日記

2012年が始まります

あけましておめでとうございます。

2012年がはじまります。年末年始をまたいだということで何か大きく変わるという訳でもないのですが、よい区切りとして心機一転、取り組んで行きたいと思っています。

■やること

やる事はしっかりとあります。

  • 大学院で修論を年末までに仕上げる。
  • 自分の仕事に対するビジョンを定める。

この2つです。1つ目はとても目標が明確ですが、慣れない事をしているため簡単にはクリアできないとは思います。仕事と並立しながら、何とかやり遂げなければなりません。単位は昨年中にほぼクリアしているのが幸いです。

二つ目。20代で自分なりに幅広く仕事に当たってきましたが、「あいつは何をやっているかわからない」というイメージが最後についてしまい悔しい思いをしました。昨年から仕事を絞る事を始めましたが、今年は少し無理矢理にでも自分の仕事に対するビジョンを定義していくつもりです。そうすることで、自分に関わってくれる人が「あいつはこう言う人だ」というイメージを伝えやすくなるのではと期待していますし、自分にとってその方がいいと考えています。

■身の回りの変化

大きな出来事としまして、2011年の年末に実家が福岡市内から大阪市内へ引っ越しました。引っ越しはもう慣れっこですし、東京からですと大阪の方が安く行けるので(時間はそんなに変わらない)ありがたいことです。母の実家もすぐ目の前なこともあり、尚助かります。ただ、福岡の友人に会いに行く機会が減りそうなのが、少し残念ですね。

■未来に悩む時代

今、いろいろな方にお話しに伺うと、未来に悩んでいる方に多く出会います。これは、ITだからとか、年齢が云々とか、そう言う問題ではなさそうです。日本国の将来はもちろんの事、経営・勤務している会社の事、そして自分自身の事に至るまで、明確に「こうだ!」と言う方はほとんどいらっしゃいません。

この時代は、特によく学んだ人ほど変数を吟味すればする程、悩んでしまう時代のような気がしています。それは、自分自身にも言える事です。ここまでくると、もう理屈を越えてしっくり来る何かを自分で定義して「こうだ!」と言ったほうがよいのかもしれませんね。

ダメな時はダメだろうし、うまく行く時は大丈夫でしょう。それよりも、やったあとに「なぜこう言う結果になった」かを振り返られるよう、謙虚にありたいと思っております。

■難しい話は置いておきまして

みなさま、今年もどうぞよろしくお願いします。
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東日本大震災から10日

2011年3月11日 14:46に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から10日。首都圏は喫緊の問題を乗り越え、この先に待っている長期戦にシフトして行く状況である。

いろいろあった。東日本の皆様、本当にいろいろあった。まずは、自分の出来事をまとめようと思う。

■当日の状況

twitterの3月11日のログを見ると、会社がある池袋は2〜3分ほど遅れて大きく揺れ出した。最初は「ああいつもの揺れか」とみんなで話していたものの、しばらくして大きな揺れに変化。これはただ事では済まないと会社にいる誰もが感じた。しばらくして、仙台が津波に飲み込まれて行く様子が生中継される。がさっと街が津波に飲み込まれて行く姿は、まるでパニック映画のワンシーンだと錯覚するくらい現実離れした風景であった。

同時に、僕は急いで会社で運用している全システムのヘルスチェックを行っていた。幸い、全てOK。電話は発信規制で通じなったものの、データ通信は生きていたので個々人での生存確認はもっぱらメールとtwitter。岩手県から首都圏まで、知る人はみんな無事が確認でき良かった。

1時間ほどして、帰宅指示の全社アナウンス。しかし、電車が動かないため会社待機だが、全く仕事は手につかない。余震も断続的に続いている。同時に、帰宅困難者問題が顕在化し始める。また、会社がある建物は少し壁が崩れ、本棚も倒れており、正直いているだけで不安になる。

