エンジニアとしての落としどころを作る

コンピュータのエンジニアをやっていると、技術を高めたい、最新の技術を得たい、そして尖ったエンジニアになりたいと一度は思うものです。ただ、僕はそれらは諦めて、今年からは自分なりの落としどころを作ってやってみることにしました。

では、落としどころとは何なのか、です。のんびり考えていた中で、方針を決めてみました。

  • 問題解決に関わる立場であり続けることを念頭に置く
  • 最も効率よく開発・改善し続けられる技術を選択する
  • 泥臭く・人懐っこくやる

仕組みを作る立場であり続けることを念頭に置く

僕はソフトウェアエンジニアとして転職を何度かしています。仕事をする中で、現在いる・過去にいた組織のどの上長も評価して頂いていたのは、人・お金・情報のバランスを取りながら、ソフトウェアを基盤にした仕組みを作って結果を出している点でした。

ソフトウェアエンジニアでありながら、最高の技術を導入したとか、最新の技術を普及させたとか、または対外活動を通じて会社・自分自身の知名度を上げている、ということではなかったのです。実は、つい最近まで先の評価は不本意だったのです。僕の印象では、多くのできる技術者は、この辺りで結果を出していると見ていたからです。

では、どうやって気持ちの整理をつけたか、です。

まず、一番最初に整理がついたのは「最高の技術」です。20代末期にLinuxのファイルシステムのコードを書いていた先輩がいました。その人と話をしていると、ああ、これは到底追いつけない境地だなとあきらめがつきました。分野こそ違えど、そのような尖った人と競争するのはとても敵わないことを知るのでした。

次に、「最新の技術」です。これはつい最近まで引っ張りました。今いるITインフラ関係は、最近は変化が早いところでして、とにかく追いつかないと置いて行かれて大変なことになると、一種の強迫観念さえありました。ただ、結婚して、子供が生まれて、これまでのようにに力技でがんばるには限界が来ました。

最後に、対外活動です。今の勤務先になって自由に対外活動ができるようになり、最初は喜んでやっていました。ただ、最近になって発表慣れをしてしまうと発表することが目的になりかねないのではと危機感を持つようになりました。そこで、真にこれはやってみたいと思うものと、業務として指示されたもの以外は、無理はしない程度にこなそうと考えるようになりました。

考えてみますと、環境の変化が落ち着く所に落ち着かせてくれたのかもしれません。

そして今、僕はITインフラエンジニアがほとんどを占めるMSPの中で、珍しく「開発」の職責を与えられたソフトウェアエンジニアです。その中で、ITインフラの構築・運用をより効率よく・より大量にこなせるようにするために、ソフトウェアを使った解決策を提案をし、改善をしつつ普及させる役割を担っていると理解しています。丁度いい場所です。

最も効率よく開発・改善し続けられる技術を選択する

さて、新しい技術、深い技術を全くやらないかと言うと、そうでもありません。追いつき方を変えようとしています。

  • 事例が出始めたら調べ始める
  • 素晴らしいGetting Startedが出たら試す
  • バランスを鑑みて採用する

まず、事例が出始めたら調べ始めます。名前が出ただけだったり、話だけの状況の時は手を出すのをやめます。この段階から追い始めると果てしなく追わないと行けなくなり、僕にとっては辛いだけになってしまいました。そんな中、未来を感じて試した人が事例紹介や解説をはじめた段階で、その説明を吟味しつつ情報を仕入れることからはじめるレベルまで一旦後退させています。これだけでも、技術の流れを何となく掴めているかなという気もしています。

続いて、素晴らしいGetting Startedやハンズオンイベントがあれば取り組むようにしました。充分に練られたこれらを体験すると、数日かけてドキュメントを読破するより短時間で早く情報を集めることができます。また、大枠を知っていれば、後でドキュメントを漁るときにもポイントを見いだしやすい利点もあります。

