筑波大学の社会人大学院での生活も、無事2年目を迎える事が出来ました。修了に必要な単位は何とか取り切りましたので、後は修士論文のための研究に力を注ぐのみです。

さて、修士論文というのは修士号を取るためには避けては通れない道でして、あと1年以内に普段書き慣れていない学術論文を認めなければなりません。そのため、多くの修士課程・博士前期課程の人は担当いただいている指導教授からあれこれ指導が入っているはずです。僕もその一人です。

■学生の論文は指導教授と一体である

書く以上は学術的にも価値が高いものを書きたいわけです。そこで、情報処理学会をはじめとした学術系の研究会に足を運び、他の方の論文と発表を見に行くようにしています。いわゆる敵陣視察、ですね。この中には、「なるほど!」と伝わる素晴らしい論文から「えっ?」と思う不思議な論文まで、いろいろあります。

さて、企業の研究所や大学教授の方が書かれる論文とともに発表されるのが、私のように修士課程・博士課程にいる学生さんの研究発表です。発表を聞いていて感じたのが、どうやら学生さんの発表には指導教授の指導状況も同時に見られているということです。いい発表であれば「さすが○○先生の学生は素晴らしい」となりますし、逆に問題があると「あの人の指導教授は誰だ?」となります。

自分がきちんと恥ずかしくない研究をやらなければ、自分ばかりでなくお世話になった指導教授の体面も汚してしまうかもしれないのです。これは大変な事だと気づきました。

■僕が見た「これはやってはいけない」研究発表

M2で行う研究活動に対する自分への喝入れをこめて、研究発表で「これはやってはいけない」と感じたことをまとめてみます。以下は僕は情報系の人である事を前提においていただき、他分野だとひょっとしたら違う事もあるかもしれないことを念頭に置いてください。また、研究の専門家から見たら他にもポイントがあるかと思いますが、社会人大学院生の観点と言う事でお読みいただけましたら幸いです。

1. リサーチクエスチョンの範囲が広すぎる

これは社会人大学院生に多く見受けられるパターンです。私も含めて、です。仕事は幅広く事に当たり、問題を逐次解決して行く事が少なくありません。しかし、研究は違います。自分の研究成果を論理的な裏付けを持って発表するには、分野を絞る必要があります。広すぎると、どのような研究を行ったのか専門家にさえも伝えづらい状況が出ます。ましてや、自分自身の実験のためのデータを集める際の時間が足らなくなります。自分が設定したリサーチクエスチョンとは?本当に追求したい事は何なのか、何故追求したいのか、そして何を価値提供できるのか、充分検討する必要があります。

2. 既に研究された分野について発表している

学術論文を書く際に必ず行う作業として「サーベイ」があります。論文や文献をあたり、既存研究の調査を行い、自分が行う研究に役立てたり、逆に批判を行えるよう理論武装する事もあります。しかし、サーベイが足りませんと他の誰かと同じ研究をしてしまう恐れがあります。これでは、研究に大切な先見性が失われてしまい、研究成果が意味をなさないものとなります。

また、学会の研究会に足を運ぶ人たちの多くは、研究の専門家です。大抵、自分自身と近い分野の論文や文献をサーベイしていて、過去から現在にかけてどのような研究の歴史があり、今のトレンドを把握されています。そういう人たちに「なるほど」と思わせるのは、なかなか一筋縄では行かない事がわかります。

3. サーベイした論文との差別化がうまく出来ていない

2番に近いのですが、これはサーベイしている前提での話です。既存研究よりも「私は新しい事を発表している!」と言う場合、どのように差別化しているのかを説明しなければなりません。その際に、うまく説明できずもったいないものもありました。これは、恐らく元々設定していたリサーチクエスチョンが弱いのではと僕は見ています。リサーチクエスチョンが強ければ、研究成果として押し出すものがもっと明確に出来たはずだからです。

4. スライドのページ当たりの行数が多い

こちらは研究の質ではなく発表の話です。どれほど優れた研究成果も、適切に説明できなければ価値をうまく伝える事は出来ません。ここから、発表も大切な研究活動である事がわかります。

さて、私が指導教授から随分と指摘されたのが、発表スライドの作り方です。スライドは、1枚1〜2分程度(発表時間による)、1スライド当たり7行程度に抑えて作成しなさい、と言うのがその内容でした。「えっ、これまで削るの!?」と思うくらい、削ります。社会人ですとスライドを作り慣れている方もいらっしゃるはずですが、学術系はまた違うのです。お世話になっている別の先生からも「斎藤さん、学術系の”マーケット”に沿って作るってのも、大切ですよ。」と言われ、なるほどとぐうの音も出ませんでした。

作成したスライドは最近行われた学内の中間発表で使いまして、聞きにきていた別の教授からは評判が良かったこともあり(その先生は厳しい事で有名)、ホッとしました。

5. 論理的に間違っている

これはいくらなんでもないのでは?と考えた方がいるかもしれません。でも、あります。たまに。実験データの解釈の誤り、作成したプログラムのバグ、そして実験で採用した技術の選択を誤ったがために、研究成果の信憑性を担保する論理が崩壊してしまうのです。

まあここまで間違っていなかったとしても、そこまで言い切れるのかと考えられる程に詰め切れていない実験結果もあります。自分の研究内容から少し外れるなら「ここは対象外」と言えばいいでしょうし、逆にどこを追求したのか明確にしないと、論理的な側面で研究成果を評価していただけないはずです。

■指導をちゃんと受けよう

ここまで書いて、自分自身、よくよく指導教授と話を絶やさずに指導を受け、研究を進めなければならないと痛感しています。また、このように書いた事も、指導教授から「君、ここの詰めが甘い。」や「もうちょっとこうするとうまく行く。」など、直々に話を聞きませんとわからない事が多々あります。よくある How To 等と違い、この記事を読んで書ける程、簡単ではありません。

また、どのように研究成果を認めるかは、研究分野もさることながら、指導教授の流儀も入ってくるものです。ですから「○○教授は××教授のお弟子さんだ」という、まるで子弟関係に注目する会話を聞く事も珍しくありません。そういう縁は修了後もずっとついてくるわけですから、自分自身の論文で恥ずかしい事は出来ません。

情報系、特に自然言語処理に関する研究で、実際の研究室の風景を切り取ったようなブログがあります。「観月橋日記 (旧 生駒日記)」です。まさに研究中の学生さんはぜひ読んでみてください。何か、気づきをもらえるはずです。僕は、このブログを読みながら、自分の胸に手を当てるのであります…。

■よし!あと1年

研究活動には、まずは適切なリサーチクエスチョンの設定、そしてたゆまぬ論文サーベイというところ、なのでしょう。その上で、いい成果が出たら論文発表に至る事が出来ると理解しています。

僕は、これからいよいよ実験に取り組んで行きます。そのための下準備も必要ですし、実験には協力者も必要になります。ですから、簡単に行きそうにはありません。ただ、データが出た以上は面白いものになると、僕はワクワクしているのです。

もし、僕を研究会でお見かけいただいた際は、どうぞお手柔らかにお願い致します。