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しばらくして、17時頃に都電が動いたというtwitter上での未確認情報を頼りに、同じ京成電車を使う同僚とともに都電の駅へ(花粉症なので3月は電車通勤)。大混雑も大混雑で1時間待ちだったが、すし詰めの都電に運良く乗る事ができた。家路の途中、多くの人と電車を始めとした交通事情の情報交換を行いながら進んだ。会う人すべて、冷静かつ協力的だった。

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次に、都電を三ノ輪橋で降り、自宅がある葛飾区まで6kmを歩く。周囲を見渡すと、この程度で済んでいる僕はどうやら相当恵まれているようだ。日光街道(国道4号線)や水戸街道(国道6号線)では、荒川を越えて数十キロを歩こうと覚悟している人がたくさんいた。写真の場所(南千住)は普段は自転車通勤で通るのだが、普段は少し人が通っている程度なのにこの日はまるで渋谷センター街を歩いているようだった。道路は、普段は閑散としている路地の隅々まで渋滞しており、歩いている方が早いくらいである。

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自宅には20:30に到着。17:10に会社を出て、3時間と少しで帰れた事が本当によかった(通常45分程度)。電気・ガス・水道を始めとしたライフラインは全て無事。疲れを癒すため、まずはお風呂を沸かして落ち着く事にした。そして、京成電車は終日運休となったため、同僚は僕の家で泊る事に。

その後、3/12〜13に行うはずだった越後湯沢でのスキー・スノボOFFはメンバーから帰宅困難者多数であることを twitter で連絡をもらっていたため催行不能と判断、キャンセルの連絡をしようと電話をするが、全くつながらず。ダメ元でメールを送ったら、連絡がついた。状況が状況なので、今回はキャンセル料なしでいいというお言葉を頂いて、本当に恐縮だった(この後、越後湯沢も地震に襲われスキー場はクローズ)。この記事を書く現在も、荷物送り返しの段取りがかなり悩ましい状況ではある。

自宅に帰った後も、twitterなどで帰宅困難者の方に向けて葛飾区内の避難所情報などを送った。深夜は危ないし、さらに歩き疲れているだろうから、休める場所で休んでもらった方がいいと思ったからだ。明日になれば、電車が動くかもしれない。それまでの辛抱だ。

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どうやら、深夜になって地下鉄と一部の路線が動き始めたようだ。ただ、人が殺到して乗れたものではなかったと、後で聞いた。この日は、正直一人にならなくてよかった。帰宅時から2人でいたため心細さからは解放され、精神的に安定させながらケガも無く帰宅する事ができた。一人で乗り切るには、この日の出来事はあまりに重かった。

■仕事の問題

問題は、月曜日からの仕事だった。僕は人が少ない中小企業に勤めているのでいろいろな仕事を兼務しており、マネージャや開発者であるとともに、システム管理者でもあった。そのため、これからの準備が求められた。

土曜日の段階で、計画停電の可能性が示唆されていたため、次のアナウンスや対策を事前にとっていた。

  • 基幹システムは自家発やUPSで保護されている事
  • テストサーバは停電に備え全てシャットダウンを行う
  • 電圧変動や停電に備えた機材利用方法説明 (ファイルをこまめに保存するなど)

しかし、こんなものでは済まされなかったのだ。会社に来れないスタッフが大勢いたのだ。これたとしても、余震で帰宅が困難になる可能性がある人も数多く発生。そこで、業務続行のため在宅勤務という選択肢があがった。

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うちの会社のシステムは、多くの作業を在宅勤務にて対応できるようなシステムを構築してはいた。ただ、家に作業環境を作っている人はまれ。いてもプログラマくらいである(プログラマは家でも趣味でよくプログラムを書く)。これの段取りに正直手こずった。そして、自宅にいても計画停電対象のスタッフが数多くおり、停電に巻き込まれ仕事もスムーズに進まない。僕自身も、電気こそ来ていたものの対応に追われたため開発仕事はほとんど進める事ができず悔しい想いをした。

また、在宅時や移動時の連絡手段をどうするかルールを決めることも非常に重要な事であった。システムとしては準備はあった。ただ、これを回すことになる僕の部署の上長は非常に大変そうであった。顔が見えながら仕事ができる事がいかにスムーズなものなのか、改めて思い知った。