最後に、技術の採用はバランスだと考えています。組織に新しい物事を持ち込む時、「これは最新かつ最高だ!」と言っただけでは意味がありません。ほかの人も扱えるようにする仕組みを作れないと、企画倒れになるか、オーバーエンジニアリングになるか、ひどいと誰も触れなくなる負債となって後任者に迷惑をかけることさえあります。何事にも「」があることを踏まえ、その上で導入するメリットがあれば導入するようにしています。

新しい技術を知ることは、今の自分にとっては引き出しを増やす行為であると思ってやっている所です。実際に使うかどうかは、その時々によります。また、あまり調べていなかった技術が今すぐ必要になった場合は、充分に調べて導入することもあります。

もちろん、業務で利用する技術選択の最終判断は経営層に委ねていることは言うまでもありません。

泥臭く・人懐っこくやる

最初の節で「仕組みを作る」とお話ししましたが、十年余仕事をしてきてこれは現場だと非常に見えづらい仕事であることもわかってきました。言い換えると「あいつ遊んでるのではないか」と見られてしまいかねないのです。Webサービス開発などで直接売上に寄与している状況だと問題ないのですが、仕込みをしているとき…特に業務の仕組みを作る場合、現状の分析や今後の見通しを立てている段階では形としては非常に見えづらいものがあります。それでは、確かに遊んでいると見られても仕方ないのかもしれません。

そこで、最近ではこんな活動をしています。

  1. 使ってもらえそうな人に協力してもらう
  2. 普及活動をやる
  3. 御用聞きをする

1は、パイロットプロジェクトを設けると言い換えることもできます。そのとき、プロジェクトの担当者に「この新システムを使うと幸せになれますよ!でも荒削りだから改善しつつですけど…」と、もちかけるのです。ここで、まずは何が起きているかをじわじわと見せること、そして取り組みに共感してくれる人を一人でも増やしていきます。同時に、ソフトウェアエンジニアとして完成させることを意識しすぎず、ソフトウェアを育てることを意識することへの転換でもあります。

2は、ハンズオンや導入支援、そしてドキュメンテーションを通じて、普及を促進します。何事も百聞は一見に如かずでして、ハンズオンを通じて小さい会社なら全関係者に1時間でも触ってもらえるだけでずいぶんと理解してもらえるものです。その上で、ハンズオンで説明しきれなかった部分は、導入支援やドキュメンテーションでフォローするのです。これで、一気に普及を加速させます。

3は、2が落ち着いた頃に行います。利用者インタビューや、ふとしたときにちょっと話を聞くことで、改善点を見つけることができる場合が多いです。今の勤務先にはGitlabが導入されており、IssueやPRなどで要望を受け付けることもできるのですが、期待しすぎない方がいいです。情報は、取りに行った方が入る量が多いことは今も昔も変わらないことを実感しています。

ソフトウェアエンジニアの仕事をしていますが、この3点を読んで頂くとあまりソフトウェアエンジニアらしくなく、泥臭い感じがありほかの人からは敬遠されそうです。とはいっても、ここまでやって初めて現場の人に自分の仕事を理解してもらえはじめている感触があります。

また、以上の活動を通じて人懐っこさも大切だなと考えることも増えました。10年前に一緒に仕事していた先輩に最近聞いた話によると、20代の頃はちょっと怖い狂犬とは言いませんが噛み付かれそうな感じがあったとのことでした。これだと人は近づいてこないのは当然です。こういうのを、少しずつ丸くして行くことを求められます。なかなか難しいですね!

