して訓練することでより上達できそうなこともわかりました。またN&Sラーニングさんではディベートの勉強会(会費 1,000円/回)も催されているそうですので、今度時間を作って足を運んでみようかと考えています。

最後に一つだけ。クリティカルシンキングの訓練を受けた僕の上司がよく話している事があります。「論理で相手を打ち負かせては行けない」ということです。論理的思考の訓練を受けた人が、論理を武器にして相手を押しつぶす行為は、プロボクサーが拳でケンカをする事に等しいくらい卑怯な事です。言葉の拳は、時として物理的な拳よりも相手を傷つけます。これだけはやめてください。

さて、僕の論理的思考のスキルはあがったでしょうか。また、議論時に争点をはっきりさせて話を進められているでしょうか。今後、仕事や研究の中で、じわじわと結果が出てきたらいいなと思っています。

■参考リンク

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僕は自分のタコメーターを壊してしまった

「自分の限界は自分で作っている」

よく、成功した経営者と言われる方が語られる言葉です。なるほど、人間は自分に甘えがちですから、このくらい強い動機付けが必要かもしれません。僕も、20代前半の頃にベンチャー企業で勤め始めて以来、この言葉をずっと信じてやってきました。また、20代前半の頃に勤務していた会社の中に、ノーベル賞を受賞した江崎玲於奈先生(※1)の色紙が掲げられてあり、そこに書かれた「限界への挑戦」というメッセージを毎日見て、限界を超える事を常に意識していました。

その中で、自分の今の負荷を感じる、車で例えるなら「タコメーター」を壊してしまいました。いや、20代の頃に意識的に壊すよう努めました。結果、僕は限界を超えてでしか、限界を知る方法がなくなりました。

■だれているんじゃないか

僕は、この30数年の人生の中で、最も精神的に充実しています。まず、社会人大学院への通学が終わり、高卒から修士卒となった事で、学歴に対する後ろめたさが無くなりました。仕事も、今までに無い恵まれた環境で取り組む事ができています。そして、プライベートも、非常に楽しく過ごせています。

この勢いで、また以前のように「ガッツリと」仕事に臨もうと、考えた矢先…

「良性発作性頭位眩暈症」、いわゆるめまいがきてしまいました。耳鳴りや、特に左耳の聴力低下まで出ています。

先月に入って、朝、起きられなくなる日が出ました。ふらふらして立てないのです。3〜4年前に1回、同じ物を経験しているのですが、今回は更に重く、長引いています。今は薬を飲んでましになりつつありますが、日によってぶれがあり、症状が解消した訳ではありません。

はっきり言って、だれてますよね。仕事と社会人大学院との両立が終わり、安心したんじゃないかと。気合いが足らないのではないかと。でも、心の奥底では、どこかで故障しないと、自分の限度を超えている事がわからなくなったのだと気づき始めています。

■ITエンジニアを続けられるのか

僕は、物事に取り組む最中、必ず自分に魔法をかけます。「これは必ずできる」「できたあとはより多くの価値を社会に還元できる」そして「そのために今を全力で生きろ」と念じます。念じた後は、やるべき事に強い集中力で臨みます。ある後輩が、その様子を「鬼気迫る物がありました」と言っていたのが印象的でした。また、「斎藤はいつ寝ているの?」という言葉は僕にとっての褒め言葉だと感じていました。

一方、30代に入り、20代の頃程は集中力が上がらなくなり、かつ学習する時の効率もあがらなくなりました。日々新しい技術が生まれますから、覚えられなければ業務について行けなくなります。経験で解決できる所もあるでしょうが、今の業務はそのまま過去の経験を活かせる状況にはありません。

「プログラマ 35歳寿命説」という話があります。信じる、信じない、それぞれ議論があります。僕は、半分信じています。なぜなら、35歳を過ぎてまでソフトウェア開発の最前線にいる事は、若手ではできない高度な技術・経験、そして情報の発信ができれば可能だと考えたからです(※2)。

僕は今、20代の時以上に、寝る間を惜しんでコードを書いて(※3)、売上を立てて、そしてより大きな仕事に携わって行きたいと願いながら生きています。でも、このごろは勝手に体が故障してしまうようになりました。まるで、古いイタリア製の自動車のように、負荷を与え続けるとすぐどこかの調子が悪くなります。「ちゃんと動かんかい」と自分の体を蹴飛ばして喝を入れて動かしたいくらいです。

喝を入れなければ、僕はITエンジニアとして生きることはできなくなるかもしれません。同じ価値を提供するなら、僕よりも若い人でも充分可能だからです。もっと言うと、日本以外にもたくさんいます。実際、優秀な若手・外国の人たちと一緒に仕事をする度に「自分はこのままやって行けるのだろうか」と強い不安を感じます。技術力では、もう抜かれまくっています。

そんな中、「体が悲鳴を上げているのだよ」と話してくださる人がいます。自分で逃げ道を作ってはならないと考えるこれまでの自分の意識と、やっぱりそうかと考える今の自分の考えがぶつかり、この言葉をあまりうまく理解する事ができません。