通勤は、14日だけは花粉症を押して自転車で行った。しかし、自転車があふれ、逆走・信号無視が多発する路上に、命の危険さえ感じた。自転車は歩行者ではない。何度となく路上で「逆走するな」と注意しながら走った。そうしないと、前に進めなかったからだ。

電車は金曜日になるまで混乱が続いていた。特に、木曜日は冷え込んだためよりいっそうの節電を呼びかけた際に減便があるとなり大混乱。自分は、帰るのをしばらく諦めて銀座の行きつけのバー「忠」に足を運び、混雑をやり過ごしつつガス抜きをする。山手線だけは空いていた。そして、「忠」のナポリタンをいつも通り完食した。正直な所、木曜日の段階では飲まないとやってられないくらいキていた。

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22日以降からどうなるかは、また考えなければならない。余震と電力不足は、まだ続いているのだ。

■生活のしかた

自宅の前を走る京成電車がほぼ正常運行になったのは2日後の日曜日。こんなときではあるが、気分転換に美容室へ通うためにユーカリが丘まで足を運ぶ。これはよかった。散髪後のすっきり感が、よりよく感じられた日になった。

火曜日は弟が東京に出てくる日だった。普段は正常に電車が走っていれば難なく自宅まで来れる場所なのだが、京急がぼろぼろの状況であり、迎えに行く事となった。正直、土地勘が無い人にとって、ダイヤが崩壊した東京の電車に乗って目的地を目指すのは極めて困難である。来る際、弟が東京で不足していた即席めんとパンを買ってきてくれたのには助かった。しばらく居候の予定。

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飯は、23区内において即席系を避ければ問題なく調達できる状況である。ガスが来ているので調理も可能で暖かいものをしっかりと食べられる。また、節電は欠かさず行うが計画停電は無い。そして、自分のベッドで眠る事ができる。何て恵まれているのだ。

車はガソリンスタンド前が給油待ちのための大渋滞を引き起こし、給油しているのか浪費しているのか本末転倒な状況。売り切れたスタンドも続出していた。必要な人間以外は給油するものではない。

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この週末は、自分の家系の先祖代々から続くお墓を見に、茨城の土浦へ行った。18日に復旧したばかりの常磐線 取手〜土浦は70km/h未満、所々では最徐行をしつつそろりそろりと走っていた。動いているだけすごい。水戸まではしばらく通じないらしい。土浦では、崩れている家が出始めており、これより北はもっとひどい事になっているなと想像するには充分な状況であった。幸い、お墓は無事だった。

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投資の話も少ししよう。以前、スキーでご一緒した id:equilibrista さんのブログに『資金調達市場 – 投資の消費性について』 という記事があった。僕は、この記事に強く共感し、東京電力の株を買った。みずほ銀行のATMが止まったのでその日とは行かず、大学院の学費も払ってし まったため額は少なくなってしまったが、それでもしっかりと買った。僕の仕事は東京電力の電気があってこそ。逆張りとかそう言う話ではなく、電気の復興こそ経済復興の要と信じ、投資をした。

今でも不自由をしている同僚・知人を思うと、自分は動けるだけ精一杯動かねばならない。そのために今の極めて恵まれた環境があると考えたい。

■東北をはじめとした知人・親戚との連絡

最も早く連絡が取れたのは twitter だ。携帯電話は通話規制こそかけられていたものの、データ通信は混雑していたものの絞られていなかったのだ。だから、首都圏はさることながら岩手・宮城・福島で基地局が生きているエリアの人ともすぐに連絡が取れたのだった。ただ、その後に携帯の電池・UPSや自家発が止まり、電気が復旧し始める間の2〜3日は連絡が取れなくなった人が何人かいたのには心配した。

次はメール。携帯はキャリアのメールシステムがかなり遅延しており、11日の夜遅くまで厳しい状況であった。ただ、PCのメールは問題なかったため、こちらを使って実家を含め多くの人と連絡を取った。