なお、より詳しい話は会社のブログ「ツール普及のために社内ハンズオンに取り組んでみた – インフラエンジニアway – Powered by HEARTBEATS」に書いていますので、あわせてご覧ください。

自分はこれでいいのだなと思う

定性的な所で人と比較して自分はどうか、とやってしまうと結構苦しむことが多いことにようやく気づいた今日この頃です。自分の評価は人がすることでありますし、それを自分自身がどう取るかだけなのかもしれません。ですので、凄腕エンジニアになるというのは諦めました。そこで、それなりに技術は持ちながら、ほかの人があまりやらない・やりたがらないけど組織全体に必要なちょっとした工夫ができることで、生き延びようとしているところです。

20代の頃は体力と時間がありましたから、突き進むことでかなり良い結果が得やすい状況にありました。そして、自分の可能性の限りを尽くすこともできました。しかし、30代になりますと体力と時間が以前ほどは無くなり、同じようにはできなくなります。

そこで、切り替えです。これまでの積み重ねを元に、使える時間の中で工夫しながら活動することにしました。そうしていると、無理をせずとも結果の出方が変わる手応えを感じます。一方で、誤った開き直り方をすると、だらけてしまう恐れもあります。このあたりのバランス感はまだまだわからん所があります。

それでも、自分はソフトウェアエンジニアとして変わらずやっているつもりです。

ソフトウェアのプロダクトと一緒で、僕自身のやり方も荒削りだけどとにかく出す、そして現状にあわせて最適化し続けていくことが、すぐにできる最も簡単な取り組みの方法なのかもしれません。

産業技術高専で進路に関する講演をしてきました

本日、東京都立産業技術高等専門学校(高専) 品川キャンパスにて、電子情報工学コース 4年生の皆さんに向けて講演をしてきました。今回は、進路指導、特に就職に関しての経験談を話す目的で壇上に立つこととなりました。そこで、大変僭越ではあるのですが、社会人になってから十数年のことについて、お話ししました。

このエントリには事後のまとめとして、発表内容、アフターフォロー、そして感想の3点を残します。

発表内容について

3部構成となっています。

  1. 勤務先について
  2. どうやって今に至ったか
  3. 就活の時に取り組んでみるといいこと

1は、勤務先が実践している新人育成の概要を重点的にお話ししました。これをもとに、実際に働いてみたい企業がどのような育成を行っているか、比較する土台として使ってもらえたらと考えていました。比較ができれば、何が良くて何を自分で補完する必要があるのか、確認する術を設けることができるはずです。

2は、仕事を続けて行くと変化するもの、変化しないものが存在することがあるのをお伝えしました。その上で、どの分野においても「論理的な文章を読む・書く・伝える」技術は陳腐化することなく、一生自分を支えてくれるものになるとお話ししました。また、高専は論理的思考力を養う良い場所であることも伝えました。ご存じない方もいるかもしれませんが、高専の常勤の先生のほとんどは、博士号をもっているのです。そう、「論理的な文章を読む・書く・伝える」ことを、論文発表等で鍛えられたその道の専門家から直接学べる環境があります。

3は、就活お得情報として、特に情報の集め方に焦点を当ててお話ししました。特に、ステークホルダーが違うと伝えることが変わる場合があるが、それが大きな矛盾をはらんでいないか、また現在と今後で方針の変化が起こる可能性があるかを確認した方が良いとお伝えしました。

アフターフォロー

前提として、今回は情報系・電子系の学生さんが混在していらっしゃいました。そのため、できるだけ理系の仕事全般に言えることを伝えるよう心がけました。とはいっても、僕が情報系の人間でしたので、情報系の話を軸に講演を組み立てていたのは事実です。そのため、電子系の方には使えなかった話があった点は恐縮でした。

いくつか質問がありましたので、まとめます。

面接をどう乗り越えればいいか、について。細かい技術は今後学ぶとして、基本は自分自身が高専で何を学び、何を得たかをきちんと話せるようにする必要があります。少なくとも、現場技術者のタマゴとして高専出身者を雇おうとする時、何を学んできたか、そして今後も学べる力があるかどうかを確認したいと考えているためです。

就活の情報として提示した有価証券報告書、について。もし、上場している企業に対して応募したい場合は、投資家に対して説明している有価証券報告書をぜひ確認して下さい。こちらは、EDINETか、企業の公式WebサイトにあるIR(投資家向け情報)のカテゴリから探すことができます。まずは、現在の経営状態、今後の方針を読むようにして下さい。また、数字が読めるとより良いです。可能であれば、簿記2, 3級程度の知識を持っておくとベストです。数字に関する知識も、長く使える基礎知識になります。