やらなければ退場を促され、やればあるタイミングで体に故障が発生する。どうすればいいんだ、と思います。

■限界を常に突破する力をつけて良い人は限られているのかもしれない

僕の周りには、50歳になっても毎日3時間睡眠でも全く平気な人がごろごろいます。さらに、元々頭も切れ、ビジネスでもしっかりと売上を立てられたり、技術を通じて社会に価値を提供できる方々です。更に、努力もしている。色紙を書かれた江崎先生も例外ではありません。その傍ら、僕は普通にやっていれば箸にも棒にもかからない訳なのだから、彼らの何倍も努力するのは当然の義務であると考えています。それは今も変わりません。

でも、残念ながら僕には3時間睡眠で日々を生きられ、めちゃくちゃ頭の回転がよい人間ではなさそうです。そんな人間が、限界に挑戦し続けると、やがてば車で言うとエンジンブロー、即ち人間として死んでしまう事と同然の状況になりかねないのではと、怖くなりました。

毎日3時間睡眠でも戦える人は、自分で限界を作らず、限界へ挑戦し続ける力を養う事は有用だと思います。誰もなし得なかった、とんでもない価値を社会に提供できるかもしれないからです。ただ、普通の人は、限界を知るためにたまに大変な山を乗り切るくらいに留めて、限界に挑戦し続ける事はやっては行けないのかもしれません。そうしないと、自分の負荷を知るタコメーターが壊れ、限界手前で負荷を抑えながら、体調をコントロールする事ができなくなります。

僕はこれまで、並の体力・精神力なのに限界に挑戦し続けた結果、エンジンブロー…心や体を完全に壊してしまい生きる力を失った同僚を見てきました。また、そろそろ自分だけの体と考えるには、慎重にならなくてはならない時期に来たのではないかと感じています。

限界を突破する力は、万人に薦めてはならないのかもしれません。

■では限界への挑戦をやめられるのか

僕は3つ選択肢があると考えています。

  1. 限界への挑戦を続ける
  2. 限界への挑戦をやめてのんびりやる
  3. 未知の分野を掘り下げて自分のペースを作る

1だと、どこまで人間として生き続けて行けるでしょうか。2だと、かつての自分がやった「あなたにはもっといい仕事がありますよ」って言われて、行き場を失うだけでしょう。そうすると、3が現実的です。自分が先駆者なのだから、自分がトップです。ただ、そんなウマの良い話はあまりありません。簡単にできたら、みんなやっている訳ですからね。もしかしたら、第4の道があるかもしれません。それは、僕にはまだわかりません。少なくとも、ITエンジニアを長く続けるのはもう難しいのかなと感じています。

これからを生きる人には、タコメーターを壊す程に物事に取り組んではほしくない、ということです。時々忙しい程度の、普段は定時で帰り、家族や友人と過ごす時間をじっくり持った、ゆとりと日々の幸せを感じ続けられる生活をしてもらえたらと、願います。最前線は、最前線の事ができる人に任せましょう。

正直なことを言うと、時々、思わず「僕はもう無理だ、殺してくれ、頼む。」と夜に願う事があります。僕は今、とても幸せです。でも、この先を考えると辛くてたまらんのです。


■追伸 2013-04-18

この記事を書いた後、知人から様々なコメントを頂戴しました。

会社を長期間運営できている経営者は、「価値観」を持っていると言います。価値観とは「絶対な自信」の裏付けであり、これを獲得するには一旦限界を突破することがきっかけになるようです。限界を突破した後、一旦ペースを落とし(彼は「沈み込む」と表現していました)、機が熟した…即ち価値観を形成できた所で飛躍・突破することが大切なのだそうです。

その上で、僕に対して「自分の今の置かれた状況とは、どういう意味で、どういうことが期待されていて、本来、なにができないといけないのか。」を分析し、まずは価値観を培う事が大切なのではと提案してもらいました。また、より大きな飛躍のためには、しっかりと沈み込むことが大切であるとも述べています。ただ、このプロセスは誰にも評価されず、一つも面白くない作業になるだろうと言われています。

価値観が確立すれば、「心の奥にある空虚さを静かに見つめること」ができるようになり、相手のもつ価値観を評価でき、かつ表層的な権威等には動じなくなるだろうとのことでした。

実際、私の身近で、並々ならぬ力を入れている人(先に挙げた僕の定義上の「成功した経営者」とは違います)も、この限界の突破を経験し、今に至っているとの事でした。

僕は、我慢の時期に入ったのかもしれません。

※1 社外取締役として入っていただいていたのでした。

※2 さらに「好き」が重なると強力です。もう、太刀打ちできません。

※3 ITインフラを支えるには今はコードが必要です。

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    昼はITインフラの構築・運用に関わるソフトウェア エンジニア、夜は焼酎をこよなく愛す兄ちゃんです。
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