そして、電話。歳をとった仙台の親戚とは、福岡の実家から11日の夜遅くにようやくつながったらしい(訂正)直後にすぐつながったが、その後はダメだったとの事。仙台は甚大な被害を受けているので、生きている事が確認できただけでずいぶんとほっとしたものである。同時に、歳をとった人との連絡はこれから先も困難になるのではという不安がよぎった。

最後に郵便だが、3月9日に送ったはがきが19日に岩手に届いたらしい。2〜3日の所を10日かかったが、届いた事がすごいと思った。ロストしなかったのである。

ちなみに、171は使っていない。171を使うほど通信回線状況が悪い所に知人・親戚がいなかった事が大きかった。ただ、まだ連絡が取れていない人や通信回線が不安定な人は引き続き使うのはありかもしれない。

■この一週間の教訓

もう少し落ち着いた時に増えるかもしれないが、すぐにまとめられそうなのは次の事である。

  • 一人でいない
    一人になると、これまでを思い出す事で強い不安に襲われる可能性がある。一人暮らしの人は、できる限り同僚や友達と過ごす機会を作ってバカ話でもいいから語り合おう。僕は、当日は同僚と、今は兄弟で過ごしている。飲みにも足を運んでいる。
  • twitter はすぐに連絡が取れるので利用する
    通信さえ生きていれば twitter ですぐに連絡が取れるはず。ただ、ここ数日は情報・思想が錯綜しているので、余り見続けると逆に頭を悩ます事も多々あり、気をつけて。距離をしっかり置けばいい。
  • テレビは見すぎない FMラジオも使おう
    震災当日、携帯のワンセグテレビは非常に役立った。ただ、今は不安になるような内容も少なくなく、冷静に見続けられない内容もあると思う。そんな中、FMラジオは音楽が流れ、同じ経験をした人同士の情報交換が盛んに行われており、気分転換になるのでおすすめである。FMラジオは一部の au の携帯や最新の iPod nano でも聞ける。PC等で受信できる radiko もある。

首都圏でも「被災者の事を考えると…」と、キーワードのように言葉が出る毎日。僕が思うに、程度こそ東北より緩いが首都圏も被災地である。事実、首都圏は電気が止まり電車も正常に動かず、通常通りの業務にあたれていない人が数多くいる。まずは、自分たちが正常に経済活動を推し進められるよう復興せねばなるまい。そのために知恵を絞り体を動かそう。浪費はダメだが、消費を取り戻そうではないか!

■今後どうしようか

正直、今は自分とその近辺の事を整理し行動する事で精一杯だ。

東京の電力不足は年単位で続くのでは、と腹をくくっている。業務を継続するためにどういう対策をとればいいのか、気持ちを落ち着けて最適解を導きたい。そのためには、今まで何が起きていて、どんな対策手法があるのか、まとめる事から始めるつもりだ。

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大学院の講義が月末から始まる。震災が無くてもボリューム感満点の毎日が始まる事はわかっていたため、これはさらに重くなるなと想定している。始まってみないとわからないが、どこまで自分自身を支えながら仕事と勉強を両立できるか、不安がある事は認める。ただ、応援してくれた多くの方への感謝を込め、全力で乗り越えたい。

そして、落ち着いたらまた東北方面のスキー場へ遊びに行きたい。東北に住むみんなとまた会って、楽しく滑りたい。僕はプロの災害救援活動を行える人間ではないので今はどうする事もできないのだが、落ち着き始めた時に経済を回す事こそが自分にできる復興活動だと信じている。お金あっての生活だ。

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今はしっかり踏み留まろう。明日は、確実にやってくる。


年末年始はありきたりに

年末年始は、いつもどおり実家に戻っていました。それも、母の実家がある大阪、親戚のいる奈良、そして実家の福岡と3箇所をめぐって。

■やっぱり大阪は元気だ

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まず最初は大阪。お正月の買出しに黒門市場へ。不況といわれて久しく、かつ他エリアに比べて経済の元気がよりないいわれている大阪ですが、この人だかりを見るとああ人がいるところにはいるのだなと安心さえします。