企業の新人育成方針の情報収集、について。こちらは、企業の公式サイトにある新卒者向けカテゴリに準備されている場合があります。ただ、中小企業では社内に育成メニューこそ存在していても、紹介するまで手が回っていないことが少なくありません。そのような場合は、手間かもしれませんが、ぜひ企業の人事担当者にメール等で尋ねてみて下さい。

感想

高専のみなさんは、噂に聞くように賢い方が多い印象を受けました。講演中に質問のやり取りをすると、きちんと説明・意見を述べられている方ばかりで、素晴らしいなと感じました。同時に、進学するか、就職するか、選択を迫られている緊張感がひしひしと伝わってきました。

僕自身も、高校生時代に進路指導の一環で社会人の話を聞くということがありました。ただ、話者は芸能人の方だったのです。「いい話」は聞くことができたのですが、その経験談を自分に適用できるかと考えた時、あまりピンとこなかったことがありました。そこで、自分が話す時はそうならないよう、より現実に即した話、近い未来に遭遇する問題とその解決策の提案をできればと考えて今回の講演を行いました。

一方で、話が堅い内容になりがちでもっとユルくできないものか、もうちょっと10代後半の人に寄り添える話ができるものか、工夫する余地はあったかもしれません。今後の課題です。

おわりに

ここまで、高専4年生の方に向けて講演した件について、発表内容、アフターフォロー、そして感想の3点についてまとめました。今就いている情報系の仕事を軸に、できる限り近い未来に起こるであろう現実を想定できるようにお話ししたつもりです。

僕が高校生の頃を思い出すと、大学受験が本格化するとクラス内で進学先をどうするのか、という駆け引きがあったことを思い出しました。ただ、大学受験はクラス内の数十人が相手なのではなく、日本全国の全ての高校生・浪人生が対象です。そう考えますと、クラスで誰がどんな進路を取るというスケールの思考だと、狭い世界に閉じこもってしまっていたのではと反省しています。また、日本全国で受験で結果を出している人が何をやっているか・どのようなことを考えていたのか、もう少し突き詰めて調べても良かったかもしれません。

高専生の皆さんは高校生の大学受験とはまた違った大変さがあるはずです。とはいえ、進路に悩んでいた点では15年前の自分と変わりありません。今回の話が、進路を考えるにあたって一つの指針になれば、幸いです。また、お声掛け頂きました先生方、どうもありがとうございました。

広げる話・収束させる話を使い分けて会話を楽しみたい!

人間、生きていると誰かと話をするものです。そんな中で日々思った事をまとめます。

今回は、広げる話と収束させる話、場に応じて切り替えると良いと思うし、特に仕事でもない時は収束させる話に持って行って結論を急がなくてもいいんでないの?というお話です。

広げる話と収束させる話

話を始める前に、この記事の中で使う言葉の定義をします。

まず「広げる話」とは、会話の場に登場した話題を発散させる方向の会話の進め方とします。例えば、アフタヌーンティを楽しみながらあーだよね、こうだよねと話を会話を通じて時間を過ごす事を楽しむ状況を想像して下さい。また、会話に参加している人同士で人となりを知り、そして快楽を得る事ができます。

続いて「収束させる話」とは、会話の場に登場した話題を収束させる方向の会話の進め方とします。例えば、仕事中に催される会議において、決まった時間の中で結論を導き結果を出す状況を想像して下さい。また、会話に参加している人同士で問題解決を行い、各自の使命をより明確にする事ができます。

仕事じゃないのに話を収束させてしまうのはつまらない

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ふとした会話なのに、話を収束させられてしまう事があります。言い換えれば「確かにあんたが言う事は正しいよ、でもその話がしたいんじゃないんだ僕は!」って状況です。これは、直接の会話ばかりでなく、 Facebook などのテキストベースの会話でも起きています。

「〇〇だから××、故に△△。」全くその通り。わかる。でも、それ以上続かなくないですかね。また、否定しちゃうともそこで終了です。例えば、「ベトナムはいい所だ、飯もうまいし旅費も安くてさ〜」と切り出したときに、「いや、私はいやだった。航空会社は〇〇航空に比べてサービスが悪く、現地は感染症も日本に比べて多い。」としたらどうでしょうか。もちろん論理的に反論する事はできると思います。しかし、ここではどちらかに結論を収束させるのが目的ではないので、僕がこの話題を切り出したならその会話は打ち切り、別の話題を出します。

僕が求めているのは、「ベトナムはいい所だ、飯もうまいし旅費も安くてさ〜」と切り出されたときに、「おお、フォーってのがあるらしいけど、あれはうまいのか?」や「そりゃいい、俺も行きたい!」と、話が広がるよう更に盛り上がるように掘り下げることです。さらに、近い経験をしたなら「実は俺も行った事があって、××ってのがよかったぜい。」とより話を豊かにしたり、論理的に「ベトナムは日本よりコーヒーが△割安くて良かったよ!」と話しつつ相手がより理解しやすい形になっていたら、更に楽しいなと思うのです。

その中で、会話の相手がどのような体験をして、価値観を持って生きている事を知り、そして楽しい時間を過ごせたら最高だなと考えています。

ちなみに僕の中で例外がありまして、その一つが思考実験です。例えば「情報教育において指導する先生が不足しているが、それを解決するにはどんな手だてがあるか?」という話題が当てはまります。これは、論理的に展開しつつ結論に向かって会話する事を楽しみにやります。とはいえ、人となりを知り、快楽を得る点は変わりません。

仕事なのにだらだら会議も良くない

逆に、仕事中にダラダラ会議をしてしまう人がいます。これは、話を収束させるために論理的に物事を整理する事が足りていないのが一因ではと考えています。

時々、論理は相手を攻撃するための道具だと誤解されている事があるようです。僕は、論理は会話する相手に対して再現性を持って伝えるために必要だと考えていて、攻撃に使うものではありません。また、人は一人一人違う事を考えていますから、自分が何を考えていてどうしたいと伝えるためには、感情だけでは理解されるものでもありません。

会議はコミュニケーションを楽しむ場ではなくて、集団で物事を推進するにあたって意識をあわせて次の段階に進むために必要な工程だと、僕は理解しています。その中で、漫然と話を広げて会話をするのはあまり賛成できません。とっととコード書くなり、企画を熟成させるほうに力を注ぐほうが生産的です。

尚、効率の良い会議の手法自体は様々な所で語られており、ここでは述べません。

やばかった自分の20代

実は、平時の会話を収束させてしまう状況は、20代の自分によくありました。どうしてかなと、今振り返りますと次の点があったのだなと思います。

  1. コンプレックスが強かった
  2. 会話には勝敗があると思っていた
  3. 日々を楽しむ視点がかけていた

1は、その頃は高卒でして、大卒相手に仕事をする際に絶対に負けたくない!という気持ちが強すぎたのでしょう。だから、会話中に負けないように「私はあなたよりも〇〇を良く知っている(という趣旨の話)」や「いやそれは違う」などと言ってしまいがちでした。ちなみに、大学院を出たときに、これはなくなりました。

2は、1にも続いてやってしまっていました。だから、相手が腹立ったからこいつの鼻っ柱をへし折ってやろう!となったときに、逆に悔しい思いをして会話を終えてしまった事もありました。

3は、仕事ばかりの事を考え、そして休み無く仕事をしていたせいか、一緒にいる人と楽しく時間を過ごそうという視点に欠けていました。これでは、少しでも僕の事を面白い人だな!と感じてもらえたとしても、その後にテンションをダダ下がりにさせてしまっていたかもしれません。