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■子どもが生まれたいとこ

隔年位でやっている親戚集まっての正月。今年は事情があって僕の家族は僕だけの参加、それも大晦日までです。

今年はいとこに子どもが生まれ、それを祝いに行きつつ写真を撮って福岡に持ち帰るというタスクがあります。よくわかったのが、小さい子がひとり生まれると、そこを中心に新しい輪と活気が生まれるということ。初めて、ああ家庭をもつってのはいいもんだなと思いました。

で、お前はどうなっているんだと言う定番のツッコミが入ったものの、それ以上に強かったのは私服のコーディネート。もう最悪と言わんばかりに、次の日にいとこ夫婦同伴でいきなり服の買い込みが始まりました。お陰さまで、1万円以内でイメチェンさせていただきました!へい。

■移動は新幹線

福岡までは途中に経由地があるので新幹線で。大阪へ行き来する場合、新幹線のほうが本数が多いですし都心との距離が短いのでよく使っています。

今年の帰省用ヘヴィローテーションは、MiMのこの二枚。粛々と300km/hで走る新幹線の車内のような、安定した高速感を醸しだします。

乗った車両というと、N700系はさておき、今年の2月でのぞみ人生を閉じる500系新幹線にも乗ってきました。

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500系のぞみの定期運行は既に1往復のみ。そして年末で激混み。エクスプレス予約で指定席をよーいドンでとったから良かったものの、自由席は広島までぎゅうぎゅう。ちょうど、金曜日の上り最終のぞみをさらにひどくしたような状態であります。わかるかな?、わかんねーだろーなーwww

300系のぞみよりも早くなくなってしまう500系のぞみ。素晴らしい高速域の加速とともに、あっというまにいなくなってしまったのでありました。

■実家に戻ってきたらなんと

体温、39度。風邪引きました。インフルエンザじゃないだけましだった。

もちろん、正月に病院はやっていませんので、いつもの民間療法『ユンケル』であります。こいつは下手な風邪薬よりも効果の高い、素晴らしい栄養ドリンクなるのであります。飲んでしばらくすると滝のように汗が流れ、その汗とともに熱が引くような感じです。

今回は2回お世話になりました。なお、飲むなら安物ではなく1,200円を越えるそれなりのグレードのものをご賞味ください。まずいけどいいよ!今回は1日半で落ち着きました。

■今年もよろしくお願いします

ということで、3日の朝に帰ってまいりました。

今年の抱負、いつも通り毎日を過ごしたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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『こえむ』の名前の由来について

■年末のまとめをしようかと思ったけど

N700系新幹線に乗って、大阪の母の実家に帰省中です。ここで数日を過ごして、正月は福岡の実家で過ごす予定を作っています。この新幹線はご存知の通り、インターネットが通じますので非常に便利!グリーン車の背もたれを完全に起こすと変なつくえのいすで仕事をするよりも格段に過ごしやすい時間を作ることができます。

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■最近聞かれる名前の由来

ここ最近、僕のハンドルネームである『こえむ』の由来について聞かれることが多くなりました。会社外のイベントに参加する頻度はそれほど変わっている訳ではないのですが、お話しする機会がある方の職種が多種多様になったことがその一因なのかなと思っています。

せっかくなので、ここでまとめて説明しようかなと。

■『こえむ』の呼び方について

まず、名前のイントネーションですが、実は『む』にアクセントがあります。多くの方は『こ』にイントネーションをつけられるのですが、実は後ろです。その理由は後でご案内する由来にあります。

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■その由来

もう15年以上前になりますか、僕が名古屋に住み、中学生の時に出入りしてたデイキャンプ同好会のようなクラブ『430NET』での話です。

その中のメンバーのほとんどはアマチュア無線の免許を持っていたのですが、そのアマチュア無線のスラングに『OM』という言葉があります。これは、Old Man…ベテランや年配の方を意味するのですが、ここの”O”が、小さいの”こ”に転じ、『こえむ』と言う名前ができあがりました。