あと、こうしていると、なぜか疲れてしまうんです。気を張っているし、楽しんでいないからなのでしょう。勝ち負けだけで物事を捉えてしまうと、辛いだけですね。

そんなこんなで、仕事こそちゃんとやっていたつもりですが、私生活ではあんまよい感じじゃなかったなー、と33歳になって振り返っております。まだ、残ってたら指摘してやって下さい。

平時は会話を楽しもうぜ

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では自分が広げる話と収束させる話を意図して切り替えるようになったのは、昨日今日ではありません。よく行くバーで飲みながら他のお客さんと話したり、普段とは違う領域・組織の人と付き合う中で、徐々に醸造されたものです。

そうしていると、特に私生活では自然と疲れづらくなった気がします。というのも、悪い人じゃないんだけれど無理に付き合う事も無いかなー的な人と、話してて楽しいし自分が気持ちよく付き合える人が自然と見えてきて、やりやすくなりました。

あと、僕の場合だけかもしれませんが、気持ちよく付き合える人と仕事をすると、不思議とうまく結果が出せるように感じます。単に恵まれているだけかもしれませんが、その率が上がっているのは僕にとってとても有益です。そして、相手にとっても有益であって欲しいと願います。

なお、改めて申し上げますが、どの場面においても論理的思考・説明を否定するものではありません。広げる話の場合と、収束させる場合で、使い方を変えるといいんでないの?と言いたいのです。

ということで、広げる話と収束させる話を使い分けて、特に仕事以外の平時では広げる話を通じて交流を深めるのが楽しくてよくね?というお話でした。

なぜ仕事の焦点を絞ろうとしているのか

■がむしゃらが通用する状況とは

がむしゃらにやる、というのは非常に聞こえがよいものです。やっているその時は集中力もあがります。その上で、結果が出ればとても幸せな気分になれるものです。また、がむしゃらにやる時は自分の担当範囲は当然やりつつ、それ以上に自分が本来カバーしなくてもよい範囲に対しても積極的に力を注ぐものです。いや、注ぎたくなると言うか。身近な例で言えば、総務の人が忙しい時に、営業の人が代わりにお茶出しをするなんてのも一例です。

しかし、がむしゃらにやりやすい状況は、目標が定まっている時です。身近なものであれば受験勉強、ちょっと大きなものではスポーツの大会で一位になること、更に大きな話であれば高度成長期の日本であったりします。特に、仕事であれば目標に向かって誰よりもがむしゃらに行動して価値提供し結果を出す事が重要であり、そして誇りとなっていたからであります。

僕には、この感覚が深く根付いています。

■がむしゃらが通用しない現在

今の時代は、目標を設定しづらいものです。がむしゃらにやる事が、うまく行く事につながりづらいと言えます。というのも、自分が正しいと信じてやる事は出来ますが、それが正しいかどうかを測る尺度が無いからです。うまく行かなかったとはっきりするならまだよいのですが、ある人からは応援され、またある人からは否定されると言う、引き裂かれる状況に遭遇する事も、珍しくありません。

つい最近までの僕の状況が、これです。

■自分を説明できない

以前「ジェネラリストはまずスペシャリストであること?」で書きましたが、僕は僕自身を簡単に説明できません。人から何をしているのか?と聞かれた時に「私は (10文字程度) を仕事にしています」と言えません。あえて書きますと「私は、元々サーバサイドシステムの開発者ですが、今はプロジェクトマネージャや上流工程のエンジニア、そしてインフラエンジニアをやりながら仕事をしています。」となります。長いですし、そしてこれの意味が分かる人ってどれだけいるのでしょう。

そう、自分の身近にいる人に、僕はプレゼンスを明確に出来ないのです。そうなると、あいつって誰だっけ?存在している理由ってあるの?やたら厳しい事は言うけど、なんか結果を出していたんだっけ?となります。「何でも出来ます」と言うと、何も出来ないと言っているのと変わらない訳です。

■ずっとそうだった訳ではない

僕は昔からそうだったのかというと、そうだった訳ではありません。言い訳をすると、スマートフォン開発が主流になったここ2〜3年、サーバサイドシステム開発から離れざるを得ませんでした。そのため、以前は主軸にしていたサーバサイドシステム開発者というポジションを一旦横に置いて、他に稼げる所で稼がざるを得ませんでした。

そんな中では、僕自身を理解してもらう事は極めて難しい。自分自身が説明できない仕事を、どう人に理解してもらうのでしょう。目立った結果も出ない、人生にはそういう時代もあるんだろうと我慢する毎日です。これはなかなか辛いものがあります。大学院で学ぶ、という別のモティベーションが無かったら腐ってしまったかもしれません。

■インフラエンジニアに注目し始めた理由

最近、「インフラエンジニア」というポジションに注目しています。僕が技術者として仕事を始めた10年前はこの職種はなかったのですが、ここ数年で聞かれるようになりました。インフラエンジニアといいますと、決まった運用作業をこなすサーバオペレータとしての仕事はもちろんの事、サーバ上で動かすソフトウェアの「基盤」となるシステムを設計・構築・運用、そして臨機応変にトラブル解決を行うエンジニアです。

現在のインターネットサービスを動かすためには、単にプログラムを書けば動く事はほとんどなく、ミドルウェア…Webサーバ、データベースサーバ、アプリケーションサーバ等…という基礎となるソフトウェアが無くてはならない時代なのです。10年前、ミドルウェアが雨後の筍のように出始めた時はシステム開発者がまとめて面倒を見ていたのですが、複雑化・大規模化した現在、開発者だけでは手が回りづらくなり分担が必要となってきたのです。

インターネットサービスを動かすための全てのソフトウェアとハードウェアを見通し、お客様に価値を提供する。僕だから出来る仕事なのでは、と考えるようになりました。

■誰もやらない事・やれない事をやる

僕は、いろいろな業務に手を出しているうちに、誰もやらないこと・やれない仕事を担当する事がよくありました。その中の一つが、先にお話ししたインフラエンジニアです。とはいっても、この仕事は僕が今までやっている事と大きくは変わらないのです。インフラエンジニアという言葉を通じて焦点を絞る事で、自分自身のプレゼンスをはっきりさせることができるようになることがわかっただけなのです。また、この言葉で戦う事が出来る時代が来たとも言えます。

確かに、今でも何かサーバサイドシステムの開発を担当してほしいと言われれば出来ます。でも、この仕事は僕よりも優れたエンジニアが周りにたくさんおり、そこで勝負しても僕はその彼らより高い価値を提供する自信はありません。5年以上前から僕を知る人にはサーバサイドシステム開発のお仕事について時々お声がけいただいているのですが、心苦しいと思いつつお断りしているのは先の理由があるからです。

とはいえ、ここまでお読みいただければわかる通り、完全にサーバサイドシステム開発からはなれる訳ではないのです。ぐっと、焦点を絞る戦い方を選んだ、それだけの事です。

■うだつが上がらない時こそ見定める

うだつが上がらない時は、本当に苦しいものです。軸が使えなくなるので、どうにもなりません。たまたま僕は軸以外の仕事も手広くやってきため何とか凌ぐ事が出来ましたが、もしこれまでに軸以外の事をやっていなかったらと思うとぞっとします。

そうしたとき、様々な人と会ったり、違う事に力を注いだり、そして今の状況を静かに見定める事で、次の一手が見えてくるのではと思います。四路五動とはよく言ったもので、止まることがこれほど大切なことなのだと知ることができた、貴重な数年だったと振り返っています。

目標が見えない時代だからこそ、自分のプレゼンスを明確にする。そうすることで、自分がどのような価値が提供できる人間なのか相手に伝えやすくなり、そして志を同じにする人が自然に集まり始まりムーブメントが起きる。そうなれば、またがむしゃらにやればいいのです。