イントネーションの話も、源流となっているOMの発音がそのままおりてきていることになります。

しかしなぜこんな転じ方をしたのか。命名者であった方から聞く所によると、まあよく能書きを垂れたりとかしていていっちょまえの雰囲気を醸し出していたから、だそうです。あー、今考えるとお恥ずかしい話であります。若いというのはあまりにも一本槍な行動を作り出してしまうのでありました。

■現在

12年前にインターネットにつなぐにあたり、ハンドルネームを決めなくてはならない。その時に思い出したのが、今の名前でした。それ以来、ずっと使い続けています。短いですし、人とあまりかぶる名前ではないので、自分のアイデンティティを示すのに非常に良い感じです。このことは、ハンドルネームを定義するにあたってとても大切な要素なんだなと考えています。

残念なことに、もうあの時のメンバーとはつながりがなくなってしまったのですが、名前に想いを馳せるとあの時にいろいろあったことが思い出されます。ただ、ひょっとしたら、このブログをこっそりとご覧になられているかもしれませんが…

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我が家に来た「たわしふくろう」と「株主優待」

無駄とわかっていても

人間、「どう考えても無駄なんだけど買いたい」ものが時々出てきます。それは、計画性はまったくなく、おそらくほぼすべてが衝動買いによってもたらされます。

僕も5年に1回くらいそういう買い物をするのです。

いや、これ見たら誰でも納得するだろう、マジで。

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「たわしふくろう」、これです。ホームセンターに行った際、たわしを初めとた清掃コーナーの一角に、どーんと置いてあったのです。いやー、なんか憎めなかったんですよ。この顔が。呼んでたって言うか。

日本の”中小企業”の技と勢い

このたわしふくろう、日本のたわしメーカー「亀の子束子 西尾商店」が「動物シリーズ」として作っているものの一つです。骨組みに本物のたわしをひとつずつくみ上げて、動物の形に仕上げていくという、日本の中小企業の鏡みたいな、遊び心さえ感じるなかなかの力作なのです。たて付けを見ると、確かにしっかりしている。揺ぎ無い。

だから、無駄なんていったら失礼千万なのであります!

でも、これをもって帰るときに、美容室や自転車屋で見せたら、みんなもう大爆笑。こんなのが世の中にあったのかと言わんばかりの反応。

しかし…存在自体が注目されるというのは本当に貴重であり、どれほどマーケティングされて開発された商品をも凌駕しています。そして、本来の業務の延長線上の「遊び」という活動は、ニコニコ動画にいる「職人」が動画を作っていく活動と同じくらいの余裕を感じるわけです。中途半端な商品だったら、これほどまで注目しなかったっす。

たわしの常識を覆すこちらの商品、お値段は4,700円。素材はたわしそのものなので、汚れても丸洗いOK。

今はテレビ台の上に鎮座しておりますが、今度は会社に持っていこうかな?

長期株主優待の中身とは

先月、インプレスの株主総会に行ってきましたが、その後に「長期株主優待」の案内が届きました。なんか、今回でこの企画やめるらしい。といっても、長期保有の証のシールがたまりきっていたのでどちらにしても請求できる状態だったものですからそうした所…

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をを、これは全くもってジャンルの一貫性がない。ある意味、たわしふくろう以上に取り扱いに困ります。

しかし、とあるアニメ好きの友人曰く、「エロ漫画はパースペクティブがおかしいとダメなんだ!おい、バランスの崩れた女の子の絵で萌えるか?!」と言われた事があります。なるほど、これは僕の中で余りにも鋭い指摘で飲んでいた焼酎ロック3杯分の酔いがすべて吹っ飛ぶくらいの衝撃を感じたわけであります。

せっかくなので、絵は書かないにしても読んでみよっかなーという感じです。

インプレスR&Dの本は、助かります。ありがとうございました。

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    昼は要求定義からインフラ構築まで担当するサーバサイド技術のSE、夜は焼酎をこよなく愛す兄ちゃんです。
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