僕は、そう信じています。

3.11 から1年 … 身近な幸せを考える

3.11 東日本大震災から1年が過ぎました。みなさま、いかがお過ごしでしたでしょうか。

起業した人、被災地のボランティアにフルタイムで入った人、追われてしまった人、動きが取れなくなってしまった人、そして…僕もそうですが…今まで取り組んでいる仕事に引き続き取り組む人、それぞれいらっしゃいます。そんな中でも、震災前にお会いした多くの人とこの1年で生きて再会できた事が、何よりと思っています。

ただ、一つ言える事は、震災前と「世界」が変わりました。多くの人とお話ししていると、それを「震災前を思い出す事が出来ない」や「エンジンがかかった」や「ガラッと変わった」など、言葉こそ違いますが一人一人が感じていらっしゃいます。では「世界」とは何でしょうか。

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■明日「死ぬ」かも知れない

今年の3月5日に、私の祖父が亡くなりました。91歳でした。70代まで仕事をし、大病をせずいつも元気に過ごし、そしてついこの前の正月も一緒に祖父が大好きな麦焼酎「いいちこ」を一緒に飲んでいた矢先、突然のことでした。心不全…まさに「ぽっくりと」亡くなりました。葬儀には、会場に入りきれない程の方に参列いただきました。

正直、3.11の出来事は自分にはあまりに大きすぎて「死ぬ」ことがよくわからなくなっていました。その中で、身近でいつもそばにいてくれた祖父が亡くなった事実に触れたことで、改めて、人は死ぬ、そしてそれは明日、いや、この今の一瞬なのかもしれないことを現実として捉えられるようになりました。

死と言うのは、とても身近な事なのかもしれません。

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■身近な幸せ考える

僕は、つい最近まで、自分の仕事をを通じて「世界を変えたい」と考えていました。そしてビッグになりたい、と。これは、20代前半に経験した成功体験が後押ししていました。一方で、自分自身の家族・友人・仲間・身近なお客様に対してはどうだったでしょうか。何か大きな事を成し遂げようとするあまり、小さな事だと蔑ろにしていた所があったのかなと、思うようになりました。

これまで、自分自身ではプライドを持って物事にあたってきたつもりですし、今の状態は決して恥ずかしい状態ではないと自信を持っています。ただ、今の状況から更に次へ進めるのか、少しずつ不安が高まっていたのは事実です。同時に、身近な人の幸せに対して心を配れていなかった事に、薄々後ろめたさを感じていました。また、長距離を短距離走のペースで走り続けてきたせいか、30歳になりましてさすがにしんどくなってきました。どこかで無理をしていたのかもしれません。

自分自身の心に何か満たされていない事を感じていたのは、身近な幸せを自分で感じようとしなかった所にあったからだと、思っています。

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■これから

生きて行く上で、これからどうするか。それは、「継続する」事と「身近な人の笑顔を大切にする」をテーマに進みます。

まずは、自分自身の事です。この事については、家族や友人にいろいろ心配をかけ続けてしまいました。自分自身の「継続」と言いますと、多くの人は「身を固める」事だと考えていらっしゃるはずです。恐らく、その多くの人たちと近い価値観で動くつもりです。ただ、こればかりは段取りと言うものはありませんので、無理をせずやって行くようにします。

続いて、大学院です。単位は取り終わり、修士論文の執筆に注力するばかりとなりました。不思議とテーマが「身近な幸せ」に通ずるものがあります。また、科学的にやることで、実務・現実の世界とは違った観点でこれからを見据える事が出来るのではと、考えています。

そして、仕事の事です。大きな事の前に、小さな事からこつこつと。身近な仲間やお客様と、技術者としての責任を伴いつつ楽しく日々を過ごせるよう接して行くようつとめていきます。

継続と死は正反対のことであります。しかし、死した時・破壊された時にその継続が何だったのかがはっきりします。そう思うと、今やっている事は全て積み重なることを意識し、そして 3.11 や故人を偲び、生きる事の大切さを知りました。それが、一人一人の「世界」になって行くのだと私は理解しています。

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